第6-1話 美人の師匠と最強&最弱の弟子と

 ハチナイが領主ロフの執務室を辞して、食堂に向かうと、ケイとマイエが待っていた。


「ハチナイさん、救けてくれてありがとうございました。

カッコ良かったよ〜。」

とケイ。


「ハチナイ様のお陰で、私もうどん様も命が助かりました。

本当にありがとうございました。」


 マイエは、ケイとは対象的にしんみりとお礼の言葉を言う。


「じゃあ、私うどん様の部屋に行きますね。」


「マイエ、うどん様は大丈夫だから、

元気出して。」


 ケイに言われて力なく微笑むマイエ。


「宿に戻る前に、うどん様の見舞いに行きますでな。

マイエどの。」


「はい、ハチナイ様。」


 マイエは食堂を出て行った。



「マイエはハチナイ様にお礼を言わなきゃって、ここで待ってたの。」


「そうか…。

うどん様の事、心配じゃろうに、儂に気遣いしてくれたか。」


「夕飯持ってくるね。沢山食べて!」


 ケイが厨房に駆け出していく。

 

 大盆に幾つもの料理を載せて、ケイが運んで来た。


「さあ、食べて。あたしの分も持って来る。」


 と言って厨房に戻る。

ケイが料理を持ってテーブルに戻ると、二人並んで料理を食べ始めた。


 酒も用意してある。

ハチナイはグラスに酒精を注ぎ、無言で飲む。


 ケイは食べながら、

「マイエは夕飯食べてないの、食欲無いって。」


「そうか。」


 ハチナイはソーセージを齧った。

パリッと音がして、口中にソーセージの肉汁が広がる。


「美味いな。」


 ハチナイが小声でしんみりと言う。


「おケイちゃん、もっと味わって食いなされ。」


「えっ?何?」


 無心に食べるケイ。

腹が空いてもハチナイを待っていたのだろう。

食欲が爆発している。

 

 しばらく食べ進むと、落ち着いたのか、食べながらケイが話し始めた。


「私、攻撃魔法の詠唱に時間が掛かって、魔法を撃てなかったの。」


「そうか」


「もっと練度を上げないと、実践では使えないのね。

ちょっとは自信あったのに。」


「戦闘では前衛が居て時間を稼がねば、魔法は撃てんさ。」


「うん。

今日実感した。

学校で習ったのにね。」


「よほど高位の魔法使いは別じゃがな。」


「もっと強くなりたい。」


「ケイちゃんは冒険者志望かの?」


「ううん、冒険者になる気は無い。

でもお父さんが自衛団の団長してる。

だから自衛団に入れるレベルになりたいの。」


 ハチナイが笑顔を浮かべる。


「親父殿を追いかけるか、

ヤモ殿の喜ぶ顔が浮かぶな。」


「足を引っ張る団員は要らねーって言われちゃうからね。」


「可愛い娘を危険な目に合わせたくはないからの。」


「そうね、ハチナイ様をお屋敷に連れてきてなかったら、

私もマイエも今日死んでたかもね。

私達、強運の持ち主だわ。」


「きっとこちらの衛兵隊が、直ぐに駆け付けてたさ。

死んどらんよ、きっと。」


「そうかな。」


「まあ、今日のところは、しっかり食うて、たっぷり寝ようぞ。

心気を切り替えることも、強くなる近道じゃ。」


「そうね、ありがとう。

じゃあもっと食べる!」


 その後もしばらくハチナイとケイの食事の音が食堂内で続いた。


 

 その頃、領主ロフの執務室へ、テイが入室していく。


「自衛団と冒険者ギルドへの連絡を済ませました。」


 テイが執務机に座るロフの前で立ち止まると、そう報告した。


「ご苦労。

街ではコボルトが暴れたりしていないか?」


「何処かに身を潜めたか、巣に帰ったか、静かなものでした。」


「地震の被害はどう?テイの目で見て。」


「各所からの報告通り、軽微で済んだと思います。

私が見た範囲では。」


 ロフがホッとした表情になる。


「コボルトの騒ぎが無ければ、新ダンジョン誕生で浮かれていられたのだが。」


「自衛団が街の要所に見張りを配置しています。

衛兵隊からも自衛団に応援を出してますし。

今夜は問題無いかと思いますが。」


「人員が足らないだろう?」


「長期化すると、自衛団も衛兵隊も疲弊しそうですね。

うどん様の影護衛にも人員を要しますし。」


「うどん様が屋敷に居る時は、影護衛は付けてないんだったな。」


 ロフが机に肘をつき、顔の前で掌を合わせる。


「はい、お屋敷に居る時は影護衛は不要と判断しています。

お屋敷の結界は正常に機能しています。」


「うどん様が屋敷の門から外に出てしまったから、今日の件は仕方ない。

衛兵隊に強く当たるなよ。」


「いえ、衛兵隊長アクス殿にはガツンと雷を落とさせて頂きます。

現場への到着が、ハチナイ様より遅かった衛兵隊が5人も!

