第6-2話 美人の師匠と最強&最弱の弟子と

 翌朝、冒険者ギルドが賑わっていた。

ひっきりなしに人の出入りがある。

建物の外にも、珍しくクエストが大きく掲示されている。

 多くの街人も、その掲示板の前に集まって内容を読んでいる。

 

 掲示板に書かれている内容は。

 

 1、コボルト捜索(登録不要)見つけてギルドに連絡した者に一体につき銀貨5枚

 

 2、コボルト討伐(登録不要)コボルトを討伐した者に一体につき銀貨50枚。

ただし、Dランク以下の者は戦ってはならない。

 

 3、新ダンジョン捜索(登録必要)新ダンジョンを見つけてギルドに連絡した最初の者に金貨5枚。

ただし、捜索者名簿に登録した者だけが報酬を受け取れる。


 と書いてある。

 昨夜トギが苦心して考え出したアイデアで、初めての試みだ。

 

 これまで、冒険者ギルドのクエストは、冒険者ギルドに加入している者なら登録不要だった。

例えば、たまたま森で出会った魔物を倒して、倒した証拠を持っていた場合、その魔物に対する討伐依頼が冒険者ギルドにクエストとして出ていれば、証拠を提出して報酬が貰えた。


 狙って倒しても、

たまたま倒しても、どちらも報酬が貰えるシステムだ。

 

 今回の新ダンジョン捜索クエストは、予め登録した冒険者にのみ報酬を支払う事にした。

 そうする事で、新ダンジョン探しをする冒険者にギルドを訪れる必要性を促し、高ランク冒険者を把握しようという試みだ。

 

 高ランク冒険者の登録があれば、すかさず受付嬢がコボルト討伐も念を押して依頼する。

 必要があれば色仕掛けも使え、とトギから指示してある。


 

 と云うわけで、冒険者がどんどん冒険者ギルド内の4つのカウンターを訪れ、新ダンジョン捜索者名簿に登録していく。

 勢いよくギルドの建物を出て行く冒険者パーティが殆どだ。

 トギは、ソアラが受け付けしているカウンターに強そうなパーティを見つけた。

 ラビナ領で名を馳せた冒険者パーティならば、ほぼ顔がわかるトギだが、このパーティの顔には記憶がない。

 名簿に記入しているランクを確認し、ソアラがトギに目配せする。


「ギルドマスターのトギだ。

あまりスワンで見ないパーティだな、だが強そうだ。」

 

 戦士と、魔法使い、僧侶が30歳前後の男で、顔つきが冒険者として自信に満ちている。

 年齢的にも油がのっている時期だろう。

 そして、このパーティのリーダーらしいのが女拳士姿の30代半ば位に見える美女だ。


「このパーティのリーダー、サクラです。

たまたま隣町に来てましてね。

新ダンジョン誕生の時に近くに居るとは、幸運です。」


「二人がランクB、二人がランクCだな。

心強い。

是非ともコボルト討伐も念頭に置いて行動して欲しい。

ギルドとしても、スワンの街としてもコボルト討伐は急ぐのだ。」


「外の掲示板に書いてましたね。」


「実は昨日、ダンジョン誕生の地震後に、領主様の館の近くにコボルトの群れが17体出てな。

3体に逃げられたのだ。」


「17体も!

そんなに一度に出てくるとは、聞いた事もない。」


 サクラが青ざめながら言う。

 

 コボルト自体はCクラスモンスターだが、群れて17体も出て来ると、4人のパーティでは到底迎え撃てない。


「新ダンジョンから出て来たと考えておられるのですか?」


 サクラのパーティの魔法使いがトギに聞いた。


「それはまだ分かっていない。新ダンジョンが見つかっていないしな。

だが、その可能性は誰もが考えているだろう。」


 トギは、サクラの腰に装備している革袋に目を留めた。

似た革袋を最近見た気がする。

はて、どこだったか…。


「サクラ、その腰の革袋、それに似た革袋を最近見た気がするのだ。」


 サクラは腰の革袋を前に回し、

「これですか?」

と聞いた。


「そうだ。」


「これにはクナイを入れてます。」


 気軽にクナイを取り出して見せるのへ、トギは目を剥いた。


「クナイ入れか、ハチナイどのも同じのを持っていた。

思い出した。」


「ハチナイがスワンに来てるのですか?

