第5-1話 マイエの危機、うどんの勇気

※作者注 : 作中、地震の記述があ

りますが、この章を書いた

のは2023年の11月です。

能登半島地震にて被災さ

れた方に、心よりお見舞

い申し上げます。




晴れた空のもと、爽やかな風が時おり吹く気持ち良い陽気だ。

 道端に群れて咲く白い小さな花の周りに、蝶や蜜蜂が飛んでいる。

 

 マイエは、領主の屋敷に出向く前に、河川敷へ来てみた。

 マイエにとっては日課であり、いつもの行動だ。

 

 河川敷の斜面下に座ると、いつもの様に涙型翡翠のペンダントを両手で包み、女神に祈りを捧げる。

 

 陽の光から隠すように包む掌の中で、ペンダントが仄かに光る。

 その優しい光を見ると、いつもマイエは癒やされる。

 マイエは、この河川敷の癒やしの時間をとても大切に思っている。

 翡翠の光に癒やされて、その癒やしに感謝する事で、さらに女神への祈りが熱心さを帯びてくる。

 家族の健康、スワンの平和に感謝しつつ、河川敷でひと時の時間を過ごすのだ。

 その様な理由で、誰も近寄らない河川敷へマイエは毎日やってくる。


 

 先日、うどんが現れた日も、こうして河川敷に居た時だった。

 いつもなら仄かに光る翡翠が、その時は驚く程強い光を放ち始めたので、眩しさと怖さで心を奪われていた。

 時間にして10分程だったろうか。

 翡翠の光が消えると、いつの間にか対岸にうどんが横たわっていた。


 

 祈りを終えて、うどんが現れたた日の事を思い出していると、ケイがマイエを探しに来た。


「居た居た、マイエー、テイさんからお使いが来たよ。

一緒にお屋敷に行こうぜ。」


「テイ様から?

うん、分かった。」

 

 お屋敷に向かう道中で、ケイはハチナイという名の老人の事を詳しく話した。


 クナイと呼ばれる飛び道具を投げて武器としている事。

その腕前が百発百中な事。

優しい笑顔で人懐こく笑う事。

周囲がパッと明るくなる事。

そんな事を話しながら二人で歩いていると、東の方角から地鳴りが伝わってきた。


 その後すぐさま地震。

二人は立っていられず、地面にしゃがんで両手を付いた。


 揺れが収まるのを待つ。短い時間だったが、強く揺れた。

 しかし街並みは地震前と変わらない。

建物から外に人が出てくる。


「おばちゃん、怪我はない?家の被害は?」


「食器が何枚か落ちて割れたけど、ひどい被害は無いよ。

また揺れたらと思って一応外に出てきたけどねぇ。」


 ケイは何人かに被害の模様を聞いている。

 家具が倒れたりした家も有るのだが、被害は大きく無さそうだ。


「おじちゃん、これって例のあれかな?」


 別の家から出てきた男にマイエが聞く。


「あぁ、マイエの言うとおり、多分あれだな。」


 あれ、というのは新たなダンジョンが出現する時に起る地震の事だ。

 

 スワンの郊外にあるダンジョンは冒険者によって2度攻略された。

となれば、新たなダンジョンに切り替わる条件は整っている。

 

 地殻変動が起き、攻略されたダンジョンは潰れ、何処かで新たなダンジョンが生まれたのだろう。


 となれば、冒険者ギルドでは新たなクエスト

「新ダンジョン捜索」

が全ランクを対象に高額報酬で出される。

 低ランクの冒険者も参加出来るクエストなので、街全体が沸き立つ感じになる。

 そして、新ダンジョンが見つかると、冒険者達の多くが新ダンジョンに我先にと突入して行く。

 なぜなら、新ダンジョンは、魔物を倒した後に獲得出来るアイテムや素材に珍しい物が出やすい、レア度が高いのだ。

 宝箱も更新されている。

 "新ダンジョンは金になる"のが定説だ。

 

 他領からも冒険者達がスワンに集まってくる事だろう。


 

「マイエ、一旦家に顔出して、私達の無事を知らせたら、直ぐに領主様のお屋敷に急ぐよ。」


「分かった。」


二人は足取りを早めた。


 途中二人は、ハチナイと行き合わせ、声を掛ける。


「ハチナイさん!」


「おぉ、おケイちゃん。無事そうだの。

お友達と一緒か。」


「マイエと申します。ケイの幼馴染みです。」


「そうかそうか。

儂はハチナイじゃ。」


「ハチナイさんが泊まってる宿は被害は?」


「部屋と食堂の棚が倒れてな、割れた器等が散乱しておる、

宿の者が片付けておる間、外に出されたのじゃ。」


 と、聞くと、ケイとマイエは思案し、頷きあった。


「私達、領主様のお屋敷に向かってるんですけど、

ハチナイさんも一緒に行きませんか?」


「これから宿の人が部屋や食堂を片付けると、お食事は夜遅くなるのでは?

