第5-2話 マイエの危機、うどんの勇気

 領主館の正門へ向かって走ってくる街人の一団の後ろに、コボルトの群れが襲い掛かろうとしている。


 門番の二人は異変にいち早く気付き、剣を振って街人を守ろうとするが、コボルトの数が多く、門番二人では防ぎきれていない。

 近くの衛兵隊も数人が駆け寄る。

 炊き出しを食べていた冒険者の数人も、器を置いて駆けつけるが、それでもコボルトの人数が多い。

 

 あちこちで一対一の戦いが繰り広げられるが、数で上回るコボルトが、逃げる武器を持たない街人に襲い掛かろうとして、マイエとケイが立ち塞がった。

 マイエが防御魔法を使い盾になる。

 ケイが攻撃魔法の詠唱を始める。


「屋敷に逃げ込んで!」


街人にマイエが叫ぶ。

 

 マイエの防御魔法は小さく、コボルトが魔法の盾を回り込んでマイエに剣を振り下ろした。


 ケイは攻撃魔法の詠唱を中断し、コボルトに体当りしてマイエを寸前で守った。

 体当たりされたコボルトはよろめいたが、ギロリとケイを睨む。


 攻撃魔法の詠唱は中断したので最初からになる。

 

 無防備なケイにコボルトが斬りつけるのを、マイエの魔法の盾が防ぐ。


 コボルトは今度は水平にマイエに斬りつけた。

 ケイを守った魔法の盾を、自分の前に持って来るのが間に合わないと悟り、マイエは大きく目を見開いた。


(斬られる!)


 恐怖に目を閉じると、誰かが自分に覆いかぶさったのをマイエは感じた。

 ザクリと斬撃の音。


「ぐっ。」


 マイエは誰かに密着して守られていて、周りが見えない。

 くぐもった声で悲鳴を堪えているが、この落ち着く体臭はうどんに違いない。


(私を守って斬られた。)


 もう一度斬撃の音。


 うどんの背中辺りから音がした。


「ぐぁぁっ。」


 うどんが斬撃の痛みに耐えている。

 それでもマイエを守る腕の力は変わりない。

 

 幾つかのトスっという音の直後にコボルト達の悲鳴が上がった。


「ハチナイさん!」


 ケイが喜びの声で叫ぶ。


 ドサリドサリとコボルト達が倒れる音がする。


 ハチナイが三本のクナイを同時に投げ、3体のコボルトの頭部にクナイが刺さる。

 刺さる時、トスっと音がして、コボルトが断末魔の悲鳴を上げる。


「うどん様!うどん様!」


 マイエが力の抜けたうどんを抱き締め、泣きながらうどんの名を呼ぶ。


「ポーションを!!」


 ケイが

「持って来る!」

と屋敷に駆け戻る。

 

 マイエがうどんに回復魔法を施しているが、止血もままならない。


(私の回復魔法じゃ、弱くて効果があんまり無い…。

 ケイ、お願い、早くポーション持って来て。)


 

 コボルトとの戦闘はハチナイが駆け付けた事で終わった。

 鮮やかに11体のコボルトを倒している。

 コボルトの頭部にクナイが突き立っているのは、ハチナイが倒した証だろう。

 それ以外の倒れたコボルトが3体。

 逃げたコボルトが3体あったという。


 都合17体のコボルトの群れに襲われた訳だ。

 

 街人や門番、衛兵隊、冒険者は皆軽傷で済んだ。

 

 マイエを庇ったうどんだけが重症で。

 一撃目を左腕の二の腕と手首の下側で防ぎ、二撃目を背中に斬りつけられていた。

 

 うどんは急いで門番達に屋敷に運びこまれ、ポーションも用意された。

 左腕と背中の外傷はポーションで塞がったが、出血が多過ぎた。

 意識が有ればポーションを飲む事が出来るのだろうが、意識不明のうどんにポーションを嚥下させるのが難しく、必要な量のポーションを体内に取り込めていない。

 回復には時間が掛かりそうだった。

 

 今は居室に寝かされており、回復魔法を使える者が交代で魔法を行使しながら付き添っている。


 

