(12)穏やかな日常
雨が降ると、中庭の円テーブルは使えない。
だから天気が悪い時は、チョーさんのところに食事を取りに行き、自分の部屋で食べるのだ。
門から見て、一番右がチョーさんとエドの住まいを兼ねた調理場。
その左側は、風呂やトイレ、洗面所がある建物。
その横が、ニーナとバルサ、コスモが使う小屋。
そして、ファイの小屋に俺が転がり込み、その左にある鐘楼の下の空間を、アニが使っている。
昼食をファイの部屋に運び、小さなテーブルに並べてファイと向き合う。
落ち込んでいる俺を励ますように、ファイは笑った。
「仕方ないよ。悪気があった訳じゃないんだから」
少し濡れた原稿用紙は、ジャージと並べて、窓辺に吊るして干してある。何度でも書けるとはいえ、濡れていては書けない。
昼食のメニューは、麻婆豆腐とキュウリ炒め、それと蒸しパンだ。
「麻婆豆腐ならご飯が良かったな……」
「まあそう言わずに。パンをちぎって、そこに麻婆豆腐を挟んで食べると美味しいよ」
ファイを真似してみると、なるほど合う。……けれどやっぱり、麻婆丼が食べたかった。
自分が今まで、どれだけ恵まれていたかを痛感する。
当たり前は、誰かの労働によって成り立っている。この村に来てから、よく分かった。
昼食を済ませた頃には雨は止み、日が出てきた。
食器を返しに行くと、案の定エドに捕まる。
「片付けが済んだら髪の毛をカットしてあげるから、付き合いなさい」
……屋外美容室という公開処刑である。
一応、ヘアスタイルにはこだわりがあり、目が隠れる程度に長めにしていたのだが(校則的にセンター分けにしてはいたが)、エドのハサミに容赦なく切られた。
完成後、鏡の代わりに水たまりを覗き込む。そこにいたのは、ツーブロックに決めたイケメン。
正直驚いた。髪型だけでこんなに印象が変わるのか。
……それに、校則で禁止されている髪型というのはドキドキする。
「ね? 素敵でしょ。アナタ、なかなかイケてるわよ」
さすが
雨のおかげで畑仕事も一段落し、午後はそれぞれ、思い思いに過ごしていた。
俺が暇を持て余していると、バルサに呼ばれた。
「
この世界で、薪はエネルギーの主力である。
大きな切り株に、三十センチほどに切った丸太を置き、バルサは
俺は割れた薪を薪棚に運ぶ役だ。
薪割り場になっている、バルサたちの小屋の裏に、ニーナとコスモの姿はない。
「昼寝中だ。添い寝してやらないといけないからな」
「なるほど……」
小屋を振り返ると、開いた窓から室内が見えた。
……床の敷物で、ニーナとコスモが並んで寝ている。
ニーナの手がトントンとコスモをあやしている様子は、見ている方も微笑ましい気持ちにさせる。
それからしばらく、黙々と作業をしていたのだが、ふとバルサが手を止めた。
「……何か、悪かったな。おまえの武器を役立たずみたいに言って」
「あ……」
「さっきの雨、おまえが降らせたんだってな。正直、驚いた」
バルサは額の汗を拭って俺を見た。
「もしかしたら、おまえの
今度は俺が驚く番だ。
「マジすか!」
「ノリが軽いから凄そうに見えないんだよな、おまえは」
そう言って、バルサは切り株に腰を下ろした。
「おまえも、この世界で恐らく何年かは生きていく事になる。ならば、知っておいた方がいい奴がいる――」
――バルサとニーナは、一緒に死んだ彼らの赤ん坊を探し、この世界のあちこちを旅している。
赤ん坊の転生者の噂を聞いたら、すぐに駆け付けるのだが、車も飛行機もないから、場所によっては、何日も、何週間もかかる事もある。
その間に、目的地である村が襲われて、村人たちが皆殺しになっていた事が何度かあった。
「……エインヘリアル。奴らはそう名乗っている」
この世界に生きる上で必須の「武器」を、他の転生者から奪って生き永らえる略奪者。
その集団である。
「軍隊みたいな組織で村を襲い、武器を根こそぎ奪っていく。奴らの襲撃を受けたら、まず助からない」
「…………」
背筋に悪寒が走る。バルサのような
「その
――アルファズ。
全知全能の神を名乗り、転生者の中でも飛び抜けて強力な能力を操る。
「俺は直接見た事はないが、噂によると、自然現象を自由自在に操るらしい」
「えっ……!」
「だが、おまえのさっきの能力を見て、これはアルファズに匹敵するんじゃないかと、俺は感じた」
……いや。原稿用紙に制約があるから、俺の場合、自由自在という訳にはいかない。
しかし……と、俺は
使い道によっては、対抗手段にはなるかもしれない。
「とにかくだ」
バルサは立ち上がり、再び斧を手に取った。
「――転生者の中には、生き返る事を望まず、この世界で生き永らえるのを目的に生きてる奴らも存在する、という事は、知っておいた方がいいかと思ってな」
まあ、頑張れよ、と、バルサは丸太に斧を振り下ろした。
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