第6話 絶対支配の力




 まるで幽霊のような姿となってしまった美しい女性。


「まさか……今のその身体って……」

「えぇ。ご想像通りです。女神様のご厚意で、あなたにお礼を言いに来たんです。そのために仮初めの時間を与えてくださったのです。魂が消滅するまでの猶予を」

「そうか……」

「えぇ」


 死後の世界とか異能力とか、地球がこんな風になる奇跡とかまるで意味がわからなかったが、そんなこともあるのかなと、無理やり納得させた。


 俺が訪れた死後の世界には神はいなかったが、メルリルや目の前の女性が度々口にする『女神』なる人物。多分、そいつが転生とかそういったことに関わっている神なんだろうな。


 彼女は続けた。


「あなたには二度も助けていただきました。一度目は強盗から。二度目は地球滅亡の危機」

「……それが俺の異能力ってわけか」


「はい。あなたが転生するのと同時に、異能力『顕現位相』が自動発動されました。この力は異世界を現実世界へと召喚する能力。おそらく、死の直前にあなたがゲーム機を持っていたからでしょうね。その影響を強く受けて、ゲーム世界が召喚されて、地球が再生されたんです」

「――そういうことか」


 つまり、死の大地と化した地球に俺が召喚した『ロストアグリエス』世界が上書きされて、元通りではないが、地球が死滅するのを防いだということか。


 その結果、元の地球の地形や構造物は古代遺跡みたいな遺物として残り、それ以外はゲーム世界がすべて上書きされる形で顕現された。


 ――いいんだか悪いんだかわからんな。


「だから、重ね重ね、感謝しています」


 そう言って、彼女は消えゆく身体で俺の胸に手をあてがう。豪奢な金の刺繍が施された王者の衣服のようなものを着ていた俺の身体に。


「それから、女神様から預かっているものがあります。受け取ってください」


 そう告げた彼女の身体が突如光り輝き、次の瞬間、俺の右手には王錫のようなものが握られていた。


「これは?」

「それは神であるあなたが支配する、この浮遊大陸アグリエスのキーアイテムです」

「キーアイテム? ……てか、今、なんかおかしなこと言わなかったか? 俺が神とか浮遊大陸とか」

「おかしくなんかありませんよ。あなたはこの世界の神なのです。転生して異能力が発動した瞬間、あなたはこの世界の神となったのです。本来、あのゲーム世界に存在していたはずの至高神に」

「マジか……」


「えぇ。ですので、あなたはこの浮遊大陸にいる限り、誰の支配も受け付けませんし、この大陸内では誰もあなたに反旗を翻すことはできません。そのキーアイテム『絶対支配の神錫』が存在している限り」


 俺は少々混乱した。普通の人間として死に戻り転生したのかと思ったのに、転生と同時に異能力が発動してしまったせいで、とんでもない奴に転生してしまったようだ。

 何しろ、あのゲームにいた神っていうのは――


 だが、それは百歩譲っていいとしてもだ。目の前の女性が言うキーアイテムとやらがまったく理解できない。何しろ、そんなアイテムの存在など、聞いたこともなかったからだ。

 しかし、そのことを問い質そうとしたら、彼女が悲しそうな顔をした。


「――すいません。そろそろ時間切れのようです。本当はもう少し説明しておきたかったのですが、残念です。ですが、いいですか? 絶対支配の力があるからといって、悪行ばかり重ねてはいけませんよ。そんなことをしたら、必ず、不幸に見舞われます」


 彼女はそう言い残して、ゆっくりと消滅して行った。

 その顔にはただ、悲しげな笑顔だけが浮かんでいた。


 俺はなんだか酷くもやっとした気分となってしまった。助けたと思った女性と再会できたのは嬉しかったけど、結局、彼女は二回も不幸な死を迎えてしまった。

 そして、ろくすっぽ別れの挨拶もできずにいきなり消滅してしまうとか。


 まぁ、どんな事情があったにしろ、悪事を働くとそういうことになるということか?

 たとえ、それが復讐だったとしても。


「はぁ……なんか気分がすっきりしないな。結局、彼女はこのあと、どうなっちゃうんだ?」

「私にはわかりません。ですが、人は死ぬと転生処理を施され、必ず転生すると言われています。ですので、彼女もいずれはまた、どこかの世界で生まれ変わるのではないでしょうか」


 それが異世界なのか、それとも地球なのかはわからない、てことか。


「まぁいいや。事情は飲み込めた。それで? これから俺はどうしたらいい?」

「あなた様の望むままに」

「は? 望むままって、どういうこと?」


「あなた様はこの世界の神であらせられます。あなた様が持つ異能力『顕現位相』のお力でこの世界をいかようにも作り替えることができますし、あなた様が持つ『絶対支配の神錫』で、この世界の人間を自由自在に扱うことも可能でございます。彼らを使って、この浮遊大陸アグリエスを地上世界とは比べものにならないような未来型都市へと開拓して行くこともできましょう」


 そう言って、赤髪美女は今一度、俺の足下にかしずいた。


「マイマスター。今一度問います。あなた様のお名前をお聞かせください」

「名前……」


 俺は別人としてこの世界に死に戻り転生を果たしている。自分の見た目がどんな感じになっているのかわからないし、なぜ、赤ん坊の姿ではなく、おそらく十代後半から二十代前半の肉体で生まれ変わったのかもわからんが――


「そうだな。だったら、こう名乗ろうか――グウァイデンバルトと」


 中二病を煩った男の子みたいな名乗りを上げる俺。

 その名前こそ、このゲーム世界で実際に存在していたはずの、神の名前だった。


 ――そう。

 この浮遊大陸アグリエスの支配者にして、下界に暮らす大勢の人間たちが永遠に憧れ崇拝する存在。それが、神グウァイデンバルトだった。



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