(23)MOTHER

 俺も椅子から腰を浮かせた。

 。それが何を意味するのか、知っていたから。


「コスモ! コスモ!」

 バルサが呼びかける。

 その声に、アニとチョーさん、そしてファイを介抱していたエドも集まってきた。


「コスモ……コスモ……」

 ニーナは震え声でコスモの髪を撫でる。

 可愛くツインテールに結った髪は湿っていて、先端に雫をぶら下げていた。


 ……自己紹介でいきなり俺に能力を放ったくらいだ。無自覚に武器を消耗してしまっていたのだろう。

 そして、この戦闘がトドメに……。


「と、とにかく、火の前に。体を温めないと」

 俺は慌てて、丸太椅子をジャージの袖で拭って、ニーナを座らせた。

 彼女の膝で、小さな体は、ウトウトとしているようだった。


 みんなじっと、その幼い表情を眺める。

 すると視線に気付いたのか、コスモが細く目を開いた。

 その目はまっすぐに、ニーナを見上げた。


「……ママ……」


 ここにいる者は全員、コスモが生前、どんな環境で生きてきたかを知っている。

 だから、「ママ」という言葉が、彼女にとって、どんな意味を持つのかも理解していた。


 ――求めても求めても得られなかった温もり。


 二度目の命の灯火ともしびが消えかかっている今も、求めるのはやはり、「母」だった。


「…………」


 ニーナの目に涙が光る。

 だが決意を満たしたその目は、柔らかにコスモの言葉を受け止めた。


「コスモ……私の、可愛い子」


 すると、コスモの小さな手が、ニーナの胸元に置かれた。……既にその指先からは煙が立ち、半透明になっている。

 薄桃色の唇が動く。


「ママ……大好き……」

「私もよ、コスモ」


 ニーナがコスモに頬を寄せる。するとコスモは満足げに微笑んだ。


 ――途端、ニーナの手のステッキの、星のひびがピシッと深くなる。


 それを見て、俺はハッとした。

 もしかしたら、俺なら何とかできるかもしれない。

 拭った丸太椅子の上に原稿用紙を広げ、俺はボールペンで書き殴る。


〖 星野コスモの武器が復活する。〗


 だが無情にも、赤ペンはこう答えた。


【武器に直接干渉する事はできません。】


「そんな……!」

 俺は諦められなかった。


〖そこを何とか!〗

【当方にその権限はありません。】

〖ケチ!〗

【原稿用紙の使い方が間違っています。】


「クソッ!!」

 俺は拳骨で紙面を殴る。


 ……友達になると約束したじゃないか。

 これからいっぱい遊んで、仲良くなって、本当の友達とはこういうものだと、教えてやるはずだったのに!


「……お兄ちゃん……お姉ちゃん……」


 コスモの呟きが、自分を示していると、俺は気付いた。

 コスモに駆け寄り、その手を握る。……その俺の指の間から、白い煙がこぼれていく。


「…………」


 その幼い目を見て、俺はようやく気付いた。

 ――『魔法少女キラキラ☆コスモ』に登場する、星野コスモの家族だ。

 優しい母と、単身赴任の父。

 元気すぎる姉と、そして、おっちょこちょいで空気が読めない兄。


 そのキャラは、決してファイではなく、俺に近い。

 コスモが俺に求めていたのは、友達ではなく、兄としてのもの――。


 俺は首に下げた、ヤクの歯のお守りを握り締める。


 コスモは、決して得られる事がなかった理想の家族を、『キラキラ☆コスモ』のキャラになぞらえて、この世界で作ろうとしていたのだ。


 コスモの目が動いた。

「お兄ちゃん……好き……」

 彼女の目に俺が映る。

 ――普段は鬱陶うっとうしがられながらも、いざという時に頼りになるコスモの兄。瞳に揺れるその影が、俺にはそう見えた。


 ギュッと握り返したはずの手が宙を掴んだ。

 血の気が引く思いで、俺は手を見る。


 ……そこにはすでに、コスモの手はなかった。

 肘から先がもう、空気に溶けて消えていた。


 俺は叫んだ。

「待ってろ、お兄ちゃんが助けてやるからな! 絶対に、コスモを死なせない!!」


 俺は原稿用紙の前に膝を付いた。

 泥水がジーバンに染みるが構わない。

 俺はボールペンを走らせる。


〖 星野コスモが元気になる。〗


【転生者への直接の干渉はできません。】


〖 星野コスモが復活する。〗


【転生者への直接の干渉はできません。】


〖 星野コスモが生き返る。〗


【転生者の蘇生はできません。】


〖 星野コスモが生き返る。〗


【転生者の蘇生はできません。】


〖 星野コスモが生き返る。〗


【転生者の蘇生はできません。】


〖 星野コスモが笑う。〗


【星野コスモはこの世界に存在しません。】


「嘘だ!!」


〖 星野コスモが目を開く。〗


【星野コスモはこの世界に存在しません。】


〖 星野コスモと一緒に遊ぶ。〗


【星野コスモはこの世界に存在しません。】


〖 星野コスモと……〗


「やめなさい」

 俺の手を掴んだのは、エドだった。

「あなたの寿命を縮めるわ」

「構わないさ!」


 俺はその手を振り切った。

「俺は、俺なんかよりもコスモに、生きてて欲しかったんだ……ッ!!」


 その時、虚空こくうを抱くニーナが目に入った。


 その瞬間、俺の全身から力が抜けた。

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