(13)魔法少女《マジカルガール》
――翌日。
俺は再びアニに叩き起された。
「てめえが台無しにした羽毛の落とし前をつけてもらうからな!」
慌てて朝食を済ませ、出掛ける準備をしているところに、やって来たのはコスモだ。
そして俺に、
「ん」
と、何かを差し出した。
……それは、動物の歯のようだった。小穴が開けられ、木のビーズと一緒に革紐に通されている。
「何、これは?」
「ヤクの歯のお守り」
戸惑いながら受け取った俺に、コスモは身に付けろと指図する。ペンダントのように首に掛けると、コスモは満足げに腰に手を当てた。
「オレも持ってる」
アニもやって来て、布を巻いた胸元にぶら下げたそれを見せた。
「ヤクは迷子にならないから、必ずまた帰って来られるようにっていう、旅人のおまじないさ」
「へぇ。でも大袈裟だなぁ。グースを捕まえに行くだけだろ」
俺が言うと、アニが尻に膝蹴りをしてきた。
「てめえ、ずいぶんと平和なところで生きてきたんだな。そんな風だから、情けねえ死に方をすんだよ」
「うるせえな。おまえに関係ねえだろ!」
アニはコスモに歩み寄り、小さな体を抱き上げた。
「この世界じゃな、一歩村の外に出れば、モンスターや盗賊がウヨウヨしてるんだ。道も道標もないから、道に迷ったら一生村に戻れないかもしれない。旅ってのはな、そういうモンなのさ」
俺の顔から血の気が引くのが分かった。
同時にコスモの目がウルウルしだす。
そんなコスモの頬に、アニは頬を擦り寄せた。
「けど、心配すんな。あたいが付いてくんだ。あたいにとっちゃ、裏山から湖なんて、住み慣れた庭のようなモンさ」
「ホントに大丈夫?」
「ああ、コスモの友達に怪我なんかさせねえから」
……友達、かぁ……。
ツンデレの極みのこの幼女、俺を友達だと思ってくれているのか。
死ぬ前には、友達なんて言葉は、俺とは縁遠いものだと思ってたけどな……。
「ありがとう……」
だがコスモは、
「おまえ嫌い、触るな」
と、ピシッと俺の手を払い除けた。
……分からない。俺には幼女の心が全く分からない……。
みんなに見送られて門を出る。
木の塀をぐるりと回り、小川を渡る丸太橋の向こうは、いきなり山だ。
アニは、胸に巻いた布とダブッとしたズボン、麦わらのサンダル履きといういつもの軽装に、左肩に革の肩当てをして、弓と矢筒を背負っている。
そんな格好で、落ち葉に埋もれた木の根や岩という、トラップだらけの斜面をスイスイと進んでいく。
一方、俺は五分で音を上げた。
「ま……待って……キツいって……」
「情けねえ奴だな」
そう言いつつも、アニは岩に腰を下ろし、待っていてくれるようだ。
落ち葉に何度も足を取られながら斜面に張り付く俺に、アニは言った。
「コスモ、おめえの事好きだな」
ブッ! と
「な、何でそうなるんだ? 俺、めちゃくちゃ嫌われてるだろ」
「あの子が友達だなんて呼んだの、オレの他に初めてだからさ」
アニは岩に寝転んで、胸元のお守りを手に取った。
「年の近さで言えば、ファイのが近いだろ。でもあいつを友達と呼んだところを見た事がない」
「じゃあ、何で俺?」
「知らねえよ。だけどあの子、おめえと友達になりたいとオレに言ってきた」
「…………」
「だからさ、ヤクのお守りを作ってやれって、オレが言ったんだ。友達の証に」
何とかアニに追い付く。
そこからしばらくは、なだらかな尾根で歩きやすい。
アニはゆっくりと足を運びながら話を続けた。
「コスモ、とんでもなく悲惨な死に方をして、この世界に転生したんだ」
「悲惨な、死に方……?」
ニーナには聞いた。コスモは生前、寂しい身の上だった事を。
しかし、どうして死んだのかまでは聞いていない。
アニは、首を横に振って顔を伏せた。
「……あの子、母親に虐待を受けて、死んだんだ」
――はじめは暴力からだった。
事あるごとに殴られ蹴られた。
そのうち、まともに食事をくれなくなった。
床にぶちまけられた残飯をすすって飢えをしのいだ。
……でも、それでも。
母の視界の中に、彼女の存在はあったのだ。
母という存在を、確かに彼女の目で見上げる事はできたのだ。
それが、ある時……。
「母親が、消えた」
汚れた部屋。
食べ物も、水もない。
夜は明かりも点けられず、空腹と心細さで膝を抱えて泣いた。
「まだあんな子供だぜ? 助けを呼ぶ事も知らない。ただ母親が戻ってくるのだけを、ずっと一人で待ってたんだ」
そんな寂しさを慰めるものが、ひとつだけあった。
何かの気まぐれで母が彼女に与えた、一冊の絵本。
『魔法少女 キラキラ☆コスモ』
閉ざされたカーテンの隙間から入る光の中で、彼女はずっと、その絵本を見ていた。
「だから、コスモは
衰弱し、動けなくなった体で、彼女は願った。
「ニーナたちが旅に出た時に、コスモを預かった事があるんだ。その時に友達になって、そんな話を聞いた」
「…………」
「コスモにとって、ニーナは母親に当たる存在なんだよ。だから今度こそ捨てられないようにって、必死で甘えてるんだ」
常にニーナにペッタリとくっ付いていた理由は、そういう事だったのか。
俺の事を「嫌い」と言い張るのも理解できる。自分だけのものである母親が連れてきた新入り。――彼女にとっての「母」という存在を、奪うかもしれない若い男。警戒されて当然だ。
俺はコスモがくれたペンダントをギュッと握った。
「まだ俺との距離感が分からないんだな。おし、帰ったら、お兄ちゃんが全力で友達になってやる!」
だが、アニは冷たい目で俺を見た。
「何だろう、おめえが言うと気持ち悪さを感じるんだが」
「うるせー!!」
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