(4)エリューズニルの女神

 ――この世界ヘルヘイムにも、夜はあるらしい。

 青空が徐々にオレンジ色に染まり、その色も薄らいでいく。

 その様子を見ると、時空が異なるだけで、この世界は地球上のどこかにあるんだろうと、俺は思った。


 と、バルサが足を止めた。

「……仕方ない。ここらで野宿しよう」

 その言葉に、俺は耳を疑った。

「野宿?」

「そうさ。暗くなったら歩けないからな」

「何もないですが? テントとか寝袋とかあるんですか?」

「あるわけねーだろ」

「じゃあどうやって寝……」

「グズグズ言ってねぇで、暗くなる前にまきを拾って来い!」


 ……同情されたのは一瞬。

 俺はすっかり役立たずキャラになった。


「……はぁ……」

 こんなハズじゃなかった。

 異世界って、もっとこう、希望に満ちあふれたものじゃないのか?

 窮屈な現世を抜け出して、もっと自由で、もっと浪漫ロマンがあって……。


 とは言うものの、確かに、グズグズしていて夜になるのは危険だ。

 オークなどのモンスターに、また標的にされたらたまったものではない。


 草っ原と言えど、燃えそうなものは落ちているもので、俺は枯れ草の枝を両手に抱えて、二人の元に戻った。


 すると、すでにニーナが焚き火を始めていた。

 バルサはというと、エクスカリバーでオークの肉を切って、棒に突き刺している。バーベキューの準備だろう。


 パチパチと燃える火を囲み、肉を焼く。

 実にワクワクするシチュエーションだが、それを楽しむには、俺は疲れ過ぎていた。

 棒のようになった足を持て余しながら、何とか肉にかじり付くが、これが脂っぽい上に臭い。


「……味付けは?」

「ねぇよ。食事ができる事をありがたく思え」

 バルサは串の肉を豪快に噛みちぎる。……が、その割に、

「あー臭えなあ!」

 と文句を言う。

「チョーさんが角煮にすれば、頬が落ちるほどの絶品になるのによ」

燻製くんせいもいいわよね」

「燻製ハムを使ったチャーハン、美味いんだよなぁー」


 また村の人の話だろうか?

 料理の達人がいるというのは、期待したいところだ。


 グチグチ言いながらも、バルサとニーナは次々と肉串を平らげていく。

 俺も腹は空いていたが、それ以上に、オーク肉の食味のまずさがまさった。

 半分以上残した肉を持て余していると、

「食わなきゃ生き残れねえぞ」

 とバルサに睨まれた。


 仕方なく肉にかぶり付き、俺はバルサに聞いてみる。

「お二人はこの世界、長いんスか?」

 すると、ニーナが首を横に振った。

「私たちなんて、まだまだ新入りよ」

「夜が明けたら、俺らが世話になってる村へ連れて行ってやるが、俺らよりこの世界の事に詳しい人たちばかりだ。色々聞いてみるといい」


 それから二人は、この世界ヘルヘイムについて、知っている限りの事を教えてくれた。


 この世界をべるのは、女神・ヘル。

 とはいえ、誰もその姿を見た事がない。


 なぜなら、彼女の住まう神殿「エリューズニル」に辿り着く事が、現世へ生き返るための試練であるから。

 女神ヘルの御前にひざまずいた瞬間、その者はこの世界を去っているわけで、ヘルの姿どころか、エリューズニルを見た者すら、この世界にはいないのだ。


「試練に挑むには、この世界で生き残らなきゃならない。だがこの世界には、死ぬ要素がたくさんある」


 オークみたいな野生のモンスターは、この世界にウヨウヨしている。

 それに、転生者の中にも悪者はいて、他の転生者を殺して武器を奪う者もいるそうだ。

 ――この世界では、武器が何より重要だからだ。


「武器が壊れたり使えなくなったりすると、死ぬ」


 つまり、武器とは、この世界で生きるための許諾証きょだくしょうのようなもので、他人の武器を奪って、寿命を延ばそうとする者がいるのだ。


「だからね、武器が思ったのと違っていても、破いたり捨てたりしちゃダメ。大切にするのよ」


 俺は慌ててポケットのボールペンと原稿用紙を取り出した。……落としてはないと、とりあえずホッとする。

 ――しかし、どうやって武器として使うんだ、これ?


「それから、もうひとつ」

 ニーナの笑顔が焚き火に揺れる。


「『生きる』という目的を見失ったら、この世界にはいられないの」


 ――現世に生き返るための試練の場。

 だから、「生きる」意志を失くす――すなわち、希望を見失う、もしくは、現状に満足をしてしまえば、この世界にいる価値はないのだ。

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