(22)小説家《ストーリーテラー》②

 ――一方、中庭近くで様子を見ていたバルサたちは……。


 モーニングスターが鐘楼の柱を粉砕し、ヘヴンとアニが放り出された瞬間には肝が冷えた。

 だが、そこに注視している訳にはいかなかった。


 ――小説家ヘヴンの描く『物語』の、仕上げをしなければならないからだ。


 その大役を司るのは、ファイだった。

 彼は中庭に向けて手を掲げる。

 そして目を閉じた。


「サイコ、キネシス……!」


 体力を消耗し、絞り出すような声と同時に光ったのは、メフィストフェレスの足元だった。


「…………!?!?」


 超能力サイコキネシスは、にしか効果を示さない。そのため、生きた人間や動物、根の生えた植物を操る事はできないのだ。


 ……だが、地面に落とし穴を穿つ事はできる。


 足元に突如開いた、直径五十センチほどの穴。膝ほどの深さであっても、咄嗟の事で動けないものだ。

 その上、この雨。庭にできた水たまりの水が一気に流れ込めば、泥でぬかるんで、足元がおぼつかなくなる。


 案の定、メフィストフェレスはストンと落とされ、唖然と立ち竦んだ。


 ――そこに倒れかかる、鐘楼。


「…………え?」


 次の瞬間。

 鐘楼にぶら下げられていた金属製の鐘が、メフィストフェレスの頭上にスッポリと覆い被さったのだ。


「今だ!」

 バルサは駆け出し、鐘に飛び付いた。

 内側で暴れている感覚はあるが、そんなものは無視だ。

 彼に与えられた役割は、鐘の中に人形師パペッティア、そして人形パペットの魂を封じ込める事。


 鐘から漏れた兵士の魂は、戒めを逃れて本体に戻っていく。

 正気を取り戻した兵士たちは、チョーさんの如意棒に蹴散らされ、泡を食って門から逃げ出した。


 ……そして、問題のファウストである。

 人形師の支配が途切れた抜け殻は、糸の切れた操り人形そのものの動きで、バタリと泥の中に倒れた。


「…………」


 鐘の見張りをチョーさんと交代し、バルサはエクスカリバーを抜いた。

 そして――。


 頭を、腕を、脚を、胴から斬り離す。

 これならば、いくら魂が戻ったところで動けはしない。


 しかし……と、バルサは鐘を見下ろした。

 あいつヘヴンの指示書を見た時、意味が分からなかったが、まさか、その通りになるとは。


 ――これが、あいつの能力だとしたら、これは、とんでもないかもしれない。


 と思っていると、崩れた小屋の向こうから、当の本人が姿を現した。

 ……腹を押さえているが、大丈夫だろうか?



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 中庭に向かう途中。


 ニーナの回復魔法でだいぶ楽になったが、アニに押し潰された時は、死ぬかと思った。


 まだ違和感が残る腹をさすりつつ歩いていると、瓦礫がれきの隙間に倒れているファイを見付けて、俺は焦った。

「だ、大丈夫か!!」

 もしかしたら、無理をさせて寿命を縮めてしまったのかもしれない。


 肝が冷える思いをしたが、痩せた体を抱き上げると、ファイは細く目を開いた。

「ごめんね……疲れちゃった」

「屋根が壊れてないところへ連れて行くわ。お休みなさい」

 エドがファイを抱え上げる。……ニーナの治療で、すっかり傷は良くなったようだ。


 ファイが洗面所のある小屋へ運ばれて行ったのを見送ると、今度はチョーさんに呼ばれた。

「何かネ、鐘の中、さっきから静かアルよ」


 一度、中を確認するべきだろう。だが、罠という可能性もある。

 バルサとチョーさん、そしてアニが武器を構えた中で、俺が鐘を引き倒す。


 ……すると、メフィストフェレスは泥水に沈んで息絶えていた。

 狭い落とし穴の中で足を滑らせ、身動きできずに溺死したようだ。


 解放された青い炎――ファウストの魂は、体がバラバラにされているのを見て死を悟ったのだろう、フワリと消えた――と同時に、灰色の巨体も、煙のように消えていく。


 メフィストフェレスの体も同様だった。

 泥水に溶けるように、ゆっくりとその形を失い、やがて何もなくなった。


 ――終わってみれば、呆気ない顛末てんまつだった。


 後でバルサに聞いたのだが、このメフィストフェレスという男は、「アルファズの六賢」と呼ばれる、エインヘリアルの最高幹部の一人だったそうだ。

 道理で、ラノベの初戦相手にしては、設定が強すぎると思った。


 ようやく雨が上がり、雲の間から月が覗いた。


 それだけでは心許ないので、チョーさんとアニが中庭に薪を運んで、焚き火をはじめた。

 「明かり」というのは、人の心を落ち着かせるものだ。

 やっと一息ついた気持ちになり、俺は、まだ湿っている丸太の椅子に腰を下ろした。


 バルサも俺の隣に座り、

「今晩はどこで寝ようか」

 と相談しだした――その時だった。


「バルサ……」

 ニーナがコスモを抱いてやって来た。

 コスモはニーナに体を預け、眠っているかに見えた。


 ……だが、ニーナの声の震えが、尋常ならざる事態である事を示していた。


 バルサは立ち上がり、ニーナに駆け寄る。

 そして、ニーナの手にあるものを見て硬直した。


 ――それは、コスモのステッキだった。

 女の子のおもちゃらしい、パステルピンクの魔法少女の杖。


 その先端にある星のライトが、ひび割れていた。

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