第10-1話 いざ、いざ、渡るぞ川を

 初ダンジョン体験の翌日、うどん、ハチナイ、マイエは草原にクナイ修行に出て来た。

空は雲に覆われていて、太陽は見えない。


「昨日のダンジョンでの戦闘を踏まえて、今日は動く標的を狙ってみようか。」

ハチナイが草原で何かを探しながら言う。


「何を狙うんですか?」

とマイエ。


「ヒップリーをな。この草原なら居そうじゃろ?」


「ハチナイ様、ヒップリーなら左手の奥に巣があると思います。」

とのマイエの言で3人は左手側に移動する。


「ヒップリーって?」

うどんが聞く。


「地面に巣穴を掘って生活してる、小型の魔物です。」

 そう聞いたうどんは、プレーリードッグを思い浮かべた。

プレーリードッグなら可愛い動物だが、クナイで狙うとなると標的としては小さいし、早そうだ。


 マイエの記憶は正しく、確かに巣穴がある。

そして、近づく前から3匹のヒップリーが巣穴から体を出している。


(見た感じ、まんまプレーリードッグだな。

巣穴の感じも同じだ。地下で巣穴が繋がってるんだろうな。

ただプレーリードッグよりこっちのが太いね。

カピバラに近いかも。)


 3人が近づくと、ヒップリーは巣穴に隠れてしまった。


「ではうどん様、やる事は単純、ヒップリーをクナイで仕留めれば良い。」


「分かりました。」

(モグラ叩きみたいだなぁww)


