(28)仲直り大作戦②

 ――翌朝。


 俺とファイは、いつものように食材探しに森に入った。

 そこでファイに、作戦の概要を説明したのだが、ファイはもう勘付いていたようで、

「気を付けてね」

 と、俺を送り出した。


 ――さて、と。

 俺は目的地である、昨日見付けた梨の木を目指す。


 作戦はこうだ。

 食材探しの最中、俺が迷子になる。

 ……他の誰かとも考えたが、俺が一番、その役に相応しいのだ。それに、他の誰かを危険な目に遭わせたくはない。

 そして、行き着いた先が、梨の木。

 断崖絶壁に張り付くように生えているこの木の実を取ろうとして、俺は足を滑らせる。

 だが、死にはしない。断崖絶壁の途中に突き出した岩の上に落ちるんだ。

 ……昨日、恐る恐る断崖を覗いた時に、それがあるのを知っていた。そこに立てば、救助者に手が届く距離だ。

 救助者の役はバルサ。だが、俺がなかなか引き上げられない。

 そこに、ニーナが強化魔法を掛けるのだ。

 夫婦の共同作業で一件落着。俺は無事に救助される、という寸法だ。

 ハラハラドキドキの吊り橋効果と、互いの信頼関係が為せる共同作業。我ながら、なかなか見応えのあるエピソードだと思う。


 俺は梨の木の枝を掴み、そっと崖を見下ろす。

 ……昨日は夕方だったから、その深さがよく見えなかったけど、朝日の中で見ると、めちゃくちゃ高い。百メートルはありそうだ。

 思わず足が竦む。


 しかし、「俺が救助される」という結末にしてあるから、俺は死ぬ事はない……ハズ。

 赤ペンのOKは絶対なのだ。


 だが、どうやってあの岩の出っ張りに降りようか?


 と、ミシッという音がした。


「…………?」


 そして気付けば、折れた枝を手に崖の外を飛んでいた。


「――――!!」


 俺は焦った。そして心の中で繰り返した。

 落ち着け、落ち着くんだ。岩の出っ張りに落ちるだけだ……。


 果たして俺は、岩の出っ張りに落ちた。

 ……しかし、落ちた位置が端っこすぎた。

 背中に、ガクンと岩が割れる感触があった。

 ――ヤバい!!


