(44)墓標

 俺たちは絶句した。

 折れたり焼け焦げたりした武器の数々。

 石を積み上げられた小山に突き立つそれらの数は、百は下らないだろう。


 ニーナは言った。

「――あなたは、エインヘリアルなの?」


 修行僧は俺たちをまじまじと見た後、答えた。

「その名は聞いた事がある。ここを通りかかった者の多くがそう名乗った」


 ……なるほど、と、俺は思った。

 この世界に生きている転生者たちの多くは、高い塀に囲まれた村に住んでいて、そう遠くに旅をする事はない。

 ストランド村にいたみんなも、かつてはそうだった。


 女神の神殿エリューズニルにたどり着くためには、それがどこにあるのか探さなくてはならないが、それをやるのは、あまりにリスクが高い。

 「生き返る」という目的を達せられないまま、寿命が尽きる転生者の方が、圧倒的に多いのだ。


 そんなリスクを冒してまで旅をするのは、村を襲うのが目的のエインヘリアルか、村という居場所を失った俺たちくらいかもしれない。

 ――一緒に死んだ子供を探すという、明確な目的を持っている、ニーナとバルサがいなかったら、俺たちも果たして、旅に出たのだろうか。


 それはともかく、この修行僧は、その意思はなくとも、ここで通りかかるエインヘリアルを次々と退治していたのだ。

 それが良い事か悪い事かはともかく、多くの転生者がそのおかげで助かったのには違いないだろう。


 敵の敵は味方。

 この修行僧を、敵に回す必要はなさそうだと、俺は思った。

 ――むしろ、仲間にできたら、これ以上頼もしい存在はないのではないか。


 再び弓をつがえたアニを制して、俺は前に出た。


「ちょっと、話をしないか? 食事でもしながら」



 -----------------------------



 修行僧は、法心ほうしんと名乗った。

 近くで見ると、まだ若い。エドとそんなに年齢が違わないようだ。

 修行僧だけあった痩せてはいるが、日焼けした引き締まった顔立ちをしている。

 生前からの修行僧で、激しい修行の最中に、うっかり崖から落ちて死んでしまったので、修行の続きをこの世界でしているらしい。


 武器は『天空神インドラきねヴァジュラ』。

 杖に付けられた、振ると鈴のような音のする飾りだ。

 能力スキルは『雷神サンダー オブ ゴッド――文字通り、いかずちの権化、という訳だ。


 ……とはいえ、チョーさんがピリ辛に味付けしたウサギ肉の唐揚げを、パクパクと食べている。

 気持ちいいほどの食べっぷりに、エドが呆れた目を向けた。

「前に見た日本の映画が嘘じゃなかったら、仏教のお坊さんって、お肉を食べちゃいけないんじゃないの?」

 すると、法心はケロッと答えた。

「拙僧が直接、殺生をしている訳ではないから問題ない」


 ……いや、どう見ても、いわゆる「生臭坊主」に見えるのだが。


 俺たちも、前に寄った村で分けてもらった米を使ったチマキに、山菜の炒め物と、いつもより少し豪勢な夕食を楽しんでいた。


 ――赤ペンが、〖 今日の夕食は、八人みんなで美味しく食べる。〗というのを否定した意味が、やっと分かった。

 法心を加えて、九人になっていたからだ。


「いつからこの世界に?」

 ファイが興味深げに法心に尋ねる。

「分からん。随分長くいる気もするが、修行に集中しておれば、一日など一時いっときと同じだからな」

 法心はちまきを包んだ葉っぱを剥いて、パクリと頬張る。

「しかし、これだけまともな食事にあり付けたのは、何年ぶりだろうか」

「お坊さんって、他人からの施しを受けたものを食べて、生活しなきゃいけないんでしょ?」

「そうだ。とはいえ、この世界で施しをくれる者などおらんからな。多少の殺生はやむを得ん」


 やっぱり生臭坊主だ。


 おおかた食事を終えた頃には日は傾き、宿営地とした、あの岩山近くの川べりの草地に、ホタルが舞いだした。

 昔話で、ホタルは死んだ人の魂だというのはよくあるが、法心が築いたあの墓標の数を見ると、まるきり嘘には思えなくて、俺はゾクッと肩を竦めた。


 アニは、醜態を見せた事が恥ずかしいのだろう、いつもの倍くらいの距離を取って、ヤクとファルコンと一緒にいる。

 ニーナとバルサは、法心をまだあまり信用していないようで、焚き火を囲んだ輪の中にはいるものの、話し掛ける事はない。

 逆に、エドとファイが、僧侶というこの世界では珍しい存在に興味を持って、あれやこれやと話を聞く。

 マヤはファイの横でその話に耳を傾けている。

 チョーさんは相変わらず忙しそうだ。

 俺は、どうやってこの僧侶を仲間に引き込もうかと……いや、それをニーナやアニにどう説得しようかと、揺れる焚き火を見ながら考えていた。


 一方、法心はすっかり打ち解けた様子で、得意げにこの世界での事を語りだした。

「拙僧、こう見えて、一度エリューズニルなる神殿に出くわした事がある」


 バルサがガバッと身を乗り出す。

「……今何て言った?」

「言い間違えたか? 、だ。ほら、金ピカの三角屋根のお城だ」

「見た事ねーよ!」


 途端に、アニも含めて、一同が法心のところに集まる。

「その話、詳しく聞かせてくれねえか?」

「詳しくと言っても……」

「どこにあるんだ、女神の神殿エリューズニルは?」


 ところが、法心の答えは、意外なものだった。


「どこにもないぞ、そのエリューズニルとやらは」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る