「うどん様の立ち位置は、点在する巣穴の中央じゃよ。」


「はい。」

うどんが幾つもある巣穴の、中央かと思える場所に移動する。


「うどん様、ヒップリーは魔力で小石を飛ばして来ます。」

とマイエが教えてくれる。


「そうなの?分かった。」

 クナイを構える。

首を振ってヒップリーが出てくるのを探す。

右側で巣穴から出たので、体を向けるとクナイを放つ前にもう隠れた。

さらに右側で出た。

また右側に体を向けると、やはりクナイを放つ前に隠れた。

難しい。

動きは早くない気がするが、ヒップリーは音を立てないので、聴覚には頼れない。


 ビシッ「痛い!」

お尻に衝撃を感じた。

小石をぶつけられた。

反射的に後ろを振り向いたが、もう居ない。


ビシッ「イタっ。」またお尻に小石をくらった。

また反射的に振り向く、が、もう居ない。

左側で頭を出そうとしたので、クナイを投げたが、クナイが届く前に頭を引っ込めた。

その瞬間に

ビシッ「痛い!」とお尻に小石をぶつけられた。


「ちょっとタンマタンマ。」

巣穴の外にうどんは逃げだした。


 ハチナイとマイエが笑いを堪えている。


「こうなるの、知ってたな!」


「はいww」

マイエがとうとう声を出して笑いだす。


「ラビナ領の学校では、これを授業でやるんですよ。

盾か防御魔法で小石を防ぐ授業です。」


「守るだけの授業と、クナイを当てる修行のうどん様は、格段に当てる方が難しいじゃろうが…。」

ニヤリとハチナイが笑う。


「ダンジョンは前の魔物だけに集中出来るが、ダンジョン以外の戦闘では全方位を注意する必要が有るぞい。」


「これ、学校の生徒皆防げるの?」


「得意不得意はありますから、全員は出来ないかなぁ?1割位…。」


「1割って聞くとホッとするなぁ。」


「1割位の人が出来ないですね。」


「うそ、9割が出来るの?マジか…。」

ガックリと気落ちするうどん。


「マイエちゃんは当然出来る人?」


「はい、出来てました。」

とニッコリ笑う。


「あぁー、でもでも、巣穴に2匹のヒップリーが居る場合ですよ。

今3匹巣穴に居ますし。」


「マイエちゃん、お手本お願いします!」

と顔の前で両手を合わせるうどん。


「えぇ~、仕方無いなー。」

 マイエが巣穴の中央に移動しながら、


「ヒップリーは見られると小石を飛ばしません。

いかに早くヒップリーを見るかです。

小石を飛ばしてきたら防御魔法で防ぎます。」


 中央に移動したマイエは防御魔法を出した。

「いざ!」


 マイエはゆっくり右に回りだす。

うどんの様に激しくキョロキョロしない。

マイエの後ろでヒップリーが出た。

クルリと反転しヒップリーを見ると、ヒップリーは引っ込んだ。

マイエはもう周り始めている。

そして後ろにヒップリー、またすっと見るマイエ。

右に回るマイエの左側でヒップリーが出たが、マイエはゆっくり回転を止めずに首を回すだけでヒップリーを見る、また引っ込むヒップリー。


「おぉーー、凄いマイエちゃん!」

「ハイww」


 それから3回続けてヒップリーは小石を飛ばせなかった。

が、次は同時に2匹出た。

1匹のヒップリーは見た。

もう1匹は見るのが遅れた、のでマイエに初めて小石を飛ばしてきた、防御魔法で防ぐ、間に合った。

カン、と魔法の盾に小石が当たって落ちた。


 しかし、3匹目は既に後ろで出ていて、そいつも小石を飛ばした。


ビシッ「イヤン!」

当たるまで後ろのヒップリーに気付かなかった様だ。

 反射的に振り向くマイエ、また後ろで出るヒップリー、

ビシッ「ヒャア!」

また反射的に振り向く。

ビシッ「あぁん!」


 マイエは真っ赤になって、

「イヤァーン!」

と言いながら巣穴の外に走って出た。


 うどんとハチナイはマイエの姿が愛らしくて、可笑しくて、堪らず爆笑していた。



 領主館ロフの執務室。

ロフとテイが向かい合っている。


「マイエから報告がありました。ダンジョンでのうどん様ですが、ハチナイどのの助力はあったものの、コボルトを2体倒したそうです。」


「それは凄いね。」


「それで、急ぎ司書長のワラに調べさせましたが、川向うにて遭遇する可能性のある魔物ですが。」


「ふむ。」

椅子に身を沈めるロフ。


「書物に残ってる記載を集めると、Dランク迄が大半だそうです。」


「では条件がほぼ整ったかな?」

「はい。」


「では、うどん様に指示を出そうか。いざ、いざ、川向うへ。」



 ハチナイは毎日領主館にやって来る。

 うどんへの修行は領主様からの依頼として、公式な契約を結ぶ形になっている。

だからハチナイは毎日領主館を訪れる。


 ハチナイにも領主館に住まないかと打診をしたのだが、

「楽しい酒を呑むのが唯一の楽しみで。」

とテイは断られている。

街の雑多な居酒屋が、気を使わず楽しいとの事だ。


 その日、ハチナイが領主館を訪れるのを待っていたうどんとマイエの二人は、


「お師匠どの、ご同行願えますか。」

と街に向けて歩き出した。


「今日はクナイの修行は無しで、お付き合い下さい。」

とマイエがハチナイに神妙な顔で言う。


 うどんの顔が少し強張っているので、"何が始まるのか?"と不思議な気持ちで二人に従うハチナイだ。



 街を過ぎ、川へ向かう。

土手を登り、河原へ降りるとロープや木材が用意されていた。


流石のハチナイも、魔魚に襲われる可能性の有る河原へは普段近付かない。

