第10-2話 いざ、いざ、渡るぞ川を

 領主の館ロフの執務室。

領主ロフ、秘書官テイ、領民学校長マノウ、町長のモム、司書長ワラ、婦人会長チダが集まっている。

そこへ、自衛団団長のヤモが駆け込んでくる。


「ロフ様、成功です。櫓を作り、ロープが渡りました!!」


「よし!」


「凄いです、勇者うどん様がやりました!」ヤモが興奮して話す。


「落ち着いて、計画通り第二段階に進もう。」


「勿論です。」


「まだ、出来るだけ伏せておきますよ、静かに作業を。

24時間体制で櫓の警護と、うどん様が川を渡った事は他言無用。

極秘中の極秘です。一旦館に戻って貰ってアリバイ工作です。

マイエもハチナイ様も。

ハチナイ様には口止めです。いいですか?」


「御衣!」

皆が声を合せて唱和した。


 ヤモが現場の陣頭指揮をする為に勇んで出て行った。



 冒険者ギルドも商人ギルドも賑わっている。

街も活気に溢れている。

今日もダンジョンには多くのパーティが潜っている。


 その同じ街で、関係者しか知らない、極秘架橋作戦は、街にいる多くの人々が気付かないまま、一気に第二段階へと進行している。




 領主館の厨房では、料理長のエダと、普段は朝食担当のシルが豪勢な料理を作っている。

 テイからは、"今日はどえらい祝い事だから、最高の料理を20人分程度作ってくれ"と指示が来た。


 何の祝いか分からないけれど、"最高の料理を!"との注文は、料理長歴20年でも初めてだ。


「今日って来賓客でもあったっけ?」

と手を動かしながらシルが聞くと。


「今日は客の予定は無いぜ、さっき正門も脇門も厳重に閉めるって衛兵隊への指示が聞こえたぜ。」


「来客も無いのに最高のお祝いって、なんだか秘密事っぽくてワクワクするねー。」


「そりゃ、確かにな。後で何のお祝いか聞くのが楽しみだな。」


「食った人の口が滑らかになる料理を、気を入れて作らなくちゃ。」


「ハッハッハ、任せろ任せろ。」

領主館の厨房では、早くもお祝いの準備が楽しげに進んでいる。



 マイエが背負っていた袋から、うどん用の乾いた靴とスボンを取出した、うどんが濡れた靴とスボンを履き替える。

 濡れた靴とスボンを袋に入れると、うどんが背負おうとした。

マイエが慌てて

「私が持ちます!」

と、止める。


二人で袋の紐を片側ずつ持つ感じになった。


「袋に入れたからって、背負ったら背中が濡れるよ、マイエちゃん。」


「良いんです、私が持ちたいんです!」

断固とした決意の表情のマイエ。


「じゃあ、悪いけど。」

うどんが手を話す。


「うどん様、ハチナイ様、お屋敷に帰りましょう。」


 3人は架橋作業をしている職人達に手を振って、分かれた。

職人達も無言の笑顔で振返してくる。

 

 街を領主の館に向かって歩いていると、顔見知りの衛兵が私服で駆け寄ってきた。

大袈裟にすると目立つので、素早くうどんと握手を交わす。

 

小さな声で衛兵が話す。

「勇者うどん様、偉業成功おめでとうございます。まだ大騒ぎ出来ないのが歯痒いですが、近い内にラビナ領を上げての祭りが行われるでしょう。

寄り道せず、そのまま館にお戻り下さい。

普段通りにして下さい。

この偉業の事はくれぐれも内密に。」


ハチナイに向き直って念を押す。


「ハチナイどのも、くれぐれも内密に。」


「勿論じゃ、察しておるよ。」


「では、よろしく。」

と衛兵は走り出したが、すぐに思いとどまったか普段通りに歩き始めた。

衛兵は走れば目立つと思ったのかもしれない。


 3人は歩き出したが、普段通りに、と、念を押されて返って緊張する。

何も会話が出来ぬまま、無言で領主館に向かい、到着した。


 脇門に訪いを入れる前に、脇門が開いた。

顔見知りの門番は、うどんを潤んだ目で見つめる。

今か今かと到着を待っていたのだろう。

3人を門内に入れると、外に顔だけ出して人影を確かめ、閉めた。

 うどんは門番に握手を求められた。

握手するとそのままハグされた。

門番の興奮が伝わってくる。


うどんはされるままにしていた。


建物に向かって歩き出すと、門番が

「あの。」と3人を呼び止める。


立ち止まって振り向いた。


「マイエちゃんの背負ってる袋の中身って、うどん様が川を渡った時の靴?もしかして。」

小さめの声で聞く。


「よくわかりますね?そうです。」

とマイエが答える。


「いや、濡れてたんで、もしかしてと思って。」


「…?」


「欲しいーーー。」と門番。


「あげられません。」

とマイエが答える。

少し鼻高々な感じの言い回しで言った気がする。



 建物に入ると。

マイエがやっと我慢から開放されるといった感じでぴょんぴょん飛び跳ねる。

ハチナイもうどんも腹を抱えて笑う。

目立たぬ様に、喜びを我慢して歩いて来て、やっと我慢から開放された3人だった。


 うどんはマイエとハチナイと分かれて、1人でロフの執務室に向かった。

衛兵がうどんを認めると、室内からの返事も待たずに扉を開けた。衛兵にしては常では無い行動だ。

領主ロフの返答も待たずに扉を開けた事は、今まで一度も無い。


衛兵が

「うどん様のご帰還です」

と、凛とした声を発した。


 室内に居た幹部達がワッと歓声を上げる。

執務室に入ると。左右から握手をせがまれ、背中を叩かれ。

抱きしめられた。喜びの輪の中心にうどんが居た。


 夜、星が瞬いている。風は微風。森を渡ってくる風が気持ち良い。

領主ロフの館では、内々の晩餐会が開かれている。

テイが料理長に"最高の料理を!"と注文しただけあって、どれも手の込んだ美味しい料理がテーブルを彩った。


 晩餐会に出席しているのは、領主ロフ、秘書官テイ、領民学校長マノウ、町長のモム、司書長ワラ、婦人会長チダ、冒険者ギルド長トギ、商人ギルド長フクロら街の幹部とハチナイ、マイエ、そして今日の主役のうどんだ。


