第36話 渋谷ダンジョンの大ボス
円形の巨大なフロアの最奥に鎮座する禍々しい光を放つドラゴン。
奴は一対のでかい翼を左右に広げ、やたら細長い身体の先に付いていた頭から炎を吐き出していた。
真っ赤に燃えさかる炎――いや、奴が吐き出したそれは、どす黒い黒炎だった。
全身毒にまみれたような真っ黒い身体をした黒龍。
奴の炎をもろに浴びそうになって死を覚悟したかのように硬直するSランク冒険者ども。
完全に戦意をなくした諸先輩方に俺は言ってやる。
「てめぇらっ。気合い入れんかい!!」
特に魔法や魔道具を使ったわけではないが、ドラゴンのあげる爆炎にかき消されることのないほどの大音声がボス部屋すべてに響き渡っていた。
「あ、あなたはっ……」
その甲斐あってか我を取り戻したユーリたちは間一髪でブレス攻撃をかわすと、俺たちの方へと後退してきた。
「どうしてあんたたちがこんなところにいるんだっ?」
確かユーリの相棒でタンク職だったはずの男――グランツだったか?
全身火傷や擦り傷まみれの姿で叫んだ。
「そんなことはどうでもいい! お前らは手を出すなよ!?」
「……は? 手を出すなってどういうことだ!?」
「邪魔だからに決まっているだろう! 奴はこの俺が倒す! ――まぁ、先に見つけたのはお前たちだから、奴と戦う権利はお前たちにあるかもしれんがな」
俺は奴らを見もせずに言うと、おそらくファフニール種のユニークモブである黒龍を
奴はどうやら一定距離に入って行かない限り、自分から積極的に攻撃してくることはないようだ。
ただ、それも最初から最後までずっとかどうかはわからない。
どの道、退路は断たれてしまったのだ。ここから出るためには奴を倒さなければならない。
ゲームであったらなおのことだ。
俺は一応の安全を確認してから、ユーリへと視線を送った。彼女は実況配信アイドルを気取るだけあって、とても可愛らしい顔に複雑な色を浮かべていた。
「確かに戦闘する権利はあたしたちにあるかもだけど、でも、今そんなこと言ってる場合じゃないよ! あんなの、絶対に倒せないって!」
「そうだぞ! あんたがおかしな強さしてるってのは決闘騒ぎ見てたから知ってるが、だが、相手が悪すぎる! あいつはレイドボスだぞ? しかも、今までみた奴とは桁外れだ。この渋谷ダンジョン内にも何体かレイドボスはいたが、おそらく、あいつは最強種だぞ!?」
「そんなことはわかっている。だから手を出すなと言っているんだ」
面倒くさくなって舌打ちすると、ユーリが烈火のごとく怒り出した。
「あなた正気じゃないわっ。あのボスは多分、百人ぐらい一流冒険者連れてこないと絶対に倒せないレベルよ! それなのに、あなたたちだけでやろうって言うの!?」
「だから先程からそう言っている! どの道、奴を倒さなければここからは出られんのだ。やるしかあるまい!」
「そうだけどっ」
なおも食い下がってくる美少女配信者。
――本当に面倒くさいな、こいつらは。
まったく手も足も出ない奴がうろちょろされたらまともに戦えるものも戦えないから言ってやってると言うのにな。
本当に使えない奴らだった。
この渋谷ダンジョンを根城にしている上級冒険者連中は皆こうなのだろうか?
「まぁいい。とにかくだ。お前たちは隅っこで見ているんだな」
ニヤッと笑ってやると、俺は手にした安物のロングソードを両手で握りしめ、一気に闘気のようなものを高めた。
多分、こうすることで
俺は持てる力のすべてを引き出し、知り得る限りの最高の技を繰り出すための構えを取る。
そして――
「――おい! 待て!」
グランツの制止の声を無視して走り出した。
それを受け、待機状態となっていたドラゴンが一気に活性化し始める。
細長い尻尾を鞭のようにしならせ、巨大な翼を大きく羽ばたかせた。
俺は飛んできた暴風に吹っ飛ばされまいと、大地を蹴る足に力を込めた。
刃と化した突風が俺の全身を切り刻もうとする。
そこら中が切り裂かれ、初めて血が舞った。
電気のように走る痛みに色んな意味で愕然としたが、同時にニヤけてしまった。
「そうだよっ。戦闘っていうのはこうでなくっちゃぁなぁ!」
どっかの戦闘馬鹿みたいな台詞が思わず口から飛び出してしまった。
それを耳にしたドラゴンが何を思ったのかわからんが、飛んできた強烈なテイルウィップが俺を叩き潰そうとする。しかし――
「ここまで近寄れば十分射程範囲内だ! お前にこいつを喰らわせてやる! 聖騎士最高技、セレスティアルゼロ!」
そう叫んだ瞬間、俺が手にしたロングソードが燦然と輝き、振り下ろした瞬間、数百、数千の光の粒子が前方の空間を覆い尽くした。
そして次の瞬間、どす黒いデカブツが大爆発に見舞われた。
「やったかっ?」
だが――
パリンッ。
という小気味よい音と共に、俺が手にしたロングソードが木っ端微塵に粉砕されてしまった。
そして、それとほぼ同時に、爆発による白煙が晴れた前方から、鋭い一撃が飛んできて俺の全身を強打していた。
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