第9話 ヤスの出張旅費は清算できません
自衛団のヤスは、団長のヤモの息子で、ケイの兄である。
現在25歳。
褐色の肌、長身、細身の体付き。
猫の様なしなやかな身のこなしと、バネの様な瞬発力を持つこの若者は、スワンの同世代では1番の剣士だ。
そして、うどんの影の護衛部隊の部隊長である。
衛兵隊と自衛団の中から、優秀な人材が影の護衛部隊に選抜されている。
部隊員は総勢9名。
衛兵隊士でなく、自衛団所属であるのに、隊長に任命されているだけでも、ヤスの優秀さが分かる。
ここのところ、影の護衛部隊の出動は無くなっている。
ハチナイという名の、素性の分からない浪人が、領主ロフに信頼されて、うどんと同行する様になって数日経つ。
影の護衛を続けていたが、ハチナイに不審な行動は皆無だったので、ロフにそう報告すると、街の幹部会でうどん護衛に関して変更が採択された。
「うどん様がハチナイどのと同行されている場合、影の護衛は不要。」
との事だ。
衛兵隊も、自衛団も人員不足なので、この採択は正直ヤスも助かった。
ただ、うどんの影の護衛任務が無い寂しさも感じているヤスだ。
(最近マイエはどうしているのか?)
妹のケイの親友なので、小さな頃からマイエの事は知っているが、ヤスにとって、マイエはただの妹の友達でしかなかった。
しかし、うどんを護衛すると、世話係のマイエも自然護衛対象に入る。
最近のマイエが、急に綺麗になった気がしている。
うどんに対するマイエの恋心は、ヤスにも伝わってくる。
うどんは、マイエに対して妹か娘の様な感じで接している。
男なら、あれだけの美少女に恋い慕われて、欲望が理性を越えて表に出て来そうだが、うどんにその感じはない。
ヤスは、影の護衛が密かな楽しみになっていった。
ヤスはマイエに恋心を抱いている。
うどんとマイエの二人の関係は、マイエに恋するヤスが見ていても、嫉妬らしい嫉妬が起きにくい。
うどんが大人だからだろうか。
そういううどんを、ヤスは尊敬している。
人として、うどんは信じられる人物だと思っているヤスだ。
領主ロフの執務室。
「他領がナカタ様の事をどこまで掴んでいて、今後、何か仕掛けて来る可能性が有るのか無いのか。
ヤスに調査を頼みたい。」
ロフに依頼されたのは、影の護衛が不要になったからだろう。
「分かりました。」
「ヤス達が前に退けた冒険者は、ロース商会に繋がっていたと言ってましたね。
そのロース商会から、他領に情報が流れていないか?
気になっていたが、人員不足で調べる事が出来ていなかった。
ヤスには、ロース商会とその先が有るのか無いのか、調べて欲しい。」
ロース商会は、スワンの2つ隣の街、ミツモに本拠がある。大きな商会だ。
以前、うどんとマイエを攫おうとした冒険者6人を、ヤス達が捉えた事がある。
その冒険者達は、ロース商会との関わりが深かった。
「かしこまりました。」
「ヤスの人選で、2人連れて行って構わない。
トギには、Cランクで偽名の冒険者登録をする様に伝えておくから。」
「分かりました。
準備が出来次第出立します。」
執務室を後にするヤス。
誰とチームを組むか考えている。
セイショ国ラビナ領ミツモ。
ハク川沿いを上流に移動すると、カセの街、ついでスワンの街がある。
ラビナ領の領主ロフは、スワンを出て領内を廻る事は少ない。
ラビナ領内は、衛兵隊の治安維持下の元、街毎の自由自治が認められていてるので、そういう意味においても、領主のロフは寛大な領主とも言えた。
ミツモは北をハク川、西は海に面している。
海にはシーサーペントやクラーケンが生息していて非常に危険だ。
魔道士カラに呪われた川も危険だが、シーサーペントやクラーケンに襲われる海も大変危険なので、船を利用した交易等は不可能だ。
そんなミツモの街は、大半が平野部で、農耕が主産業だ。
平野部だからか、危険な魔物が出る事は少なく、ダンジョンも無い。
だからミツモを訪れる冒険者も少ない。
ミツモには冒険者には金を稼ぐ手段が無い。
ミツモは平和な街である。
ロース商会は、農産物の流通を商売の柱にしている。
平野部の馬車輸送が可能な街を繋ぎ、各街に農産物を輸送するのだ。
馬車輸送の護衛に、冒険者を多く使うが、ロース商会に雇用されている冒険者達は少しおっとりしている。
魔物を求めてダンジョンに潜る冒険者達は、自分の肉体や技や魔法を鍛える。
ロース商会の雇われ冒険者は、そういう魔物討伐や戦闘から一線を引いた者達だ。
ただ一人、ロース商会警護部長カサイを除いては。
半月が出ている夜、ミツモの街のとある酒場。
照明を落とし気味の店内。
布の面積の少ない、揃いの衣服をまとった踊り子7人が、酒場のステージで音楽に合わせて踊っている。
軽快なリズムの音楽にあわせて踊る姿は、美しくも妖しくもある。
肢体をくねらせ、女性の曲線を際立たせる振り付けもある。
ハツラツと踊る曲では、年配の客が元気を貰えると生き生きしている。
踊り子達に釘付けで、ステージを見ている多くの男女。
