第37話 顕現位相召喚




 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 俺は気が付いたとき、後方の壁へと思い切り叩き付けられ、血反吐を吐いていた。


「ご主人様!」

「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ、バルト!」

「これは……血塗れだけど、そんな姿も素敵♪」


 三者三様、ふざけたこと抜かしながら、地面に片膝つく俺へと群がってくる女ども。


「新人君!」


 そこへ、どうやら俺の言いつけ通り、大人しく隅っこで成り行きを見守っていたらしいユーリらが駆け付けてくる。

 彼女の仲間にヒーラーがいたようで、親切にも回復してくれた。


「ちっ。すっかり油断したな。まさかあれを喰らってピンピンしているとは」


 そう。

 爆発的な力によって全身を吹っ飛ばされたはずのドラゴンは、まるで致命傷を負っていなかったのだ。

 無論、そこら中に傷を負い、血を流してはいたが、どう考えてもただのかすり傷だった。


「しかも武器まで失うとはな」


 遙か前方で、ただのゴミクズとなって転がっている、長剣だったはずの残骸を見て舌打ちした。

 さすがにあんな化け物相手に拳だけで戦うわけにはいかない。

 何しろ、俺はどうやら聖騎士らしいからな。剣がなければただの雑魚だ。


 まぁもっとも、あのステータスカードに記されていたデータはおそらくバグだから鵜呑みにはできんし、何より、そもそも俺はこの世界最強の神だからな。

 どう考えても、カードの表記内容を額面通りに受け取ることなどできない。


「ちっ。本気を出すしかないということか」


 立ち上がった俺はゆっくりとドラゴンへと歩いて行く。

 奴ももう、一定範囲外にいれば攻撃してこないという状態にはないようだ。

 見るからに怒り狂った形相を浮かべ、地響き立ててこちらへ歩いて来ていた。


「ちょ、ちょっとっ。あなた何をする気なの!?」


 状況を飲み込めてないらしいユーリが悲鳴に似た叫び声を上げる。

 俺は振り向くことなくニヤッと笑った。


「決まっている! 奴をぶちのめすだけだ! ――おい! リア、クリス、ユメ!」


 どうやら名前を呼んだだけで理解したらしい。

 女たちは音もなく俺の左右背後に忍び寄る。


「やっとあたしたちの番ってわけねっ」

「うっふふ。楽しみだわぁ」

「……ご主人様に傷を負わせた罪、死を持って償ってもらいますわ」


 三人はそう言って魔法詠唱し始めた。

 それを確認した俺は、右手を頭上へと掲げると、


「お前らの力を存分に味合わせてやれ!」


 その一言が合図となった。


 無数の爆炎がそこら中から天へ向かって迸る。

 空間を振動させるかのような天雷が、黒龍の全身に風穴を開けた。

 大気に隠れた湿気が氷の結晶となり、巨大な杭の形を形成してドラゴンへと飛んで行った。


 そんな中、俺は一人、脳裏にある映像を思い浮かべていた。

 名前はわからんが、史上最悪のラスボスと言われた男が操っていたとされる禁断の力。

 すべてを切り裂きすべてを破壊するレジェンダリィ・ウェポン。


「次元の狭間に彷徨う始原の力よ。我が声に応じ、この世界に顕現せよっ」


 鋭い叫びが室内へと反響した瞬間、虚空に火花が散った。

 そして、


「な、なんだありゃっ!」

「う、うそ……」


 ギャラリーが恐怖の叫びを上げる中、現れたもの。


「ふむ。これが噂の神代の神器か」


 突如として湧いたラスボスが操っていたとされる幻の武器。その巨大な二振りの剣と鎌が宙空に浮かんでいた。


 人の背丈の三倍はありそうなほどの光り輝く長大な剣。

 片や死神の鎌のような、やはり黄金に輝く巨大なデスサイズ。


 俺は笑いながらそいつを携え、渋谷ダンジョンの大ボスへと特攻して行った。

 そして次の瞬間、すべてに決着が付くのだった。



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