第2-2話 領主の館で炊き出し

 気品のある広い室内に、10人程が座れる長方形の会議机と椅子が入り口近くに配置され、

左にふかふかそうなソファセット、

中央奥に領主様用と思われる大きな執務机。


「では、着座を」


 大きな瞳でメガネを掛けた、30歳代後半に見える女性が、皆を促した。

 

皆それぞれ立ち話をしていたが、席に付いた。

 

 上座の領主席に、美しい30歳程に見える女性が座った。

 聡明そうな瞳で見つめられる。

 

 ナカタはヤモとマノウに挟まれて領主様の右側に座った。

 領主様の左側には5人の男と領主様から離れた対面の末席に、先程着座を促した女性、扉に二人の衛兵が静かに佇む。


(ふむ)


と領主様が皆の顔を見渡し、末席の女性に頷く。

末席の女性が立ち上がり。


「秘書官のテイです。

皆様急なお呼出しにお集まり頂き、ありがとうございます。

私からナカタ様へ皆様のご紹介を致しますね。」


「ラビナ領 領主ロフ様」


優雅な仕草でナカタに向かって眉を上げた。


「衛兵隊長アクス様」

分厚い体に似合わず、人懐こい笑顔で頷く。


「ラビナ領スワン町 町長モム様」

小柄な体、笑顔で頷く。


「冒険者ギルド長トギ様」

小柄だが、鍛え上げられた体躯が伺える、笑顔がぎこち無い。


「商人ギルド長フクロ様」

中肉中背で、にこやかに笑う。

さすがは商人、目の奥は気持ちを読み取れない。


「司書長ワラ様」

ぴょこりと頭を下げる。


「スワン町自衛団 団長ヤモ様」

自衛団、警察に近い組織の様だ。


「スワン領民学校 校長マノウ様」

物静かさが校長先生らしい。


「そして、川を渡ってラビナ領に降臨なされた、英雄フタ様の再来ナカタ様!よっ!」


皆から拍手が起こる。


「同席されておりませんが、婦人会長のチダ様には後程私からこの会の模様はご報告致します。」

 

マノウが小声で


「炊き出しは婦人会長の運営でして。」

と教えてくれた。

 

テイが話しを続ける


「昨日ヤモ様マノウ様が聞き取られた、ナカタ様の概略を私からお話ししておきます。」

 

 昨日起こった出来事、マイエと会った事、川を渡った事、マノウ家で話した家族の事等、テイがスムーズに説明する。

それらをテイは既に書類として持っていた。


「ナカタ様の存在は他領に知られてしまった模様ですが、今話した細かな情報は秘匿案件です。

 既に早くも昨夜、ナカタ様奪取を目論む者が自衛団に撃退されていますし。」


うむうむと皆が頷く。


「ヤモ様からのご注進を受けて、昨夜の内にワラ様に領主様からの指示が出ております。

 "古文書を調べて、フタ様に起こった事柄を調べよ。

 取り急ぎ他領との厄介事を中心に" との指示です。

ワラ様、ご報告をお願いいたします。」


ワラが立ち上がる。


「まだまだ目を通したい古文書は多かったのですが、時間の許す限りでざっと古文書を読みましたら、

厄介事が複数有ったのは間違いありません。」


ワラが筆記してきた紙を読みながら話す。


「川向うの世界をニューランドと呼びますが、

勇者フタ様以前にはその呼び名は無かったとされています。

 勇者フタ様が川向うへの橋を架け、商人や冒険者の往来が活発化し、

そして大量の有益な資源が見つかります。

 この資源を求めてラビナ領スワンの街に他領からも人が殺到します。」


ワラがコホンと喉を整える。


「フタ様の架けた橋に通行料が設定されたのはこの時です。

 古文書によりますと、一人銀貨50枚。」


「銀貨50枚!!」

皆がざわつく


(銀貨20枚あれば我が家は一ヶ月暮らせます。

我が家の2.5ヶ月分の出費に相当しますな。)


