(8)それぞれの理由

 ……その後、ファイの能力サイコキネシスを間近に見た時には、腰が抜けそうになった。


 この小屋はファイの住まいで、俺が寝ていたベッドはファイのもの。

 そのベッドを、手を掲げただけで「コピー」したのだ。

 何を言っているか分からないと思うが、俺にも分からない。

 ただ、ベッドを包んだ光が消えると、ひとつだったベッドがふたつになっていたのは間違いない。


「一度能力スキルを使うと、すごく疲れてしまって」

 ファイはそう言うと、新たに現れたベッドで眠ってしまった。


「…………」

 こちらのベッドは、俺が使っていいらしい。

 とはいえ、先程まで熟睡していたから眠くない。けど、こんな夜中に知らない場所でやる事もない。

 仕方なく、俺はベッドに横になって、窓から見える星空を眺めていた。


 ……人は死ぬと、星になる。


 そんな童話もあるらしい。

 ならば、死んだけれど死に切れていない俺たちは、星になれているのだろうか。


 どうしても、先程ファイに聞いた、ニーナとバルサの話を思い出す。


「たまたま通りかかっただけなのに、通り魔に、三人とも……」

 ファイはズボンをギュッと握った。

「ニーナは、冷たくなっていく赤ちゃんを抱き締めて、助けたいと願った。だから治癒者ヒーラーになった。バルサは、子供と奥さんを守れる力を求めた。だから勇者ブレイブになった」


 あの二人に、そんな辛い過去があるとは知らなかった。

 体を丸めて、俺は星を見上げる。


 ファイは悲しい色をした目でこの星空を眺め、こうも言った。

「二人は、一緒に転生したの彼らの赤ちゃんを探して、この世界を旅しているんだ。赤ちゃんと一緒にエリューズニルの女神に、生き返りを願うために。この村を拠点にして、赤ちゃんの転生者を見かけたという話を聞くと、すぐに飛んで行くんだ」


 俺を助けてくれた時も、ちょうどその帰りだったらしい。

 ……と、俺は気付いてしまった。


「で、でも、この世界は、現世に強い思いを残していないと転生できないんじゃ……」

「だから、悲しいんだ」


 俺は、ファイの言葉を理解した。

 ――自我すらなかった彼らの赤ちゃんが、この世界に転生している可能性は、限りなくゼロに近い。

 現に、赤ちゃん転生者の情報というのも、物々交換で有利に取引しようとする、悪賢い奴の嘘ばかりらしい。


 それでも、そうと分かってはいても、ニーナとバルサは、我が子を探さずにはいられないのだ。


「…………」


 こんなふざけた理由で転生してしまった俺が、代わってあげられたらいいのに。

 俺はそう思った。



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「――いつまで寝てんだ、このクソ野郎!」


 いきなり尻を思い切り蹴られ、俺は飛び起きた。

「何だよ一体……」


 すっかり窓の外は明るくなっている。どこからかいい匂いもして、尻の痛みに負けじと、俺の腹はグーッと鳴った。

 だが、状況はそれどころではなかった。


 首根っこを掴まれて、ベッドから引きずり落とされると、目の前にやじりがあった。

 ……矢の先に付けて弓で射る、あの鏃だ。


 殺意、というのを肌で感じたのは、生まれて初めてだった。


 鏃の先を目で追う。シャフトに付いた羽根、そしてその向こうにある、殺気の高すぎる視線。


「…………!」


 どうしていいか分からず、俺はとりあえず両手を上げて無抵抗を示した。

 弓矢の主は、そんな俺の腹を踏んづけて睨み下ろす。

「てめえがニーナとバルサをたらし込んで村に入り込んだっていう図太い野郎か」


 ピンと張った弓のつるを見れば、抵抗する気など起こるはずもない。俺は素直に認めた。

「はい……」


 弓矢の主は、まだ少女と呼んでいいほどの若い女だった。

 褐色の肌にドレッドヘアー、痩せた胸に布を巻き付けている。……肌の露出は多いが、セクシーさは一切ない。

 そして、猛禽もうきん類のような鋭い目。

 下手な態度を取れば、額に穴が穿くのは間違いない。


 彼女は尖った犬歯を見せて吠える。

「狩りに行って戻れば、どころ馬の骨とも分からねえ奴が居座ってやがるとは。ニーナやバルサは優しいけどな、オレの目は誤魔化せねぇ。……てめえの目的は何だ?」


 何か答えないとヤバいだろう。俺は必死で声を絞り出すも、

「アーッ! ……アアアー!」

 という情けない喘ぎしか出でこない。

 すると女は、

「言葉で言え、言葉で!」

 と、俺の腹に体重を掛けた。


 ……その時、俺は気付いた。

 今俺は、生死を分かつ重大なピンチに置かれていると。

 もちろん、矢をつがえられている時点で生命のピンチには違いない。

 それとは別の、人間の尊厳に関わるピンチに……。


 ここで言わなきゃ、どちらにしろ、残されるのは「死」だ。

 俺は意を決した。


「も、漏れそう……」

「あ?」

「トイレに、行きたいです!!」

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