第4-2話 無名のジジイが強すぎる

 叫びを上げて、男達が止まり、爺さまの方を向く。


「このクナイはお前達の眉間でも目でも正確に射貫く。

 今夜死にたくなかったら、店の修理代と修理中に営業出来ない日数2〜3日分かの?

の代金と、今日飲み食いした代金を合せて置いていけ。」


とギロリと睨む。


 男達が反撃するかと思ったが、以外や男達の興奮は収まって、怯えたような表情だ。


「おい、そこの、金を置かずに逃げたら、戸口に着く前に死ぬぞ。

ええかえ。」


とクナイをヒラヒラさせる。

 

 全員が有り金をカウンターに置き、両手を上げた。


「お嬢さん、足りるかえ?」


 給仕の女はカウンターに近寄り、ざっと目を通すとコクコクと頷いた。


「この店の常連は手を上げろ。」


 冒険者達は手を下げ、鍛冶屋達はそのまま手を上げていた。


「分かってると思うが、念の為に言うておく。

この店はお前達が暴れて被害を被った。

 逆恨みなんぞせんように。

 ワシのクナイには特殊な薬が塗られてるでな、ワシが探せばすぐに居場所が分かる。

ええかえ。」


怯え上がった男達はコクコクと頷く。


「常連の者は今後店で暴れんと誓え。」


またコクコクと頷く。


「常連じゃない者は今後一切この店の出入りを禁ずる。」


またコクコクと頷く。


「よし、クナイをカウンターに置いたら立ち去って良い。」


「わぁぁ〜。」


声を上げながら男達が早々に立ち去った。



「お嬢さんや、酒精を一杯奢ってくれい。」

とハチナイがニッコリして言うので、

 静まり返って事の成り行きを注視していた店の中が、弾けた笑いで包まれた。


「店主のザカです。

これは娘のカヤ。

お見事な腕前で!

店を助けて頂きありがとうございます!」


「お爺ちゃん強いのね!

ありがとうございます!

びっくりしちゃった。」

 

 カヤが店の奢りの酒精を渡す。


「こんなちっこい爺が見かけによらず…、

じゃろ?」


 と酒精をグビリと旨そうにハチナイが呑む。


「ハチナイと申す。スワンには来たばかりじゃ、よろしゅうな。」


 カヤがカウンターのクナイを持って来てハチナイに渡しながら。


「あまり見掛けない武器ですね。」


「この辺りにはクナイ使いは居ないかえ?」


「料理屋の主ですから武器には明るくありませんが、見掛けない武器です。」


「父が言うように、この町の武器屋では作ってなさそう。」


「まぁ、そうかもな、

卑怯者の武器じゃと言う者もおるし、

不人気な武器じゃよ。」


「この武器が卑怯なんですか?

はて?」


「剣や槍より遠い間合いから攻撃出来るじゃろ。だからかもな。」


「それを言うなら魔法攻撃だって、槍の間合いより離れてますよね。

弓だって。

なぜ卑怯なのかしら?」


「そうですよ。

カヤの言うように、弓や魔法が卑怯だとは聞いたことない。

 その武器より遠くても攻撃出来ますよね。」


と、ザカとカヤの親子が首をひねる。


「なぜじゃろうな?」


 ニコニコしながら酒精を呑むハチナイであった。

 

 別のテーブルから

「ハチナイ様、俺等からも一杯ご馳走させて下さい。

いやー、スカッとしたねー。」


「あいつらは最近スワンに流れてきた冒険者パーティですがね、前からちと態度が悪かったんで。

 鍛冶屋連だけじゃなく、他の者らもモヤモヤしてたんでさ。」


「あっ、もしかしてお前様、昨日、ダンジョンから出てくるパーティを賊からお助けになりやせんでしたか?」


「そうだ!投げナイフっぽい武器を使う凄腕の浪人ってギルドで言ってた。」


「あぁ、そりゃ儂じゃな。」


 それを聞いてザカとカヤがまた驚く。


「助けられたパーティはお礼を言いたいとかって、探してるし。」


「冒険者ギルドは治安維持に貢献してくれたって事で礼を言いたいらしいですよ。」


「礼とかは別にいいがのう。」


 ハチナイは大した事をしてないとでも言いたげで、困惑顔をしている。


「それなら、うちの店の事もあるし、冒険者ギルドと自衛団に知らせて来るね、お父さん。」


 カヤが戸口へ向かうのへ


「出るついでだ、最後に商人ギルドへも連絡頼む。

 壊れたテーブルや椅子を修理する段取りも、商人ギルドを通そう。」

 

 

 カヤが出て程なく、ヤモとケイがやって来た。

 テーブルと椅子が壊れている店内は、喧嘩の後とは思えない楽しげな空気に満ちている。


「おうヤモ!」


「ザカ、こちらの御仁がハチナイどのだな。」


「あぁ。」


「スワンの自衛団 団長のヤモです。

 ハチナイどの、喧嘩の仲裁ありがとうございました。」


「娘のケイです!