 咄嗟とっさに、崖をっているつるを掴む。

 だがそれが微妙に伸びて、俺は岩の出っ張りの下にぶら下がる格好になった。


「…………」


 嘘だろ? こんなハズじゃ……。

 俺の脳裏を、走馬燈そうまとうのように、昨夜原稿用紙に書いた文章が流れる。


 ――いや、あの文章を、例えばコミカライズした場合、こういう展開と解釈するのは全く不自然じゃない。

 「岩の出っ張りに落ちた」のは正しいし、「救助される身になった」のも間違いじゃない。


 ……ただ、俺の状況説明が甘かっただけ。


 俺は力の限り叫んだ。

「助けてくれーー!!!」


 すぐにファイがピンチを察して、みんなを呼んできた。

「しっかりしろ!」

 バルサの声だ。

「助けて……助けて……」

 俺の声は、真に迫りすぎて震えている。万年帰宅部の俺に、長時間、蔓に掴まり続ける握力があるはずもない。そろそろ限界を迎えそうだ。


「待ってろ、今行く」

 エドが蔓をロープのように、バルサの腰に結び付ける。それからバルサは、そろそろと崖を降りてきた。

 そして岩の出っ張りに到着すると、四つん這いになり俺の腕を掴んだ。

「もう大丈夫だ、安心しろ」

「バルサあ……」

 涙が出てきた。


 バルサの合図で、エドが蔓を引っ張っる。だが、大柄なバルサと俺の二人だ。いくらエドがたくましくても、そんな力はない。

「ヘヴンを岩に引っ張り上げられない?」

 エドに言われて、バルサは手に力を込める。

 ……が、足元が滑って、今度はバルサに危険が迫る。


「…………!」

 それを咄嗟にエドが掴んだ。崖から身を乗り出し、バルサの腰に巻かれた蔓を引っ張るが、エドの体勢が不安定だ。

「チョーさん! 如意棒! 如意棒よ!!」


 すぐさまチョーさんの如意棒が俺の目の前にまで届いた。

 俺とバルサとエド。三人の体勢を支える如意棒を、だが崖の上まで引き上げるほどの力はチョーさんにはない。


「ファイ! 何とかならないのか!」

「ごめん、今、手が離せない……」

 ファイは、これ以上岩の出っ張りが崩れないよう、スキルサイコキネシスを掛けていた。……よく見ると既に、あちこちにひび割れができている。


「チクショー! どうすりゃいんだよ!」

 チョーさんと一緒に如意棒を引っ張りながら、アニが叫んだ。


「――やってみるわ」

 カドゥケウスを手に前に出たのは、ニーナだった。

 彼女は両手に杖を持ち、翼に挟まれた石に願いを込める。


「光に導かれし我が願いを聞き入れたまえ。どうか、善良なるこの者たちに光の加護を……!」


 すると、杖の石が眩い光を放った。――最上級の補助魔法だ。


 光は、ファイ、チョーさんとアニ、エド、バルサ、そして俺に降り注いだ。

 ――謎に気力が湧いてくる。何だこれは!?


「うおおおお!!!」

 如意棒とバルサの腕が、一気に引き上げられる。

 と同時に、バルサがいる岩の出っ張りが宙に浮き上がる。

「――――!!」

 ほとんど空を飛ぶように、俺たちは崖の上に着地した。


「…………」

 折り重なって這いつくばる俺たちを見下ろして、ニーナが微笑む。

「良かったわ、助かって」


 ――その後の食事は、朝と昼と兼用になった。


 ……にしても、気まずい。

 きのこたっぷりの刀削麺とうしょうめんを味わいながら、俺は首を竦めた。


 昨日相談したエドが、俺の作戦に気付いたのだ。


「一歩間違えば、みんな死ぬところだったのよ。反省なさい」

 エドに睨まれれば、言い訳はできない。

「すいませんでした……」


 全員無事なのも作戦通りとはいえ、みんなを危険に巻き込んでしまったのだ。

 俺の見込みの甘さというより他にない。


 そんな中、バルサとニーナは黙ってうつむいている。

 しばらくして、二人が同時に顔を上げた。


「俺らこそ……」

「私たちこそ……」


 一緒に声を出し、二人は照れたように微笑んだ。

 それからバルサが譲る仕草をして、ニーナが口を開く。

「私たちこそ、心配をかけてしまってごめんなさいね。夫婦喧嘩とまではいかない、心のすれ違いみたいなものよ。……お互いに避けていても仕方ないものね。後できちんと話し合うわ」


 それを聞いて、エドが俺にウインクして見せた。

 ああは言ったが、俺の作戦の成果を認めてくれたようだ。


 その日は移動をせず、バルサとニーナの二人……と、スキルの発動で消耗した体を休める必要があるファイを残し、他のみんなで食料調達をする事にした。

 チョーさんとエドは川で釣りを、俺は、アニとファルコンの狩りの横で、山菜採りをする。


 狩ったウサギの皮を剥ぎながら、アニはふと手を止めた。


「……家族って、いいよな」

「何だよ、急に」

「オレ、家族って、いた事がないから」


 ……家族、か……。

 生きてる頃は、ウザいばかりで避けてばかりいたけれど、家族という存在は、維持していかなければ崩れてしまう、繊細なものなのだと思い知った。

 ――そして、維持しようと努力するだけの価値があるものなんだと。


「今の仲間、家族みたいだな」

 俺がそう言うと、アニは驚いたように顔を上げた。

「家族って、こういうものなのか?」

「そうだよ。色々あるけど、いて当たり前で、いないと寂しいんだ」

「ふうん……」


 作業に戻ったアニの顔は、なぜか嬉しそうだった。

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