我が領主様は、この様な天災の時は、広く領内の者に夜食や炊き出しを提供されます。」


「きっと今日は炊き出しをお作りになりますよ、マイエとお手伝いに向かってるんです。」


 ハチナイが驚きの目を見開き、感嘆の声を上げる。


「なんとお優しい領主様か!

街の衆の穏やかさには感じ入っておったが、それは領主様の治世が素晴らしい故だったか。」


 そう言うハチナイ。


 自分達が大好きな領主様が褒められたみたいで、二人はとても嬉しくなった。

 

 二人はハチナイの両脇へ周り、ケイが右手を、マイエが左手を繋ぎ、


「行きましょう。」

と促した。

 

 ハチナイは邪気のない笑みを浮かべ、繋いだ手を嬉しそうに交互に見ながら揃って歩き出した。


 ハチナイの背は、マイエやケイの肩辺りまでしか無い。

 この小柄な老人の手から繰り出されるクナイの威力を、二人は後に見る事になる。


「ハチナイさん、私達と手を繋げて嬉しい?」


「ハチナイさん、なんかかわいい。」


 左右からの声にニコニコ歩くハチナイだった。


 

 ハチナイ、マイエ、ケイが領主館の既に開放されていた門を入る。

 手入れされた前庭を過ぎ、館の廊下を進み、食堂に到着する間、領主館には地震の形跡が無い事にハチナイは感心していた。


「凄いでしょ、領主様のお屋敷はバッチリ地震対策してあるの。」


 と、ケイがハチナイの表情を汲み取って言う。

 

 食堂のテーブルには、一人うどんが着座していた。

 うどんが立ち上がり、話しかけてくる。


「地震大きかったけど、大丈夫だった?

マイエちゃんケイちゃん。」


「私達も、多分街の皆さんも大丈夫です。」


「棚が倒れたり、食器が割れたりって被害はあちこち出てるけど、建物はどの家も大丈夫そうよ。

来る途中街の様子に注意しながらきたんだ。」


マイエとケイが答える。


「こちらはハチナイさん。

すっごく強いお爺ちゃん。」


 ケイがハチナイをうどんに紹介する。


「こちらはうどん様、領主様の縁戚で、

最近スワンの街にお越しになったの。」


「うどんです。

居候の私が言うのも何ですが、こちらに座ってゆるりとされて下さい。」


「ハチナイと申す。

お見知りおきを。

有り難く座らさせて頂きます。」


 ハチナイがうどんの近くに腰を下ろす。


「コーヒーでもお持ちしますね。」


「私達厨房で炊き出しの手伝いするから、

二人で世間話でもしてて。」


と話すと、マイエとケイは奥の厨房へ移動した。



「ハチナイ様は、剣士か何かですか?

ケイちゃんがお強いと話してましたが。」


「様は付けないで下され、ただの田舎から出てきた爺いでございますよ。

うどん様。」


「私にも様は付けないで下さい。

そんな柄では無いのです。」


うどんは恐縮して言う。


「しかし、領主様の縁戚でござろう?

うどん様。」


「うっ…。」


「何か理由が有りそうでごさるな。」


 ハチナイがうどんをじっと見つめたのは、ほんの短い時間であった。


「儂は元剣士で、元冒険者でもございまして、

まぁ、今は静かに余生を過ごしておりますよ。」


「私は、これまで剣技とは無縁な生活を送ってきたので、ケイちゃんにお強いと認められたハチナイさんが羨ましい。」


「生きる為に仕方無くそうなったまでで、幼い頃儂に修行をつける親父がいつも鬼に見えました。

そう昔を思い起こすと、儂は逆に剣を振らずにこれまで過ごす事が出来たうどん様こそ羨ましく思いますがな。」


 ハチナイがニコリと笑うと、心が晴れる心持ちがするうどんである。

 

 マイエが2人分のコーヒーを運んで来た。

二人の前にコーヒーを置きながらマイエが言う。


「コーヒーよりお酒の方がよろしかったですか?

ケイがハチナイ様はお酒がお好きだと…。」


「いやいや、日が高いうちに酒を呑むなど、贅沢の極み。

気を使わんで下され。

コーヒーを有り難く頂戴しますよ。

マイエどの。」


「承知しました。ハチナイ様、甘い菓子はお好きでしょうか?」


 マイエがほっとしながら言う。


「甘い菓子も好きでござる。

コーヒーには甘い菓子が合いますな。」


「分かりました!

