第11-1話 竹藪の落とし穴を探すうどん
うどんは今、ニューランドに来ている。
スワンの街の川を挟んだ対岸である。
一人なので、用心にと持ってきた装備が重い。
食料に、水、治癒ポーション、体力回復ポーション、背負い袋、革の防具、革の脛当て、革の手甲。非力だから、防具は全て革製だ。
クナイ、短剣、棍棒、長剣、小さな鉄の盾。長剣と鉄の盾が凄く重い。長剣と鉄の盾で合わせて15kg位ありそうだ。長剣も盾も重いので背負っている。
背負っていたら魔物が出てもすぐに手に取れないが、重過ぎて長時間手に持てないから仕方ない。
さっきから、長剣はどこかにデポしようかと思っている。
用心にと持ってきたのは自分だけど、疲労とともに持ち運ぶ気力が萎えていく。
夜明け前に川を渡渉して、河原で夜明けを待った。
明るくなって行動を開始して、自分がこの異世界で倒れていた辺りを重点的に、念入りに、痕跡を、元の世界との繋がりを探したが、何も見つけられないまま太陽が高い位置に昇った。
今は、河原の土手の反対側に居て、街から見えないので覆面を外している。
持ってきた食料を食べる。
パンと干し肉と野菜。
味気ない。美味しくない。
「落とし穴だった場所、無いなぁ。
竹藪、
異世界への通路
どこに有るんだよ。」
独り言を言ってみる。
背中の長剣と盾を外して、背負い袋も外して、寝転んだ。
異世界に来て約一ヶ月。
だんだん、妻と子ども達の顔がボヤケ始めている。
声は鮮明に耳に蘇るのだけれど。
多分、元の世界との繋がりは、このまま探しても何も見つからない。
それはなぜだか確信に近い。
半日も探して、毛ほども手掛かりを感じないのだ。
これから日暮れを待つ時間がとても長く感じる。
だけど、放心したままではいられない。
いつ魔物が出てくるか分からない。
気を引き締めなければ。
立ち上がって周囲を見回す。胸辺りの高さまである草が、平地のまま奥の林の手前まで続いている。
この地形なら大きな魔物ならすぐに見つけれそうだ。
小型の魔物なら何とかなるかな・・・。
ロフ様の言うように、数日は屋敷にいれば良かったのかもしれない。
吊り橋が掛かった後、パーティーを組んでこちらに来れば、こんなに心細い思いはしなくて良かった。
元の世界に戻りたくて渡渉して探しにきたのに、手掛かりが何もなくて、諦めモードになった途端にマイエの顔が浮かんだ。
この世界で、かなりの長時間マイエがそばに居てくれた。
随分支えられてたんだなぁと思う。
「ありがとうね、マイエちゃん。」
一人だから、敢えて声に出して言ってみたら、自分でもびっくりするぐらい実感が籠もっていた。
「感謝です。」
スワンの街側の土手、マイエとハチナイが頭だけ出して対岸を見つめている。
架橋作業は此処から歩いて10分程の川上で行われている。
作業の模様は、小さく見えている。
今は、うどんが立てた簡易の櫓の隣に、木組の頑丈な土台を作る作業が進行している。
川の対岸では3人の人影が作業している模様だ。
作業に使う木材等の材料が、両岸に渡されたロープを利用して、こちらの岸から向こう岸へ運搬されている様子も見える。
「うどん様が土手の向こうに行かれて、姿が見えなくなって、ずいぶん時間が経ちませんか?