お爺ちゃん強いんだってね~。」


「いやいや、見たまんまの小さい爺でな。

ヤモどのケイどのハチナイでござる。

よろしゅうな。」


「ハチナイどの、

ザカと話しても構いませんか?」


 ハチナイが頷くと、ヤモとザカはカウンター前に移動する?

 

 ケイはちゃっかりハチナイの隣りに座り、周りの人に喧嘩の顛末を聞き始めた。

 まるで、人気の演劇の始終を会話にする様に楽しげだ。

 

 カウンター前では、ザカがヤモに話し掛ける。


「呑むか?」


「そうだな、呑みながら話すか。」


二人は酒精を掲げた。


「壊れているのは、テーブル2、椅子3か?

他にはあるか?」


「そうだな、確認する。」


 ザカが店内を確認するのへ、ヤモが聞く。


「喧嘩の冒険者パーティは他所もんだな?」


「そうだ、最近スワンに来た奴らだ。」


「もう片方はスワンの鍛冶屋の職人達っと。

全員顔分かるな?」


「勿論だ。」


「他は特に壊れてねぇな。」


「よし、このカウンターの金は?」


「ハチナイ様が仲裁した時に、

 "今日の飲み食いの代金と、店の修理代と、2〜3日店を休む場合の代金を置いていけ"

って言ってくれたら、皆持ってる金出して出てったよ。」


「そうか、良かったな。

ハチナイどの中々やるな。

まだ数えて無さそうだが?」


「あぁ、数えてない。」


「じゃあ数えるか。」

 

 ヤモが店内に向けて声を掛ける。


「シラフの者は居るか?」


 20才位の若い男が手を挙げる。


「俺酒呑めないんで。」


「金を数えるのを立会いしてくれ。」


「分かりました。」


 ザカとヤモでカウンターの金を数えると、金貨3枚、銀貨25枚、銅貨49枚になった。

 

 金額を紙に書き、3人でその紙にサインする。

金は纏めて袋に入れる。


「兄さん助かった、テーブルに帰っていいよ。」


 若い男は人の役にたった満足そうな顔で、仲間の元に戻る。


「ザカ、忘れない内に喧嘩した奴らの飲み食いの代金を紙に書いとこうぜ。」


「だな。確かに。」


 ザカが直ぐに、注文の帳面から紙に冒険者パーティ分と鍛冶屋連分を書き写しはじめる。


「なあ、修理代に足りてるならだが、今回の件、自衛団にしょっぴいたりせず、不問にしていいか?」


ザカがニヤリと反応する。


「さすがヤモ、勿論いいぜ。ハチナイ様にも了解を得ないとな。」


「あぁ。」


そこへ、戸口から、トギとカヤが入って来た。

 

 トギはツカツカとハチナイの前に進み、握手を求めた。


「冒険者ギルド、ギルド長のトギです。」


「ギルド長どの、ハチナイと申す。」


 握手しつつ、自己紹介する。


「昨日は、ダンジョンでの賊の撃退、ありがとうございました。

 冒険者ギルドとして、お礼を申します。」


「たまたま通り掛かりましてな。

礼など無用ですよ。」


「たまたまですか…、今日はこちらで、喧嘩の仲裁も?」


「たまたまですな。」


「そういう星に生まれておられるのかも。」


「いやいや、普段はしごく平穏無事な日々を送っておりますよ。

どうしたんじゃろうな?」


「星が動き始めたやもですな。

そうそう、ハチナイどのに助けられたダンジョンの冒険者パーティも、お礼を言いたいと、ハチナイどのを探すと言っておりましたよ。」


「いやいや、気遣い無用でござるがのぅ。」

 

 

 話し掛けるタイミングを待っていたヤモが、二人の話しに加わった。


「今日のこの店での騒ぎですが、

厳罰を望まれますか?

ハチナイどの。」


「まさか、ただの喧嘩であろう?

儂が牢行きを所望したら、牢行きにするとでも?

望まん望まん。」


 ハチナイが左手を顔の前で左右に振る。

それを聞いたヤモが頷いて。


「喧嘩した者達が置いていったお金で、修理代には足りそうなので、

店主とハチナイどのの了承を受けて、自衛団としては、今日のところは不問と裁定します。」


「ヤモどの。」


 ハチナイが心地良い満足そうな顔をする。


「商人ギルドの方は明日来られるそうよ、お父さん。」


「おぅ、商人ギルドは修理の話しをすればいいからな、

明日の方が落ち着いてらぁ。」

 

 店内の各テーブルの酒精も料理も減っている。

 良い雰囲気の店内はまだまだ終わらない気配だ。

 カヤは張り切って声を掛ける。


「酒精のお替りは要りませんか?

お料理のご注文も承りますよ!」


飲む飲むー。

あちこちから声が上がる。


「あたしお手伝いするよ。」


ケイが慣れた感じで厨房に走る。


「俺も呑もっかなぁ〜。」


トギもグラスを欲しそうに拳を上げる。

 

 当初店の隅でポツンと一人食事をしていたハチナイのテーブルだが、

トギとヤモが加わり、

隣のテーブルの客とも仲良くなり、

 いつの間にか人の輪の中心で楽しげに酒精を重ねている。

 

 店を手伝いながら、ケイが満足げにハチナイを見つめていた。




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