久しぶりだ、それは是非会いたい。」


「サクラの知り合いか?」


と戦士が口を挟んだ。


「お前達とパーティを組む前の友人だよ。

あれは10年前かなぁ。」


 サクラがトギに向いて聞く。


「ハチナイは元気にしてるんでしょうか?」


 トギの頭に疑問が浮かんだ。


(呼び捨て?

俺でも流石にあの御仁を呼び捨てにはできんぞ。

サクラはランクB、コボルトを倒すのは可能だろうが、3体を一人で倒せるとは到底思えん。

パーティとしてなら3体討伐は可能だろうが…。

もしかして同名の別人か?)


「失礼だがサクラ、その、ハチナイの風体を教えてくれるか。」


「はい、ハチナイはお爺ちゃんです。

細くて小さい。

私のクナイの弟子です。」


「えーーー!!」


 ソアラもトギも大声を上げて驚いた。


 ケイとハチナイが並んで街を歩いている。

二人は領主館に向かっている。


「ハチナイさん、新ダンジョン捜索クエスト、

やらなくていいんですか?」


「おケイちゃん、儂は冒険者は隠退したよ。」


「だって、ダンジョンを見つけたら金貨5枚よ。銀貨なら500枚!」

 

 銅貨100枚と銀貨一枚が同じ額。銀貨100枚と金貨一枚が同じ額だ。


「そう云えば、テイどのがな、昨日のコボルト討伐の11体。

1体を銀貨50枚の報奨金を払うと言うておられたぞ。」


「すごっ、じゃあ銀貨550枚じゃん。」


「しばらくは宿賃には困らんな。テイどのはいつ払ってくれるかのう。」


「それはすぐだと思うけど、ハチナイさんが泊まってる宿屋は、一泊銀貨2枚だよね。

確かに宿賃は余裕ね。」

 

 二人は領主館に到着した。

今日は正門が閉じているので、訪いを告げて脇門から入れて貰う。

 

 前庭を歩きながら、


「なんかピリッとしてたなぁ。」

とケイが言う。


 門の警備に付いている衛兵隊に、いつものにこやかさが無い。


「うどん様が大怪我されて、衛兵隊が厳重注意されたかの。

昨日のは仕方無いと思うが。」


「あぁー、テイさんが爆発したかもね。」


 テイの様子を想像したケイがしたり顔をした。


 

 うどんの部屋を訪れると、うどんがベッドに起き上がって食事の最中だった。

マイエが介助をしている。

 

 うどんは怪我した左腕が痛むので、器を持てない様子だ。

 マイエがうどんの胸の前にスープの器を持っていて、うどんが動く右手でスプーンで掬っている。


「起きてるじゃん、良かったー。」


「うどん様、だいぶ回復された様ですな。良かった。」


「ハチナイさんは命の恩人です。

ありがとうございます。

話しはマイエちゃんから聞きました。」

 

 ケイとハチナイがベッド脇に来て、うどんの様子をしげしげと見る。


「傷が痛みますか?」


とハチナイが聞く。


「ポーションと回復魔法のお陰で、すっかり癒えた筈なんです。

今朝目覚めた時には、しっかり高位ポーションも飲みましたし。」


 うどんの話しぶりに体力の衰えが感じられる。


「体は癒えましたが、脳が回復を受入れてないのかもしれません。

あんな大怪我、一晩で治る筈無い、と。」


「うどん様、出血が多かったのじゃ、体内の血の量が回復するのにも時間は必要じゃろう。

気長に養生すれば、痛みは必ず消えますよ。のう?」

 

 最後の"のう?"をケイとマイエに目配せしながらハチナイは話しを締めた。

ケイとマイエもうんうんと頷く。


「焦らず直そう!」

 

 ケイが元気に言うから、その場が明るくなった。


「ハチナイさん、私にクナイを教えていただけませんか?」

 

 ハチナイは、クナイを腰の革袋から一本取り出してうどんに見せた。


「クナイという武器は、相性が悪いと中々上達が望めん武器でしてな。」

 

 ハチナイがうどんを見つめると、うどんの目の奥に強い決意を感じとった。

 はじめは断る積もりで取り出したクナイだが、


「まあ、もしクナイとの相性が悪ければ、短剣術なりとお教えしましょうかな。」


「ありがとうございます!」

 