まったく。」


 闘志を溜めた目でテイが言う。

 

 ふう、と、ロフが溜め息をつく。


「加減をしろよ、

アレも落ち込むと長い。」


「御衣。」


「コボルトの件、長期化は避けたい。

早く3体を討つ手筈を。

といっても、自衛団も衛兵隊も人員不足。

冒険者に頼るしかないか…。

ギルド長のトギのやる気を上げといてくれ。」


「そちらはお任せを。

新ダンジョン捜索クエストで、冒険者が大勢他領から流入してきます。

強そうなパーティにコボルト討伐依頼を出させますので。」


「うむ。」


「ハチナイ様の印象はいかがでした?」


 ロフが目を閉じて話す。


「信頼できる御仁だと思う。

ただ、あれだけの実力があるのに、世に知られてないのが気に掛かる。」


「C級魔物のコボルトを11体、あっという間に無効化出来る実力。

衛兵隊にも自衛団にも、ラビナ領全ての冒険者を見渡しても、同等の戦闘力の者はいない気がします。」


「うん。

何処から来たのか?

何処に住んでいたのか。」


 テイが何かに気付いた様にピクンと小さく身を震わせる。


「剣聖クラスって事は無いですか?」


「S+(プラス)クラス冒険者か。

もう30年も不在なのではなかったか?」


「さすがに剣聖は無いか〜。」


 テイがポリポリと右のコメカミを掻く。


「ではロフ様、もう一度冒険者ギルドに行って参ります。」

キリッとしてテイが話す。


「よろしく頼むよ、テイ。」


「しかし、アクスは全然姿が見えませんが、いったい何処に隠れているのやら、

ロフ様知りませんか?」


「コボルト探しに出ているのではないか?」


「まったく、衛兵隊の隊長が逃げ回ってるって、どういう事よ。」


 ブツブツとテイが独り言を言いながら、廊下に向かう。


 

 うどんの部屋のドアを静かにノックするケイ、ハチナイも一緒だ。

 中からマイエがドアを細めに開けた。

 薄暗い室内に、回復魔法を施す僧侶らしい中年の男と、頬がコけた印象のうどんがベッドに横たわる。

 ケイとハチナイは静かに部屋に入った。

 うどんの寝顔を扉の近くに佇んで遠目に見る。


「どう?マイエ。」


「皆さんの回復魔法のお陰で、安定しているわ。」


 回復魔法を使える者が、30分毎に交代し、うどんに回復魔法を施している。


「もう、峠は越したと思いますよ。

明日には目覚められると思います。」


 回復魔法を施しながら、僧侶らしき中年の男は3人に向けて静かに話す。


「マイエは、今夜はうどん様に付き添うの?」


 ケイが聞くと、マイエはコクリと頷いた。


「マイエどの、無理はするまいぞ。

術師どのの言われる通り、明日には目覚められよう。」


「はい。」


 静かに扉を開けて、3人は廊下に出る。


「私達帰るね。」


 マイエはコクリと頷く。


「マイエ、ちゃんと食事を食べなさいよ、マイエまでゲッソリしてたら、うどん様が起きた時に哀しむでしょう。」


「分かった。」


「ではな、マイエどの。」


「ハチナイ様、ありがとうございました。」


 廊下を進むケイとハチナイを、見えなくなるまでマイエは見送った。


 

 深夜、冒険者ギルドの建物、ギルド長の部屋では、ギルド長のトギが書類を書いている。

 

 勝手に扉を開けて、衛兵隊隊長のアクスが入って来た。

トギが言う。


「アクスか。」


 バツが悪そうにアクスが話す。


「テイが来たか?」


「来たさ、怒ってたぞ。何度もお前の事を罵ってた。」

と笑う。


「やれやれ、お小言はたくさんだ。

それよりトギ、ほっぺにチューの跡が付いてるぞ。」


「うそっ!」


 あわててハンカチで左右どちらも頬を拭う。


 アクスがニッと笑い。


「トギどの、貴方が頼りなの、早くコボルトをなんとかしてね、スリスリ。

ってか?」


「うるせぇ!

頼りになるからスリスリして貰えんだろ。」


「俺からも頼む、明日の内にコボルト討伐終わらせてくれ。

テイの雷が怖い。」


 トギがアクスの様子をマジマジと見る。

あちこち服が汚れているので、外で行動をしていたのが分かる。


「その様子だと、コボルト探しは空振りか?」


「ああ、コボルト出現場所を中心にウロウロしてみた、こっちが見つけれなくても、夜目の効くコボルトが俺等を見つけて襲い掛かってくれば返り討ちにしようと思ったんだが、出て来ねぇ。」


 トギが感心した声で言う。


「夜にコボルトを討伐ってか、そんな危ない行動、アクスもかなり追い詰められてるな。

本当にコボルトが出て来たら無傷じゃ済まんぞ。」


「うどん様が大怪我したからな。

背に腹は代えられない。」


 アクスが溜め息をつく。


「明日集まってくる冒険者パーティの高ランク者には、念を押して依頼するよ。

ダンジョン探しながら、コボルトも見つけてくれって。」


「コボルト捜索に比重をおいて頼む。」


「分かってる分かってる。

テイ女史にも頼まれたし。」


 デレッと表情を崩して、トギはテイとの行為を思い出している。

アクスは扉を出ながら、

「頼んだぞ。」

と立ち止まる。


 トギは天井を見ながら、シッシッと手を振る。


 









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