第35話 最深部で待ち受けていたもの




 ギミックさえわかってしまえば簡単な仕掛けだった。

 つまり、自分に向かってきた力をすべて跳ね返すのであれば、力がゼロの状態で手を触れればいい。

 そうすれば転移の魔法が自動発動して壁の奥へと入れるというわけだ。


 もっとも、仕掛けは簡単だが、それを実行するのはたやすくない。

 なぜなら、どんな行動にも常に一定方向に向かって運動ベクトルが発生するからだ。

 そして、普通の人間はこれをゼロにして触れることなどまず不可能だろう。


「うむ。神である俺だからこそできた技だな」


 腕組みして一人うんうんと頷いていると、どこか遠い場所から何かの音が聞こえてきた。


「ねぇ。さっきの場所にあのクソむかつく女のカメラが落ちていたってことは、ひょっとして?」

「あぁ、間違いないだろうな。偶然なのかなんなのかわからんが、あの女どももこの奥に入っている可能性が高い」


 顔をしかめているアマリアに俺は頷いて見せた。


「でしたら、先を越されてしまうかもしれませんね。おそらく、この先にこのダンジョンの大ボスというものが存在しているでしょうから」

「だな。何しろ奴らはこの界隈では最強のSランク冒険者らしいからな」


 無表情で言うクリスティーナの懸念はもっともだ。

 このままではお楽しみがなくなってしまう。


「でしたら、早く行きましょう~? ――うっふふ。楽しみだわぁ」


 うっとり顔で自身の頬に手をあてがっているユメル。

 この女が何を期待してこんな顔をしているかなど、想像したくもない。


「――行くぞ」


 俺はそう声をかけ、前方へと続く狭い通路を進んで行った。

 そしてすぐ、目の前には意味深な階段が現れた。


 この通路から先はギルドの手がまったく入っていない未踏領域だったから、当然、真っ暗闇だった。

 俺はアマリアが照らしてくれた魔法の明かりで下方を覗き込む。


 そこに現れたのはまさしく奈落。

 終わりがまったく見えない長い長い階段だった。

 本当に何かあるとしか思えない場所だった。


「おい、アマリア、クリス、ユメル。気を引き締めて行け」


 静かに命じた俺の声に、雰囲気がガラッと変わった三人はそれぞれ短く返事する。

 それを確認した上で、俺たちは確かめるようにして下へと下りて行った。


 ――のだが。


「きゃぁぁぁ~~!」

「くそっ! なんでこんなことになったんだっ」

「お前ら! さっさと逃げろ! ここは俺が囮に――」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよっ。どの道逃げれんわ!」

「せめて、ユーリだけでもっ」


 階段を下りきってだだっ広い円形の空間へと下りた途端、罵声やら悲鳴やらが爆音と共に耳朶を打った。

 そして――


「まさかとは思ったがな……」


 室内を明るく染め上げるほどの真っ赤なブレス攻撃がそこら中を火の海に変えていた。


「あらあら。うっふふ。とても素晴らしい光景ねぇ。美しいわぁ」


 例によってアホなことを口走る変態ユメル。


「ですが……ふふ。リア? あなたのお友達がいましてよ?」


 どこか残虐そうな瞳の色を浮かべて舌なめずりするクリスティーナ。


「ふざけないでよっ。なぁ~んで、あんな劣化コピーみたいなのがあたしの友達なのよっ」


 可愛らしい顔をぷく~っと膨らませながらぶーたれる幼女。


 こいつらが何を言っているのかさっぱりわからんかったが、ともかく、俺たちの目の前にはあれがいた。


「――特Sランク認定のファフニールか」


 ――特S認定ランク。


 それは絶対に少数精鋭で挑戦してはいけないレベルの相手だった。

 いわゆるレイドボスという奴だ。


『ロストアグリエス・オンライン』でのパーティー上限人数は六人と言われていたが、このレイドボスというのはその六人パーティーを複数組み合わせて結成するフルレイドパーティーとやらで戦わなければいけないような超弩級クラスのモンスターだったのだ。


 つまり、今目の前にいるギルド公認記録の『ファフニール種』に属するドラゴンとはそういう難敵だった。


「よくわからんが、あれはフルレイドだから六十四人ぐらいで戦わんと倒せん相手じゃないのか?」

「どうしますか?」


 ぼそっと呟いた俺の一言にクリスティーナが反応するが、どうもこうも、なんか知らんがこの部屋入った瞬間、それまであった階段が跡形もなく消え去ってただの壁になってしまったからな。


「倒すしかあるまいに」


 それに面倒くさいが、目の前でドラゴンにフルボッコ喰らって死にそうになっている連中がいる。助けないわけにはいかないだろう。

 何しろ、俺はこの世界の神様だからな。


「ふふん。だが、待ちに待ったボス戦だ。これまでろくすっぽ己の実力を試すことができなかったからな。存分に暴れさせてもらうぞ」


「お供します、ご主人様」

「ま、まぁ、バルトがどうしてもって言うんなら、力を貸してあげなくもないんだけどね!」

「うふふ。楽しみだわぁ。あの子、どんな顔してくれるのかしらぁ?」


 俺の真横に一列に並んだ女たちをちらっと一瞥し、


「行くぞっ」


 俺は叫び様に突っ込んで行った。



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