(9)円卓の八人①
「……ふぅ」
間に合った。
寝起きに腹を踏まれ、
俺はスッキリしついでに顔を洗って洗面所を出た。
村の建物は、中庭を半円で囲むように並んでいる。
その中庭の真ん中に大きな円テーブルが置かれ、丸太を切っただけの椅子が八つ置かれていた。
そこに、一番左手の小屋――ファイの住まいの向かいの建物――から、ニーナや星野コスモが料理を運んでいる。
その様子を眺めていると、再び容赦ない蹴りが尻に入った。
「てめえも働け! このゴミクズ!」
俺を叩き起したあの女だ。……顔立ちは可愛い部類に入るのだから、もう少し穏やかにすればモテるだろうに。
しかし、ニーナかバルサが彼女に説得してくれたようで、命を狙われる事がなくなっただけ、マシと思うしかない。
……そして、テーブルに料理が並ぶと、各自席に着く。
俺の右がファイで、左が尻蹴り女――俺が不審な動きをしないか、常に監視している。
尻蹴り女から右回りに、バルサ、ニーナ、星野コスモ、「エドお姉ちゃん」と呼ばれていた長身の男。
その右隣、ファイとの間の席は空いていた。
テーブルに並ぶのは、麦粥に卵スープに、青菜炒めを添えられた、昨夜と同じ豚――いや、オーク肉の角煮。
見た目だけでなく、栄養バランスも整った料理から、食欲をそそる匂いの湯気が立っている。
腹の虫の大合唱がおさまらない。
「さて、と。新しい仲間の紹介をしたいところだが、せっかくのチョーさんの料理が冷めては申し訳ない。食べながら自己紹介としよう」
バルサの合図で、皆一斉に食事を始めた。
俺も麦粥をスプーンですくう。すると思い切り左の
「新入りが先に挨拶しねえでどうする」
尻蹴り女が睨んでくる。……一応「新入り」と認めてくれたようだ。
俺は立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
「あー、神代ヘヴンっス。十四歳っス」
「この世界での自己紹介はな、武器と能力を言うモンさ」
麦粥をかき込む尻蹴り女に突っ込まれた。
「武器……。えと……、ペンと、紙?」
「ペンと紙?」
クスッと笑ったのは、エドお姉ちゃんだ。彼は物珍しげな目で俺を見た。
「ちょっと、斬新じゃない。見た事ないわね」
……言葉は女だが、見た目がイカついからどうにも慣れない。
「で、どうやって使うの?」
エドに聞かれるが、俺はどう説明したものか頭を悩ませた。
「あー、紙にペンで、こうなって欲しいなーって事を書くと、何となくそんな感じになるっぽいんスけど、制約が多くて、例えば原稿用紙の書式を間違えると、赤い字がこう、バァーッて浮かんで、そんで……」
俺を見るみんなの目が冷たい。絶対伝わってない。
文字で書けば落ち着いて説明できるのに、口で話すと妙に早口になってまとまりがなくなる。小説家の
「……まぁいいや。じゃ、次はオレ。――オレはアニ。
確かに、先程俺に向けていた弓は、翼のような変わった形をしていた。
バルサとニーナは知っての通り。
次は星野コスモだ。
「…………」
だが彼女は、ニーナにペタリと張り付いて、俺に不審な目を向けている。
ニーナが苦笑した。
「この子は星野コスモ。
……その様子は、まるで
だが、昨夜ファイは言っていた。ニーナたちの子供は、この世界でまだ見付かっていない。
ならば、母のようにニーナに甘えるコスモは、どういう立場なのだろうか?
するとコスモは仕方なさそうに、魔法のステッキを俺に見せた。
そして説明する。
「先っぽのお星さまがね、マジカル☆キラキラ・シャイニングスター♪ って、こうするとね……」
と、俺にステッキを向けた――途端。
先端の星が閃光を放つ。それがまともに目を刺して、俺は
「うわっ!」
虹色に染まった視界に星が舞う。
――キラキラマジックでキラリンラーン。
星の妖精が、俺の周りで歌い踊る。
俺は思い出した。
星野コスモの必殺技は、なんかよくわからん状態異常になって、戦闘不能に
「…………」
平衡感覚が保てなくなり、俺は椅子から転げ落ちた。
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「……大丈夫?」
目を開けると、ニーナが俺を見下ろしていた。回復魔法で状態異常を解除してくれたらしい。
「ごめんね。この子、まだ能力の加減ができないのよ」
申し訳なさそうな顔をするニーナの背中にくっついて、コスモが俺の顔を覗いている。
「ね、コスモ。お兄ちゃんお怪我してないから大丈夫。でもね、失敗しちゃったら、ごめんなさいをするのよ」
「…………」
だがコスモは、口を尖らせて見ているだけだ。
「ねえ、コスモ……」
すると、コスモはブワッと泣き出した。
「わざとじゃないもん……」
「わざとじゃなくてもね……」
「コスモ悪くないもん!」
困った様子のニーナに、俺は起き上がり笑って見せた。
「あ、大丈夫っス。このくらい、全然……」
「コスモ、こいつ嫌い!」
……なぜか嫌われたようだ。
俺が何をしたと言うんだ?
さすがにニーナも眉を上げる。
「コスモ、そういう言い方はいけないわ。きちんと謝りなさい」
「嫌だ! コスモ、こいつ嫌だ!」
コスモはそう言うと、泣きながら走って行った。
小さい背中を見送った後、ニーナは小さく溜息を吐いた。
「あの子ね、家族の温もりを知らないまま、死んじゃったの」
「…………」
「私をお母さんの代わりと思って甘えてくるから、私も、その気持ちに応えてあげたいんだけど、難しいわ」
そう言うと、ニーナは俺に顔を向けた。
「ファイに聞いたでしょ、私たちがどうしてこの世界に来たのか。そして、何を目的にこの世界で生きているのか」
俺は小さくうなずいた。
「私たちの赤ちゃんもね、女の子だったの。……生きていれば、ちょうどコスモと同じくらい。多分、私の中にも、コスモに私たちの赤ちゃんと、重ねてる部分があるのよね」
そう笑ったニーナの目に、涙が光っていた。
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