だからスワンの街を流れる川には初めて来た。


「何をする気じゃ?」


「お師匠どの、私が、川を渡るのです。」

顔が強張っているが、静かな声音でうどんが答える。


「ヤメるんじゃ…。うどん様。お主。」


「ハチナイ様、此処でマイエと奇跡を目撃して下さいませ。」


「いや、ダメじゃ、みすみすうどん様を死なせる訳にはいかぬ!」

ハチナイが声を絞り出す。


「私は死ぬ気はありません。」

うどんがハチナイを見る。


「まだまだ、お師匠からクナイを学びたいのです。」


「教える、お主はまだ伸びる。だから死なせたくない。」


マイエがハチナイの二の腕を優しく掴む。

「信じて下さい。うどん様の奇跡を。座りましょう。」


 うどんは5mはあろうかという3本の長い木材を肩に持ち、川に向かって歩き出した。

木材にはロープが繋がっている。

同じロープの別の末端が、地面に打ち込まれた杭に結び付けられている。


 うどんの足がいよいよ川に近付くと、ハチナイは思わず目を逸らした。

魔魚が体を無数に貫く光景を、過去に何度か目にした事がある。

自殺したければ、これほど確実な方法は無い。


「うどん様は、死ぬ為にハチナイ様にクナイを習ったのではありません。」

寄り添うマイエが静かに言う言葉を不思議な心持ちでハチナイは聞いている。


 耳には、静かな水音が聞こえてくる。

何もかもを貫き通す禍々しい魔魚の水音がしない。

ハチナイは逸らした目をうどんに向けた。


 木材を担ぎ、慎重に歩みを進めるうどんがいる。

死なずに、膝ほどの深さの川を歩いている。


「どういう事じゃ…。」


「勇者フタ様の再来です。うどん様はニューランドからお越しになった勇者様です。」



 対岸に近くなると、木材に繋がったロープが水流に引かれて重くなる。

うどんは木材を立てに持ち、ロープが水に接するのを減らしながら進む。

連日修行してきた体は、3本5mの木材とロープの重さを支え、ゆっくり対岸へ進む。摺り足で歩きながら、慎重に慎重に。


 川を渡り切ると、木材を地面に立てた。

誇らしげな顔でうどんが振り向く。


 土手上から一人、河原に走り下りてくる。


うどんを守る為にハチナイがクナイを身構えた。マイエがそれを遮る。

「ケイのお兄ちゃんのヤスです。」


 ヤスはハチナイに黙礼した。

こちらの岸の、杭に繋がったロープを外し、うどんに合図する。

うどんは木材を再度持ち上げ、土手を登る。

ヤスがうどんの動きに合せてロープを繰り出す、川にロープが付かない様に適度な繰り出しを行った。


 木材3本を交錯させて土手に簡易の櫓を立てた。

背中の袋から、うどんは何本かの追加のロープを取出し、櫓の上部に掛ける。

そして櫓から何本ものロープを後方に引き、自然に植わっている川岸の木の根本に結びつけていく。


 ロープ待ってヤスも土手に上がり、街側に予め設置されていた頑丈な櫓にロープを固定する。


 うどんが悠然と川を渡って戻って来た。


「お主という奴は。勇者かよ!!」


「ただのうどんです。お師匠どの。」

言い置いて、うどんが土手を上がっていく。


 今しがた設置したばかりのロープに、鉄の輪っかを既にセットしてある。

その鉄の輪にロープを3本通して、うどんがそのロープの端を持った。

鉄の輪っかは移動金具とし機能する。


 うどんが ロープの端を持ったまま、土手を下りてきた。

「もう一度行ってきますね。」


 今度の渡渉は軽そうだ。

うどんの持ったロープは、櫓と櫓に渡されたロープから下がっている。

3本のロープは鉄の輪を支点に空中に浮いていて、川に触れていないので水に流されて重さが増す事は無い。


 うどんは難なく対岸に渡り、3本のロープを櫓を介して立木に結んだ。

その内の1本は倍以上の長さで余裕を持たせてある。

こちらの岸へ引いたり、あちらの岸へ引いたりと、両岸の運搬の便利を考えてある。


また新たな男が現れた、小柄で身軽そうな男が、袋を背負い、街側の櫓から、ロープを伝い中空を、川の上を渡ろうとしている。


 ハチナイは唖然として見ている。


「あれは、勇者どのではないよな?」


「はい、スワンの街の者です。」


「魔魚は来んのかの?」


「古い文献によると、あの位川から高さが有れば、魔魚は人が渡っていると気が付かないそうです。」

するすると、男がロープを伝って渡る。


 男がうどんと合流すると、笑顔でガッチリ握手した。

男は背負った袋から、工具や道具を取出し、簡易の櫓を強固な櫓に作り替えるべく、準備を始めた。

土手上に人が増え。頑丈そうな木材をロープで吊るして、対岸へ渡していく。

静かに、だが、粛々と、過去にスワンの街が発展した頃の姿を取り戻そうと、作業が進んでいく。


 いつの間にか、マイエとハチナイの傍らにうどんが座っていた。


「私の役目は一先ず終わりました。後は職人さん達が作業を進めます。」


「もしかして、橋が架かるのか?」


「はい。」


「もしかして、伝説のミスリル鉱石が手に入るのか?」


「はい。お師匠にミスリルのクナイをお作りせねばなりませんね。」


「ミスリルのクナイなど、相手が生きておったらミスリルを持って逃げるわ。」


「ハチナイ様が急所を外すとは思えませんわ。」

マイエが朗らかに言う。


 3人は抱き合って静かに喜んだ。








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