うどん様の分とすぐお持ちしますね。」


 足早に立ち去るマイエの背中に。


「良い子です…。」


「同感でございます。」


もう、準備してあったと思える。

直ぐに引き返して来たマイエが、ドーナツの載った皿を二人の前に置く。


「コーヒーのお替りは、厨房に声掛け下さいませ。

直ぐにお持ちします。」


「マイエちゃん、ありがとう。」


「ハチナイ様、私達がこちらにお連れしたのに、話し相手も出来ずにすみません。」


「いやいや、お気遣い無用。

夕飯も馳走になるなど、面の皮が厚いのはこちらじゃ。

恐縮でござる。」


「夕飯にはお酒を付けますから。」


 マイエが笑顔で厨房に消える。



「この前、冒険者ギルドに行ったんですよ。

マイエちゃんと。」


「ほう。」


 ほろ苦いコーヒーと甘いドーナツにほっと息をつく。

 

 うどんが感じている、この異世界での孤独感。

 

家族と離れて過ごす時間の積み重ねに心が疲れている。

 

 ハチナイが纏っている長きに渡る孤独な生活臭、それらをうどんは、肌感でハチナイから感じとっていた。

 少なくとも、人を鼻で笑う人物てはなさそうだ。


「登録の時に鑑定したら、私のレベルは1でした。

魔力は0で…。

 学校に通う前の未就学児と同じレベルだと…、言われてしまいまして。」


「ふむ、それは…。」


「私は、つい最近スワンにやって来たのですが、どうやら面倒事に巻き込まれたらしく、この領主屋敷から自由に出れない身の上なのに、自分の身を自分で守る事もままならない、弱い男です。

自分が情けなくて。」


「まあ、そう落ち込まずに。

うどん様はお幾つで?」


「歳ですか?35歳です。」


「そうですか、35。」


 ハチナイは少し間を置いて話し始めた。


「いいですか、ご存知かもしれんが、

冒険者ギルドに登録する年齢は、皆学校を卒業する15歳から16歳頃が多いのですよ。

学校では、低レベルモンスターを狩る授業や、商売の基礎なんかを教えますが。」


 そこで言葉を切って、ドーナツをむしゃりと食す。


「クラスの中で卒業後に本気で冒険者ギルドに登録するのは、身体能力が高いと自負する2〜3割。


 家が商家ならそこの子は商売人に、職人の子なら親の後を継いで職人になる事が世の常。

 貴族なら貴族然と鷹揚に構えられてはいかがでごさる?

 貴族なら護衛役が付くのも当然。

 それを、自分の身すら守れんと嘆かずとも、家臣が充分に貴方を扶けましょう。

 儂が言うのも何ですが、思い返せば人に扶けられてばかりの人生を過ごして来ましたよ、昔から。」


「お強いハチナイ殿が?

扶けられてばかり?」


「はい。」


ハチナイが感慨深く頷く。


「そこそこ強いモンスターを倒せても、衣服を作る技術は無し、服屋が居らねば冬には裸で凍え死ぬでしょう。

 剣士というても武器を作る技術は無し、無手ではモンスターの爪や牙には対抗出来ず、武器屋や刀剣鍛冶屋が居らねばそこらの森でモンスターに倒され、果てておりましょうし。

 野菜や穀物を作る技術は無し、農家や八百屋が居らねば、栄養の偏りで体を壊し、病を患うかもしれず。」


「はあ、確かに。」


「誰とも関わらず、扶けもなく生きていけるのは、霞を食う仙人くらいかと。

 そのご年齢で無理に合わぬ職替えなどなさらずとも…、と思いますがな。」


(貴族なら、かぁ、この異世界で生きるすべを見つけるまで、領主ロフ様の縁戚という身分に甘えさせて貰うか。)


「ありがとうございます。

ハチナイさんに胸の内を話せて、少し気持ちが軽くなりました。」


 うどんが微笑むと、ハチナイもまんざらでもない様子で微笑んだ。


「しかし、このコーヒーもドーナツも美味しゅうござるな、うどん様。」


「はい。」


「お替りをいただけまいかな。」


「私も。

マイエちゃん。

コーヒーのお替りを貰える。

すっごく美味しいよ。」


 と、うどんが気軽に立ち上がって厨房の入り口まで行きながら大きめの声で伝える。


「はーい、直ぐに。」


とマイエの明るい返事が帰ってきた。


 

 領主館の前庭に、2〜30人程が集まって来ている。

 皆、お目当ては炊き出しの食事の様だ。

 厨房で作られた大鍋の料理が幾つも前庭に運び出されていく。

 料理運び役の中には、マイエとケイも居る。

 メイド服を着た、行儀見習いの娘達も料理を運び、近隣から集まって来た炊き出し目当ての人々に料理を振る舞い始めた。

 

 館の正門付近で複数人の、切羽詰まった悲鳴が上がる。


 前庭に居たマイエとケイが何事かと門へ走る。

 

 食堂に居たうどんは、窓から前庭の様子が見えたので、異変を感じ思わず外へ走り出していた。

 

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