曲の合間に拍手や歓声が上がる。
踊り子も、観客も楽しげだ。
最前列で、3日続けて通っている若い男が2人。
その内の一人はヤスだ。
楽しげに押しの娘の名を叫んでいる。かなりの陶酔ぶりだ。
「キョーちゃーーん!」
「リリちゃーーん!」
一度、控え部屋に下がった娘達が、もっと布の面積の少ない衣服で、壺を体の前に持ってステージに再登場した。
この店恒例の、投げ銭の時間である。
ステージと客席の間には仕切りがある。
ステージの娘達は少し遠い間合いなのだが、客が押しの娘の壺に向かって、銅貨や銀貨を投げ入れる、壺に入ったお金は娘達がそのまま貰えるので、客も踊り子も楽しい遊びだ。
壺の大きさは、踊り子の胴より少し小さく作ってある。
客達は、少し手前に銅貨や銀貨を放る。
壺に銭を入れようと、踊り子達が客に寄って行く。
投げ銭が止むと、肌を間近で見られたくない踊り子達は元の場所に戻るので、効果的に銭を放るタイミングを客達なりにはかる。
床に落ちた銀貨を拾う踊り子の、胸の谷間を眩いものを見るように視線が固まる男。
放られた銭を入れようと、壺を左右に振ったりして、体の前を隠せなくなってる踊り子。
ヤスは押しの娘の布が少なめな姿を間近に見て、興奮し過ぎて鼻血を吹いた。
幸せな気分で意識が遠のく。
興奮したお客達の足元に横たわり、踏み付けられても、ヤスの顔はニヤけていた。
ケイとマイエがカフェで話している。
二人の前には紅茶がある。
「その調査には誰が行ってるの?」
「お兄ちゃんと、お兄ちゃんの2コ上のシンと、お兄ちゃんの同期のマリちゃん。」
「ロース商会って、確か女性の当主だっけ?」
「そうそう、若いけどやり手だって評判の、代々の輸送事業で資産家だからね。
でも当代になって始めた、踊り子をステージで踊らせる酒場が大繁盛してるって噂よ。」
「踊り子がステージで踊る?」
「布の面積が少ない衣装で、卑猥な踊りも踊るとか・・・・。
女を食い物にしてる商売を、若い女性当主が考え出すっていうのも皮肉よね。」
ケイはため息混じりに言う。
「お兄ちゃん、ロース商会の調査、大丈夫かな・・・。」
ケイが頬杖を着く。
「ヤス君だもの、大丈夫じゃない。
マリちゃんも同行してるなら。」
「マリちゃんはね、良いんだけど・・・、シン君がなぁー。」
「あぁ、シン君に悪い遊びを教わらなきゃ良いねぇ。」
傷だらけ泥まみれのヤスに肩を貸して、シンが酒場を出るべく扉を開けた。
酒場の外に、鬼の形相のマリが仁王立ちで、腕を組んで立っていた。
「あたしにロース商会を調査させといて、あんたらは酒場で女相手に楽しくお遊びかっ!!
あぁ!!」
「ヒエっ、マリ。」
ヤスは幸せそうに、汚れた鼻血顔でニヤけて気を失っている。
客達に踏み付けにされているのを、やっと苦労して引きずり出したシンだった。
「なんだこのニヤけたヤスは?」
「いや、その、なんだろうね。」
「外までワーワーキャーキャー女の黄色い声がする店で、鼻血出してるこのザマで、言い訳できるのか?あぁ!」
「マリちゃん、許して、ヤスがどうーーーしても行きたいって言うから、
俺仕方なくヤスにお供しただけだから。
ほんとに。」
「ゆるさーーん!」
マリが棍棒でシンとヤスを思い切り殴った。
シンもヤスも顔面が凹むほど棍棒で殴られた。
後日、領主の館、ロフの執務室。
自衛団長のヤモがロフに報告している。
「ロース商会については、ナカタ様の件では目立った動きは無いようです。
ナカタ様の噂が本当なら、攫ってミツモの街に架橋させる企みはあったそうですが、我々のナカタ様隠しが効果的だったようです。」
「うどん様を攫おうとした冒険者は?」
「情報を欲しがったロース商会が、誰でも良いからロフ様の屋敷に出入りしている人物から情報を仕入れようとしただけで、うどん様=ナカタ様の積もりで襲った事では無いらしいです。」
「ただ、もし、ナカタ様が見つかれば、どんな手を使ってでもミツモに連れてくるように、カサイに司令を出してあるそうなので、油断は出来ませんが。」
「カサイはスワンの街に詳しいし、知人も多いですよね。
ヤモさん、今後も用心が必要ですね。」
「はい、そう思います。」
「急な依頼でしたが、ヤスはいい調査をしてくれましたね。
労っていたと伝えて下さい。」
「ありがとうございます。ロフ様。
失礼いたします。」
こめかみに汗を浮かべるヤモだった。
数刻前、ヤモが領主館に向かう前の自衛団屯所。
散々にマリに痛めつけられたヤスとシンは、
マリに正座させられて、ヤモの前でミツモの街での調査結果を報告した。
ロース商会への調査はマリが一人で行い、2人は踊り子の酒場で3日続けて遊んでいたとの事だった。
それを聞いて、ヤモは思った。
(用事を見つけて、ミツモの街に出掛けてみようかな。なるほど、踊り子の酒場ね。むふふ。)
そんなヤモを見て、ギロリとヤモを睨むマリだった。
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