とマノウが小声で教えてくれる。


「初めに架けられた橋は、いわゆる吊り橋で、対岸から渡って来る人とすれ違う事も出来ない粗末な橋だったと書かれています。

 ただ、銀貨50枚払っても渡りたい人々が列を作り、

橋番だけで50人が配置されていたと記されています。」


「今の衛兵隊の人数と変わらんではないか!」


と衛兵隊長のアクス。


「通行が活発な当時、衛兵隊は1000人を越えていたと思われます。

 さて、最初の橋が利用される一方で、第二期架橋が進行しています。

これも吊り橋ですが、強化されて建築されました。

 通行規制は20人を超えない人数が同時に吊り橋を渡れる、と。

 この時通行料が銀貨60枚に値上げされています。」


「通行料だけで目玉が飛び出る程の金が、毎日降って湧いていたと言うのだな。」


と、商人長のフクロ。

妖しく目の色が光っている。


「トラブルの記述もあります。フタ様の誘拐事件です。」


「うおっ!」


「隣領ナッツから来た一団に誘拐され、後に吊り橋も攻撃されています。」


「世界でラビナ領だけが巨万の富を築くのを嫌われたか…。」


町長のモムは目を閉じて言った。


「衛兵隊は、フタ様捜索隊と吊り橋守備隊に人員を分けねばならず、たいそう苦労した模様が書かれています。

 広範囲な捜索となると相当な人数を割り振らねばなりません。

 また、吊り橋を狙った火炎魔法攻撃に火矢への対処、投石魔法と催眠魔法等、隠れて攻撃してくる一団相手に、防御の人数も減らせなかった模様です。」


「あー、それで我らの自衛団が創られた、と。」

ヤモが言うと、


「そうです。」

と、ワラ。


「ちょっと待て、川では魔法が無効化されるのではないのか?」

と、ヤモ。


「橋の基部は陸地側ですから。そこが狙われたのではないですか。」


「なうほど。」


「ニューランドに赴き稼ぎたかった冒険者達も多数居た筈ですから、

吊り橋を落とそうとする一団は非常に迷惑、

自主的に吊り橋守備隊を結成した模様です。」


「橋が無くなった今は町を守る自衛団ですが、事の起こりは吊り橋を守る自衛団でしたか。」

とマノウ。


「自衛団結成後、衛兵隊の大部分がフタ様捜索と奪還作戦に配置替え、

作戦を見事成功させ、ご無事にスワンに連れ帰った。と、されています。」


ワラがまた、コホンと喉を整える。


「フタ様に大金を持ち掛けて他領に誘う者、色仕掛け、悪口をバラ撒いて内紛を狙う者、色々有った様ですねぇ…。

 そして、吊り橋は守備の難しさから、第三期架橋が始まります。

 難工事の末に完成し約100年間もラビナ領に富をもたらした石橋、

今では壊れた遺跡、両岸に橋台のみとなって残っているラビナ橋遺跡」


ワラがテイを上目遣いで見ながら、


「急いで古文書を調べたのはこの位です。」

と椅子に座った。


「ご苦労でした。急な調べに良く対応してくれた。礼を言います。」


領主ロフがワラを労う。



「今後のラビナ領としての摂るべき行動を具申して下さい。」


とのロフの言葉に、皆が活発に我が意見を述べていく。

 

 意見がおおかた出た頃、ロフの目配せを受けたテイが立ち上がり、


「前庭の炊き出しもそろそろ食べ終わる頃でしょうから、まとめに入らせて貰います。


 1、既に他領に知られてしまったナカタ様の存在を消す事は出来ませんが、今後はカモフラージュして、予想されるトラブルを回避する事。

 

 2、ナカタ様の容姿を口にしない、若しくは口にしても本当の容姿を話さない事。

 

 3、護衛は隠密行動、ナカタ様を目立たせない事。

 

 4、吊り橋、ラビナ橋遺跡視察の際はナカタ様の存在を消す方策を考える事。

 これは各長が持ち帰ってアイデアを出してお知らせ下さい。

 

 5、ナカタ様の"名前"は既に他領に知られたと推察される事。」


と、そこまで言ったテイが、領主ロフとナカタを交互に見た。

 

そしてロフが重々しく口を開く


「ナカタ様、改名して下さいますか?」


「えーーー!!改名?ですか?」


「はい。」


「改名…。」


 異世界に迷い込んでしまったのだから、先祖の繫いだ名字にこだわる必要は無いのだ。

 芸名程度の軽い気持で考えるか、とナカタは思った。


「じゃあ、新しい名前は うどん で。」


 うどんが大好きなんだよね。




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