「うどん様、会の始めに一言お願いいたします。」

と領主ロフが言う。


 うどんが立ち上がって、皆を見回す。


「皆さんの綿密なご準備のお陰で、スムーズに事が進みました。

実はもっとトラブルが有るのでは無いかと危ぶんでいたのですが、手順通りに進みました。

集められた職人さん達も手際が良かったですし、もっと仕事があるのかと思っていたんですが、2往復、川を渡渉しただけで済みました。

大成功だったのは、皆さんのお陰です。ありがとうございました。」


拍手が起こる。


続いてロフが立ち上がる。

「女神様と勇者フタ様と、我らが勇者うどん様に感謝を、乾杯!」


「乾杯!」

と皆で唱和する。

 

皆、話しながら食事を楽しんだ。


「アクス様とヤモさんは?」

マイエが近くに座るテイに聞いた。

衛兵隊長と自衛団長の二人が居ない。


「申し訳ないが、架橋現場の警戒は24時間体制でやる必要が有るから、そっちに行って貰ってるよ。」


マノウも会話に加わる。

「マイエも知ってる通り、今回の架橋工事は極秘で進んで来た。

他領に知られなければ、その分攻められるリスクは下がる。

今夜も内々の宴だが、これがアクスやヤモ達の警護の仕事を助ける事に繋がっているんだよ。」


「ふむ、警備の任に就いていても暇なのが一番。」

とハチナイが応じる。



「明日、私がやって来た元の世界に戻れるか、探ってみたいのですが。」

うどんが隣のロフに聞く。


「私としては、数日間様子見に屋敷から出ないで欲しいところですが…。

皆はどう思う?」


「工事は始まりましたので、職人達は日中現場で作業しています。

人は通常川を避けて生活してますが、気付く者も居るかもしれません。」

と、マノウ。


「うどん様が川を渡っても渡らなくても、明日は3〜4人の職人が川向うで作業する予定です。」

とワラが言う。


「賊の襲撃を受けたとして、櫓を壊されたり、ロープを切られたりしたら、またうどん様に川を渡って貰わなければ。」

町長のモムが言う。


「うどん様が元の世界に戻ってしまったら?」

チダが言うと。何人かがぶるぶると首を振った。


「私はまだまだお師匠にクナイを習いたい。

ですが、元の世界の妻や子供達も心配です。」


全員がしんみりした空気の時、ハチナイが発言した。

「どうでござろう、日中はわしが架橋作業の警護を致します。

うどん様が川を渡るのを許可して下され。

儂には家族を心配する気持ちが痛いほどよく分かりますでな。」


「ハチナイどのの警護は心強い。それで警護は万全でしょうな。」

とトギが言う。


「うどん様が川を渡るとして、街側から見える範囲に居る間は覆面で顔を隠して貰うのは?

いかがでしょう。」

とテイ。


「顔を隠して、勇者フタ様の再来を隠すか…。

覆面を被る瞬間を見られたら意味がないし。街を覆面のまま歩くのも目立つだろう?」

とマノウ。


「夜明けに前に渡渉して、日が暮れてから戻って貰うなら、正体はバレまい。」

顎に手を添えたトギが言う。


「構いません。

夜明け前に渡渉し、日暮れてから戻ります。

日中街側から見える位置に居る時には覆面も被りましょう。お願いいたします。」


 納得する顔、不満が残る顔、それぞれあるが、うどんの願いを断固拒否する意見は無い。


「では許すとしよう。日暮れて戻ると言って下さった。

うどん様は軽い意味で言われたのかもしれないが、私は戻ると言って下さったうどん様を信じるとしよう。」

ロフが皆の意見を纏めた。

 


 少し重くなった場の空気を変えようと、マイエが発言する。


「今日、お屋敷に戻った時に、門番さんに呼び止められまして、その時私は、背中の袋にうどん様が渡渉する時に履いていらした靴と、ズボンを入れていたんです。」


「あぁー、袋が濡れてたから、門番がピンときたと言ってたね。」

とうどんが応じる。


「靴…。」

フクロが呟く。


「"それはうどん様が川を渡る時に履いてた靴なのか"って、門番さんに言われて、"そうですよ"って答えたんです。

そしたら門番さん。」


「欲しいーー!!」

フクロとマノウとワラが同時に言う。

三人がハモったので、一同が笑った。


「その靴は商人ギルドで買い取りましょう!」


「駄目だよ、領民学校に飾って子供達の教育に使おう。」


「大人も見たいはずですよ、ウチの図書館で展示しましょう!」


「商人ギルドなら金貨5枚で買い取りましょう!」


「あっズルい、領民学校と図書館の足元見たな。」

とワラ。


「うどん様、靴にサインして下さい!」

フクロが懇願する。


「えぇー、もう誰かに売る前提で話してません?」


「記念すべき一足ですよ。歴史に残すべきです。」

とマノウ。


にぎやかに靴欲しい合戦が始まった。



「男って変なものに食いつくんだなぁ。」

苦笑いしながら、しみじみとテイが言う。


「なあ?」

テイがマイエに同意を求める。


「マイエはちょっと分かる気がします。」

背中が濡れると分かってても背負ったマイエは、そう言って微笑んだ。




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