(24)前日

 どうやって夜を過ごしたか、記憶にない。

 気付けば、太陽が再び中庭を照らしていた。


 何事もなかったかのように晴れ渡る空の下でも、村は無惨な瓦礫となり、星野コスモは戻らない。


 こんな時でも、チョーさんは仕事をしていないと気が済まないようで、破壊された調理場から鍋や包丁を取り出してくると、焚き火に鍋を掛け、水を入れ、刻んだ野菜を投げ込む。

 エドが割れずに済んだ食器をかき集め、小川で洗ってくる。

 そのついでに、水車小屋から卵を取ってきたから、今朝の朝食は卵スープになった。


 アニがファイの様子を見に行く。

 何とか起き上がれるまでに回復したようで、弱々しい笑顔を浮かべながらやって来て椅子に座り、コスモの死を聞いて血の気を失った。

「そんな……」

 顔をおおうファイに、チョーさんがスープを差し出した。

「食べる。生きると同じ。食べないと、生きられないネ」


「おまえも飲め」

 バルサに渡されたスープを手に、俺は無言でうつむいていた。

 するとバルサは、いつになく強い口調でこう言った。


「生きる意思がない者は、この村に不要だ。今すぐここから出て行け」


 ……それはどこか、自戒にも聞こえた。

 ここにいる誰もが皆、無力さに打ちひしがれていたのだから。

 どうしようもない運命の前では、どんなに仰々ぎょうぎょうしい武器も、どんな最強の能力も、全くの無能だった。


 俺はスープを飲んだ。

 腹に入るだけおかわりをした。

 ポカリと空いた、心の隙間を埋めるように。


 ……そんな時、アニが立ち上がり、みんなを見渡した。

「昨日の夜、ずっと考えていた。……この村は、捨てるべきだ」


 しんと空気が静まり返る。


 アニは続けた。

「ここに武器があるのを、エインヘリアルの奴らに知られてしまった。生き残りがアルファズに報告するのも時間の問題だ。――そうなると、一番問題になるのは、ヘヴン、おめえだ」


 俺は空の器を手に顔を上げた。


「おめえ、アルファズに匹敵する能力があると言ったよな? そんな奴を、あいつらが見逃しておくと思うか?」


 ――正論だ。

 俺の存在がある限り、この村は狙われ続けるに違いない。


 ならば、俺がすべき事は――。


 俺は立ち上がり、椅子に器を置いた。

「短い間でしたが、お世話になりました。俺が出て行けば、平和にこの村でやっていけるはず……」


「おめえ、基本、バカだよな」

 だがアニは、冷たい目を俺に向けていた。

「おめえみたいな特異能力スキル持ちを、手放すワケがねえだろ」

「…………え?」

「おめえがいてもいなくても、どうせこの村は襲われる。ここで生きてる限り。だから村は捨てなきゃならねえ。けど、おめえの能力はこの先、旅団に必要だ。残って働け」


「ワタシもそう思うわ。この先はむしろ、戦闘の中心として作戦を立てる立場。つまり、リーダーよ」

 エドがそう言って俺の肩に手を置いた。


「戦闘の、中心……」

 村を出るという事は、今までの比ではない危険のリスクに晒されるという事。その中に立ち、生き残るための『物語』を考え続ける。

 ――何と重い立場だろうか。


「それに、正直、この村に拠点を置いていては、エリューズニルを目指す事は困難だろうと、そう思っていた」

 そう言ったのは、バルサだった。

「一緒に死んだ娘を探して各地を旅してきたが、それでも女神の神殿の話は全く聞かなかった。もっと広い範囲を探す必要があると思う」

「…………」

 エリューズニルだけでなく、彼らの赤ちゃんの所在も。言外に、その意味も含まれているだろう。

 それを察し、みんなはうなずいた。


「旅に、出よう」


 ――出発は、明日の朝に決まった。


 体調の万全でないファイは、ニーナの看病で、できるだけ休むようにした。

 アニは「日が落ちるまでには戻る」と、食事後、すぐに出かけて行った。


「……あのさ。これどうする?」

 エドが両手に集めてきたのは、武器。槍や剣や弓のうち、まだ使えるものだ。

 昨日の戦闘で、逃げられずに命を落とした者が少なからずいたのだ。


「…………」

 みんな思い出したに違いない。

 昨夜、メフィストフェレスが言っていた言葉。

 俺も誰かから伝え聞いた。

 ――武器の錬成をする錬金術師がエインエリアルにいる。

 恐らく彼が、他人から武器を奪って、この世界での命を永らえるようにできる根拠だろう。


 もし、この世界のどこかに、それとは別に、善良な錬金術師がいたとしたら……。


 その考えがふと浮かんだとしても、責められるものではない。

 ……武器を失った仲間の末期を見たばかりなのだ。

 生の可能性を突き詰めたっていいはずだ。


 けれどその先にあるものは、エインヘリアルと同じだと、どこかで察しているのも事実だった。

 手に入らないものは奪う。一度味をしめたものに、絶対に再び手を出さないと、言い切れる者などいるだろうか?


 しばらくの沈黙の後、バルサが武器を受け取った。

「――これは壊す。それでいいな?」


 そして、薪割り場に持っていく。

 切り株に槍を置き、斧で叩き割る。

 弓と剣も、同じように。

 ……その中に、スニフ爺さんの杖もあった。


 それから……。

「モーニングスターはどうする?」

 それはまだ、倒れた鐘楼の根元にめり込んでいた。

「鎖を切れば大丈夫だろう」

 バルサが何度も斧を振り下ろし、ようやく鎖が断ち切れた。


 ……メフィストフェレスの武器は、状況的に「爪」だろうとなった。

 彼が溶けた、泥水の残った穴を何度さらっても、何も出てこなかったから、ファイと同じく、武器と体が同化したタイプだという判断になった。

 という事は、彼自身もまた、「武器錬成」を自らの体に行っていた、キメラだったのかもしれない。


 ――そして。

「コスモのステッキは?」


 バルサに言われ、俺たちは顔を見合わせた。

 ニーナが持っていたのを見てから、どこに行ったのか見ていないのだ。

 みんなの目線が、ファイの寝ている小屋の前に佇むニーナに向く。


 彼女は観念したように、ローブの下からステッキを出した。

「壊れてて使えないし、これくらい持ってても……」

「ダメだ」


 空気が凍り付く。

 その中で、ニーナの声が震えた。

「お願いだから、これだけは……」

「ダメだ。……これがあると、おまえが前に進めない」


 彼女たち夫婦の目的は、あくまで彼ら二人の赤ちゃんを探す事。

 コスモに心を置きすぎていては、子供が報われない。


 泣き崩れるニーナの手から、バルサはステッキを奪う。

 そして、丸太の椅子に置いて斧を振り上げるが……。


 バルサの目にも、涙が光っていた。

 ニーナが母なら、彼も父になろうとしていたのかもしれない。


 やがて、力なく斧を下ろすと、

「これは、ここに置いていく」

 と、彼らが住んでいた小屋に持って行った。

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