(41)黒い森

 山道は、昨日よりも険しさを増していく。

 を上げながらも、俺たちは協力して、困難な道を進んで行くのだが……。


 山頂に近付くにつれ、明らかに景色が変わってきたから、俺たちは足を止めた。


 ゴロゴロした岩の目立つ斜面に、やせ細った木々が点々と立っている。

 それは、高地の光景としては珍しいものではなかったのだが、問題は、その木々が全て、焼け焦げている事だった。

 抜けるような青空と対称的に、山全体がおぞましいような気配を発していた。


「山火事でもあったのかしら?」

 ニーナが不安そうに肩を竦める。

「いや……」

 彼女の横で、バルサが険しい顔をした。

「落雷の痕だろう」


「え? これ全部が?」

 俺は目を丸くした。見渡す限り一面の木が、全部黒くなっているのだ。

 だが確かに、バルサの言う通り、火事で焼けた感じではない。火に焼かれたのなら、芯まで焦げて、幹が倒れていてもおかしくはない。

 でもこれらの木々は、縦に裂けた幹から、小さく枝を伸ばして立っている。

 頻繁に、無数の雷が落ちる地域なのだろう。


「でも、おかしいわね」

 そう言ったのはエドだ。

「この辺の木、細いのは岩山だから当たり前としても、それなりに大きくなるまで育ってる訳じゃない? それなのに、新しい木がないのよね」

「それは、つまり……」


 俺が聞くと、エドは意味深な表情で腕を組んだ。

「雷が落ちるようになったのは、ごく最近、って事じゃないかしら?」


 俺は、植物に詳しいマヤに目を向けた。

「木の様子を見ると、雷の直撃を受けたのは、間違いないと思います。それに、この種類の木がこの大きさになるまでには、三年以上かかるはずなので、三年より前は、こんなに雷が落ちる事はなかったんだとも考えられます」


「そんな事ってあるのか?」

 俺は首を傾げた。

「おかしいだろ? 雷って、その地域の気象条件で、多かったり少なかったりあるんだろ? 三年前から突然、もの凄く雷が落ちるようになるって、不自然じゃないか」


「……まさか、それが、呪い、なのか……?」


 アニの呟きに、みんな黙ってしまった。

 お互いに顔を見合わせていると、やがてファイがこう言った。

「確かに、さっきから嫌な感じはあるんだ――あの岩の方から」


 ファイの指した先は、頂上近くの斜面に突き出たような形の大きな岩だった。

 周囲の荒涼とした風景と相まって、何だかとても禍々しいもののように感じる。


 誰かが不意に、俺のマントを引っ張った。

 思わず「ヒイッ!」と声を上げると、その手の主――アニはけれど、いつもの嫌味もなく、か細い声で言った。

「一旦戻って、昼飯を食ってから出直さないか?」



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 少し山を下り森に入る。

 川のほとりにそれぞれ腰を下ろし、近くの木に実っていたミカンを食べる。


 ……何となく、みんな静かだ。

 数々の冒険を繰り広げてきた俺たちだが、未だ、亡霊というのには遭っていない。

 薄気味悪さを拭えずに、黙々とミカンの皮を剥いていたのだが……。


 昨日から、嫌にアニの距離が近い。

 普段は「近寄るな」というオーラを発して、ファルコンと一緒に少し離れているのだが、今は俺のすぐ後ろで、背中をくっつけるようにして膝を抱えている。


 俺は気持ちを切り替えようと、アニをからかってみる事にした。

「やっぱり亡霊が怖いんだろ?」

「ち、違う……」

 そう言いながらも、いつもなら飛んでくるはずのエルボーアタックがない。

 妙にそわそわした様子で、アニは俺に囁いた。

「……やっぱり、聞こえねえか? 変な声が」


 そう言えば、昨夜も言っていた。

 俺には聞こえないが、半野生児のアニは、俺より聴力が優れていてもおかしくない。

 あの時は茶化して誤魔化してしまったが、あの不気味な山を見た後だと、どうも気になる。


「どんな声なんだ、その変な声ってのは?」

「うーん、何つーか……」

 アニは少し耳を澄ませた後、答える。

「何か、ボソボソ、単調な感じで……」

「男? それとも女?」

「低い声だから、男だと思う。……で、時々、チャリンと、鈴みたいな音が混じるんだ」

「……鈴?」


 いつの間にか、他のみんなも俺たちの会話を聞いていた。

 特に、ホラー好きを公言するエドは、目を輝かせている。

「単調なボソボソ声に鈴の音ねぇ。何だか、ジャパニーズ・ホラーって感じで、ゾクゾクしてくるわ」


 ――なるほど。

 ボソボソ声は、お経で、お経の伴奏に、鈴を使う場合もある。


 しかし、となると、ますますホラーじみて気味が悪い。

 俺たちは顔を見合わせた。


「やっぱり、亡霊かしら?」

「まさか……」

「でも、このまま進むのも危ない気がするわ。何とか確かめる方法はない?」

「ごめん、この山、妙な気配が強くて、僕の超能力サイコキネシスは効きそうにないよ」

「誰か、斥候せっこうに行く?」

「オ、オレは嫌だからな!」

 アニが断固として言い放つと、みんなの視線は俺を向いた。

「な、何で俺?」

「原稿用紙で何とかならないか?」


 ……確かに、それが一番現実的な手段かもしれない。

 俺はジャージのポケットから原稿用紙を取り出し、広げた。

 そして、タブレットのように空中に浮かんだそれに、文字を書く。


〖 赤ペン先生教えてください。この山に亡霊はいますか?〗


 すると、すぐに回答があった。

【私は先生ではないし、質問に答える義理はありません。】


「チッ! ケチだな」

 そう言ってから、俺はひらめいた。


〖 その夜、俺たちは山に棲む亡霊を串刺しにして、焼いて食べたのだった。〗


 ……原稿用紙は、書かれた「小説」に対しての添削をする。

 つまり、実現可能なら文字が消えるし、実現不可能なら、その理由が記されるワケだ。


 少し間があった。

 そして、まるで「チッ」と舌打ちでもしそうな殴り書きで、赤ペンの文字が浮き上がった。


【この世界に亡霊は存在しません。】


 ――やったぜ。

 俺はニヤリとしてみんなにその文字を示した。


「なら――」

 勢い込んだのはバルサだ。

「転生者相手なら、力で押し通るまでだ」

「本当に大丈夫かしら?」

 不安そうなニーナに、黙々とミカンを食べていたチョーさんが言った。

「危険を承知で行かなきゃ、この先進めないアルよ」


 ――確かに、その通りである。

 ニーナとバルサの目的のためにも、俺たちの目的のためにも。


 もう一度、みんなで顔を見合わせて、俺たちは大きくうなずいた。

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