 領主ロフの執務室で、ロフとテイ、ハチナイが卓を囲んでいる。


「ハチナイ様、民衆を救って頂き、感謝にたえません。

ありがとうございます。」


 と、秘書官のテイが頭を下げる。


「私からもお礼を申します。」


 続いて、領主ロフが頭を下げる。


「ハチナイどの、うどん様を救って頂いた事、重ねてお礼を申します。」


 再度、領主ロフが頭を下げる。

それに合せてテイも頭を下げる。


「うどん様の容態はいかがでござろうか?」


「意識は未だありませんが、呼吸は落ち着いてきたと、先程報告がありました。」


「良かった、それならば命は助かりそうですな。」


 ハチナイが安堵の声を出す。


「ロフ様、先程のコボルトの群れの襲撃ですが、総数17体との事でした。」


「コボルトが17体も、多いな…。

近年では聞いた事もない数だ。

テイ、どう思う?」


「地震との関連は分かりません。

新しいダンジョンの捜索クエストは明日から開始ですし…。

 ただ、もしこの近くにダンジョンの入り口が開いたとすれば、コボルトの発生源はダンジョンだと思われます。」


「うむ。」


「ハチナイ様が、11体のコボルトを討伐して下さいました。

 他にも3体、門番・衛兵隊と居合わせた冒険者が討伐しております。

 そして、3体のコボルトが何処かに逃げたとの報告でした。」


「コボルトが街に、街の近くに潜んでいるとなるとかなりの恐怖だな。

 自衛団に通達を至急出そう。

 冒険者ギルドにもコボルト討伐クエストを出してくれ。」


「畏まりました。」


「テイ、ハチナイどのにも、冒険者ギルドのクエストと同様の報奨金をお渡ししておくれ。」


「畏まりました。」


「ハチナイどの、報奨金とは別に、私からもお礼がしたいのですが、

何かご希望はありますか?」


「いえいえ、お気遣いなく、領主様からお礼をいただくなど、何も思い浮かびませんし。」


「では、お礼の件は私も思案しておきますね。」


ロフがにっこり笑う。


「ところで、ハチナイどのはクナイなる武器を自在に操ると聞きましたが。」


「はい。ロフ様。

投げて使います。

ご覧になりますか?」


「出来れば、後学の為に是非。」


 ハチナイが腰袋から一本のクナイを取り出し、テーブルに置いた。

 

 黒光りする奇妙な形の武器が、ロフとテイの視線を集める。


「触ってもよろしいですか?ハチナイどの」


「構いませんが、まだ洗っておらぬ故、コボルトの血が付いておりますぞ。」


「そうですか、では触らぬ事と致しましょう。

毒もお使いになる?」


「クナイ使いに毒は付きものと一般には申しますが、儂は毒を好みませんでな、儂は使いません。」


「ハチナイ様、先程私もコボルトの骸を確認に見ましたが、頭部の傷は比較的浅く思いました。

 しかし、コボルトはクナイを受けて即死したと、見た者の証言にあります。

 毒で無ければ、どう考えれば宜しいので?」


 テイがメガネの奥からじっと視線をハチナイに送る。


「テイ殿、コボルトの苦手な属性をご存知ですかな?」


「苦手な属性?

何でしょう?

分かりません。」


「いや、実は儂も分からんのじゃが…、

なんとのう水の属性が効果有りそうな直感があったで、水の属性をクナイに纏わせて放ったら当りだった、という事でしてな。」


「何と!」テイが驚く。


「ハチナイどのはクナイに水属性を付与して使用出来ると申されますか!

そんな事が可能なのですか?」


「はあ、まあ。」


「使える属性は、何種類?」


「ええっと」


 ハチナイは人差し指でポリポリと頬を掻く。


(本当は全部の属性を使えるのだが、ここはハッキリ言わないでおこうか。)


「ええっと、水と風の2つで…。」


 テイが興奮して。


「瞬時に使い分けると、その2つの属性の効果的な方を選択して付与して…。

 マジですか。物理攻撃と魔法攻撃をセットで放てるって論理ですよねそれって。

マジヤバいですね。

あなた。」


「テイ、言葉遣い…。」


 ロフに注意されると、前のめりな姿勢からテイが背筋を伸ばした。


「失礼しました。」


「テイ、下がって自衛団と冒険者ギルドに連絡を。」


「畏まりました。

ハチナイ様、ありがとうございました。」


 キリッとした顔に戻って、テイが立ち上がり執務室から出て行く。



「うどん様と食堂でお会いになったとか。

どうお思いですか?

うどん様の事。」


 ロフが表情を消して、ハチナイに問い掛ける。


「ロフ様の縁戚と伺いました。

貴族様にしては素直で純なお育ちにお見受け致しました。

 弱い自分が情けないとの心情を吐露されておられましたで。」


「そうですか…。」


「ですが。」


「ですが?」


 と言いながら、ロフはハチナイに背を向け窓を見た。


「好感の持てるお方です。

弱さとは筋力の弱さ。

 マイエ殿を躊躇なく庇った胆力は、間違いなく一流の武人の胆力。

 あれは鍛えようにも、なかなか方法がござらんと思いまする。

 筋力は鍛えれますがな。」


 ロフは目を閉じて聞いていた。


「ありがとう、とても嬉しい意見です。

 ハチナイ殿が良ければ、しばらくうどん様と行動を共にして下さい。」


「畏まりました。

元より暇な余生を過ごしている爺ですので、特に何の予定もござらん。」


「騒動に紛れてお夕飯がまだでしょう?

食堂でお食べになって下さい。

 厨房に言えば、大概の料理は作れますので、ご希望の料理を食して下さい。」


 ロフが振り返り微笑んで言う。


「ありがとうございます。

失礼致します。」


と二人が視線を合わせた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る