(5)ボールペンと原稿用紙
食事を片付けたところで、就寝時間。
乾いた草の上に敷物を敷いただけの、簡素すぎる寝床だ。
「ほれ、使え」
と、バルサが敷物を貸してくれた。――先程狩ったオークの毛皮だ。
オークの巨体から剥ぎ取ったものだから、敷物にする程度の大きさは十分にある。
……だが、密度が薄くてツンツンしたオークの毛がチクチクする。その上、臭う。
しかし、借り物に贅沢は言えない。
……にしても、静かだ。
風が柔らかく草を揺らす音と、焚き火がパチパチと
遮るもののない星空は、ネットでしか見た事がない光景だった。静寂の中で星が瞬く音が、キラキラと聞こえてきそうだ。
眠ると体温が下がるのと、モンスターを寄せ付けないために、一晩中、焚き火は燃やし続ける必要があるらしい。
時々、バルサかニーナが起き上がり、枯れ草の枝を火に放り込む。
俺は火に背を向けて、眠ったフリをしていた。
……果たして、これからどうすべきか。
「エリューズニルを探して女神ヘルに生き返りを願う」事が、この世界で生きる目的として、転生した目的は「異世界転生を体験する」だから、すぐに生き返ってしまっては元も子もない。
しばらくこの世界を満喫してから、エリューズニルを探してもいいだろう。
としても、まずやらなければならない事がある。
それは、俺の「武器」の使い方を探る事。
ボールペンと原稿用紙だって、一応武器として与えられたもの。ただのメモ帳という事はない……ハズ……。
どうせ眠れないし……と、俺はポケットから、ボールペンと原稿用紙を取り出した。
オーク皮の上に原稿用紙を広げ、ボールペンを握る。だがいざマス目を前にすると、何を書いていいのか分からない。
……まるで、夏休みの宿題の気分だ。原稿用紙という書式が良くない。
薄緑でプリントされた枠。四百字詰めの、ごくごく一般的なやつだ。
八月三十一日に泣きそうな気持ちで
それに、先程バルサが言っていた話。
――武器が壊れたり使えなくなったりすると、死ぬ。
という事は、原稿用紙を使い切ったら……。
俺はゴクリと唾を呑む。
原稿用紙はたったの一枚。「埋めろ」と言われると苦痛だが、「埋めるな」と言われると
だが、ボールペンと原稿用紙の組み合わせでは、「書く」以外の使い道が思い付かない。
「…………」
何にしろ、一度試してみないと、使い方すら分からない。
俺はしばらく悩んだ末、とりあえず日記を書いてみる事にした。現世に生き返った時に執筆に困らないよう、異世界転生の記録を残しておいた方がいい。
かといって、一マスに一文字書いてはすぐに埋まってしまう。
俺はマス目を無視して、端っこに小さく書く事にした。
〖 転生一日目。いきなりオークに……〗
すると、驚くべき事が起こった。
【原稿用紙は正しく使いましょう。】
という文字が、赤いペンで書かれたように浮き上がり、俺が書いた文字ごと、紙に吸い込まれるように消えたのだ。
「――――!?」
状況を理解するのにしばらく時間がかかった。
しかし、まっさらになった原稿用紙という現実をしげしげと眺めて、ようやく納得した。
――この原稿用紙は、何度でも使えるのだ。
ならばと、俺はマス目にきちんと書く事にした。
〖 転生一日目。いきなりオークに襲われ死にそうになった〗。
次は何を書こうかとペンを止めると、今度は、
【行末の句読点は、最後の文字と同じマスに記入すること。】
という赤字が記され、全部消えた。
「…………」
細かいなぁオイ。
ムキになって、俺はもう一度丁寧に書く。
〖 転生一日目。いきなりオークに襲われ死にそうになった。〗
そして、少し待つと、今度は……
【そうですか。】
と浮かび、また消えた。
……何なんだよ。
俺はイラッとしつつも、ひとつの気付きを得た。
――この原稿用紙は、正しい書式で書けば、何らかの返事をする。
ならば……。
俺はボールペンを走らせた。
〖 豪華なホテルのフカフカのベッドで眠りたい。〗
もしかしたら、希望を書けばその通りになるのではないか、と思ったのだ。
だが、そううまくいくはずはなかった。
赤ペンが答える。
【この世界にホテルはありません。】
と、だから何だとばかりにスッと消える。
「何なんだよ……」
俺はイライラと頭を掻きむしって、謎の赤ペンに質問をぶつけた。
〖 この原稿用紙の使い方を教えてくれ! 〗
するとすぐに、
【質問に答える立場ではありません。】
と書かれて消えた。
「…………!」
歯ぎしりしながら、俺は考えた。
……正しい書式で何かを書けば、この原稿用紙は何らかの反応をする。
ならば、正しい内容を書けば、正しい反応をするに違いない。
原稿用紙の正しい使い方……とは……。
日記? いや、日記には、素っ気ない返事が来ただけだった。
なら、作文か? 先程書いた「希望」も、作文のうちだろう。ならば違う。
読書感想文? そもそもこの世界に本があるのか?
詩? ……何か違う気がする。
だとしたら……。
最後に俺の脳裏に浮かんだのは、俺の最も得意とするものだった。
――小説。
つまり、「この先に起こる現象を、状況と辻褄が合うように書く」。
それは、
次の瞬間に起きても不自然でない事象。
それを書いてみたらどうか?
俺は少し考えた。
そして、眠りにつくニーナとバルサを見て、こう書いた。
〖 旅人たちは、風邪を引く事もなく、モンスターに襲われる事もなく、無事に朝を迎えた。〗
そして数瞬待つと、何と、俺が書いた文字が光りだしたではないか!
それは原稿用紙から浮き上がり、光の粒子となって、ニーナとバルサに降り注ぐ。
光のは二人に吸い込まれるように消え、後には何事もなかったように眠る姿だけがあった。
俺は原稿用紙に目を戻す。すると再びまっさらな白紙になっている。
「…………」
この武器の使い方が掴めたかもしれない。
俺は興奮を声に出さないよう、抑えるのに精一杯だった。
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