何かあったんじゃ・・・。」
マイエは心配そうだ。
「お昼の時間じゃし、飯を食うて昼寝でもしているんじゃないかえ。」
実は、ハチナイも心配しているのだが、二人して心配すると不安が倍増するので、落ち着かせる積もりでそう言う。
「ハチナイ様じゃないんだから、昼寝なんて出来ませんよ!」
マイエが怒った。
「すまん。」
「マイエどの、わしは警護に戻る。何かあったら、知らせておくれ。」
マイエが目に涙を溜めてハチナイに頷く。
ハチナイは作業現場に警護に戻った。
マイエは、先程ハチナイと交わした会話を思い出している。
「ハチナイ様、向こう岸にはどんな魔物が住んでるんでしょうか?」
「分からんの、図書館で調べれば記述が残っているかと思うが。」
「うどん様って、お一人だとどの位の魔物を防げるんでしょうか。」
「う~ん、魔物が1体で出てくれば、Eランクは問題無いと思うが、複数同時に出るとEランクでも厳しいかもじゃな。
ヒップリーみたいにな。背後を取られる。」
「ヒッ!」
という会話がさっきから何度も何度も思い出される。
マイエは首に下げた涙型翡翠を両手で包み、女神に祈った。
「どうか、どうか、うどん様をお守り下さい。」
ガサガサと、草の中を移動する物音がする。
うどんは、もし手強い魔物なら、土手を登って河原に走る積りでいる。
河原には、魔物も降りてこないと聞いているから。
魔物に対しても魔魚が襲うらしい。
なので、この河原に近い位置から離れられないうどんだ。
(やっぱり長剣は邪魔だなぁ。)
背負い袋を背負い、盾を前に突き出した。長剣は地面に置いている。
クナイを構える。
現れた魔物はスライムだった。
ぷるんとツヤツヤしていて、敵対心は感じられない、が、急に体当りしてくると聞いている。
「良かった、スライムか。」
ホッとするうどんだ。クナイを棍棒に持ち替え、周りを見回す。
他に物音はしない、一体だけのようだ。
スライムはつぶらな瞳でうどんを見つめて動かない。
敵意は感じないが、何を考えているかはさっぱり読み取れない。
ビュンと体当りしてきた。
うどんは盾で防いだ。
ポムっという軽い感触が盾越しに伝わってきた。
棍棒を振りかぶったが、振り下ろす事を躊躇った。
レベルを上げたくてここに居るのではないし。
河原に逃げれば自分の身は安全だ。
「スライムって食べれないよね・・・。」
食料にならないなら、倒す意味が見つけられないうどんだ。
経験値の為に殺す気になれない。
「危険もないしね。」
後退りして距離を取る。
スライムは追ってこない。
「じゃあな。」
土手を下流側に移動してみる。
スライムから離れたところで、長剣を忘れた事に気付いた。
「しまった。まあ、いいや、後で回収するか、弁償するかしよう。」
土手下を歩いていると、左足が穴を踏み空いた。左足が膝上まで地面に嵌る。
危険を感じて周りを見回すと、右側にモグラの魔物が目をギラつかせている。
距離を一気に詰めて鋭い爪で攻撃してきた。
盾で防いで、持っていた棍棒で叩く。
うどんの棍棒が胴体を打った。
ダメージは与えたらしいが、モグラの魔物はまだ元気だ。
向かってくる気配なので、短剣に持ち替えるか悩む。
と、物音がしたので見ると、モグラの魔物が新たに2体現れた。
「やばっ。」
慌てて左足を穴から抜いて、土手を駆け上がる。
3体が飛びかかって来たけど、盾と棍棒を振ってかろうじて防いだ。
「わ、わ。」
土手を駆け下りて、河原に着くと、後ろを振り向く。
モグラの魔物は追ってこない。
「ふ~~。びっくりしたー。」
「あ、覆面覆面。」
と覆面を被るうどんであった。
対岸の下流側で、うどんが河原に駆け下りてきた。
見ていると、四肢は全部ちゃんと動いているようだ。
安堵がこぼれ出る。
マイエの心の中で、何かがブワッと溢れた感じがあった。
「何だろうこれ。」
架橋作業の警護に就いているハチナイは、悶々としていた。
作業が襲われる気配は今のところ全然無い。
情報を伏せているこのやり方が、とても上手くいってるのだと思う。
ちゃんと調べて準備して事に当たっている、スワンの街の領主を含めた幹部達は良い政をしている。
「失敗したのう。」
架橋作業は、対岸に3人の職人が渡っている。
対岸に渡る職人達は、身軽な者が選ばれているようで、ロープを手で掴み、膝の裏や踵をロープに掛けて、器用に渡って行った。
この為に、人目を忍んで練習していたという。
もちろん、自衛団の主導だ。
川を渡る、その考えはハチナイの中でまったく浮かばなかった。
昨日、職人が川をロープで渡ったのを目撃したのに、だ。
「歳取ると、頭も硬くなるのう。」
なぜ、昨日の晩餐会で、自分もうどんと共に川を渡ると言わなかったのか。
職人の真似をして、ロープで対岸に渡れば、うどんと行動を共に出来たのだ。
そうすれば、これほどうどんを案じて悶々とする事も無かったし、マイエがうどんを心配する事も無かったろう。
「まだまだじゃな、わしも。」
と、ハチナイは嘆息した。
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