 うどんより先にマイエがお礼を言ってしまっていた。


 さっき二人きりの時に、"ハチナイさんにクナイを習いたいな"とうどんが決意を込めて言っていたからだろう。


「あっ。」


 バツが悪かったのか、マイエの顔が赤くなる。


「マイエがお礼言うなよ、お礼言うならうどん様だろ。」


ケイがおちゃらけて言う。


「師匠、早く体を治します。

治ったら稽古をお願いいたします。」


 うどんがハチナイに頭を下げる。

と、マイエも合せて頭を下げる。

それを見て、ケイもハチナイに頭を下げた。


「マイエちゃんとおケイちゃんも頭を下げておるが、弟子はうどん様しかとらんぞよ。」


 ハチナイがおどけて言うので、ケイも軽く言い返した。


「いいじゃーん、3人で手を繋いて歩いた仲じゃーん。」


「だめじゃだめじゃ。

弟子は一人で手一杯じゃ。

それにおケイちゃんは魔法職じゃろ?」


「えー、弟子にしてよー。

なあマイエ。」


「私は頭は下げたけど、私のお弟子入りをお願いしたくて頭を下げたんじゃなくて…、分かるでしょ!」


「じゃあさ、この4人でパーティ組もうよー。」

と今度は話しが飛躍するケイだ。

 

 明るい4人の笑い声がうどんの部屋を満たした。


 

 ケイとハチナイが領主の館を後にすると、多くの冒険者パーティを見掛けた。

 

 地図を見ながら話し合っているパーティ。土地勘があるパーティは先導者がずんずん進んで行く。

 早朝に新ダンジョン捜索に出て、一旦街に戻って来たらしいパーティも有る。

 

 普段は冒険者ではないスワンに住む住民も、新ダンジョン捜索に出て行く者が多い。

 

 いつもなら、10歳位の年齢になると友達と連れ立ってワイワイと探しに行くのも珍しくない。

が、今回のクエストは捜索者名簿への登録が必要なので、子供達の姿は見かけない。

 コボルトの件があるので、街の外に出るのを躊躇う気持ちもある筈だが、"日中なら大丈夫かも。

"コボルトを見たら脱兎のごとく逃げるのみ"などと思っているのかもしれない。

 コボルトを見つけても報奨金が出るのだから。

 

 多くの人がスワンの周辺をウロウロして、頻繁に人の姿を見掛けると、コボルトが出るかもしれない森に居ても、街が近ければ怖さは薄れる。

 

 皆生き生きと目が輝いている。

 新しいダンジョンを見つけさえすれば、戦わずに、高額の報酬を手に出来る。

 戦闘力の弱い人にとって大金を掴むチャンスだ。


「ハチナイさん、冒険者ギルドに行っていい?」


「ん?おケイちゃんは冒険者にはならんのじゃろ?」


 ハチナイが疑問を口にする。


「冒険者ギルドには一応登録してるの、領民学校を卒業する時に。

クエストはたまーに、薬草採取とかやってるのよ。

アルバイト。」


「ははーん、新ダンジョン捜索クエストに名簿登録したいのじゃな?」


「お師匠様、可愛い弟子の頼みです。

新ダンジョン捜索に同行して下さい!」


「おケイちゃんを弟子にはしとらんぞ、うどん様だけじゃ。」


「分かってるって。

じゃあ、弟子は諦めるからダンジョン探しに同行して。」


「仕方無いのう。」


ハチナイはしぶしぶ了承した。

 

 二人が冒険者ギルドに着くと、掲示板の前の人だかりもまだ多い。


「ハチナイ!!」


 突然ハチナイが後ろから女性に抱きしめられた。


「久しぶりだ!ハチナイ。」


抱きしめたのはサクラだった。


「生きてたかじじい!」


サクラは涙目になっている。


「お師匠どの。」


 そう言ってハチナイは驚き顔でサクラを見つめる。


「10年ぶりかの。」

ハチナイの顔に懐かしさが込み上げる。


「誰?誰?」


ケイが驚いてサクラを指差す。


「わしのクナイのお師匠どのじゃ。」


 抱きしめられたまま、ハチナイがケイに向かって言う。

 

 二人の姿を見て、"おほー"という顔をしているトギと目が合ったケイだった。






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