第2-1話 領主の館で炊き出し

※作者注 : 作中、炊き出しの記述があ

りますが、この章を書いた

のは2023年の11月です。

能登半島地震にて被災さ

れた方に、心よりお見舞

い申し上げます。




 ナカタは翌朝、笑顔の妻と二人の子供を想いながら目覚めた。

どれだけ心配しているだろう?

車も財布も家にそのままで、帰らぬ夫を心配して眠れぬ夜を過ごしたのではなかろうか。


(私の実家や友人知人に電話したかもしれない、

が、誰に聞いても行き先が分かる筈もない)


(それとも、一晩は様子をみて、まだ騒ぎ立てていないかもしれないな。)

 

 ベッドから体を起こし、窓を見る。

 カーテンの隙間から漏れる光で、晴れた朝なのが察せられる。

 

 カーテンを開けようと立ち上がった時、誰がが扉をノックした。


「ナカタ様、お目覚めですか?」

とマイエの声がする。


「朝食の支度ができています。

居間へお越し下さい。」


 扉を開けると、緊張感のある顔のマイエが部屋を覗き込んだ。


「カーテンは開けないで。

そのまま居間に行きましょう」


「カーテン? 何で?」


「居間で説明します。」


 

 居間には、マノウとヤモの二人がテーブルに着いていた。

お互いに朝の挨拶をする。


 どことなく、緊張感が漂っている。

マイエもそうだった。

 マイエは居間に入らずキッチンのある奥へ消えた。


「すぐに暖かい朝食をお持ちします。」


 マノウが言い終わらない内に、ナカタの朝食が運ばれてきた。

 

 朝なのに、手の込んだ料理に見える。

 野菜が煮込まれた、ポトフに似た見た目の具沢山スープ。

目玉焼きと何かの肉のソテー。

ボリュームたっぷりのサラダ。

果物もバスケットにふんだんに盛られていて、歓待されているのが分かる。

 

 マノウとヤモは既に食べたのか、二人の前には皿が運ばれて来ない。


「どうぞ、お食べ下さい。

私達はもう済ませましたので。」


「エスタさん、私とマノウにコーヒーをくれないか?」


 とヤモが奥に下がったエスタに声を掛ける。

 

 奥からマイエの、はい、という返事があった。

 

 二人に促されて食べ始めると、暖かい朝食が身に染み込んでいく。

 程よい塩加減のさっぱりした鶏肉や野菜のスープ等、実に美味しい。

 

 味わって食べていると、コーヒーを数口飲んだヤモが話し出した内容に驚いた。


「食べながら聞いて下さい。」

と、一呼吸おいて。


「昨夜この家が3人の男に襲われました。」


「えっ!?襲われた?」


「こちらの手の者で撃退したので、事無きを得ましたが、

実を言うと油断していました。」


ヤモが、フー、と溜息をつく。


「ナカタ様がお休みになられた後で、

ケイが家に帰って来て、胸騒ぎがする、と言うのです。

 ですので、念の為警護の者を潜ませたのですが、

ケイの感が当たったのです。」


 ナカタがポカンとして聞いていると。


「我々が当初油断していた様に、襲撃者もまさか警護が付いていると思っていなかった様で、

向こうにも油断があり、あっさり撃退出来たのですが。」


「まさかこんなに早く行動に出てくるとは…。」


「どういう事なのですか?」

朝食の手が止まってしまう。


「ナカタ様を奪いに来たのです。」


「……えーーー!」



「この世でただ一人、川を渡れるナカタ様は、誰もが欲しい重要人物なのです。

 特に領主様をはじめ、政をなされるお立場の方々には特に。」


「ナカタ様の出現に我々も浮かれておりました。」


「嬉しさのあまり、ナカタ様の存在を隠す事をしませんでした。

覚えておいでですか?

昨日の我が家の外の人だかりを。」

 

 もちろん、物珍しさか大勢の人の注目を集めたのは驚いた。


「私は、川を渡って来た変人を、物珍しく見に来ているのかと思ってました。」


「ナカタ様、川の向こうへ渡るのは我々の悲願なのです。

 あなたは我々に、川の向こう側に有る、豊富な資源という富をもたらす。」


「きっと昨日の襲撃者は、川上か川下の町の人間でしょう。

 誰かが昨日の騒ぎを知らせたに違いない。

 そんなに早くナカタ様の情報が町の外に出るとは思ってもみなかったのです。」


「次には相当な準備と計画を練ってナカタ様を奪いに来ると考えられます。」


「準備が整えば、領主様の館に移って頂く心積もりです。」


「我が家ではナカタ様を守りきれません。」


「急ぎ領主様にお伺いを立てていますので、

返事がもたらされれば、すぐにご移動を願います。」

 

 二人は、

「では後ほど」

と言い居間を出て行った。


「コーヒー如何ですか?」


 エスタが淹れてくれたコーヒーは、シナモンに似たフレーバーの心を落ち着かせる味だった。


「大丈夫ですか?」


 マイエが居間に来てナカタの横に立って言った。


「カーテンを開けるなって言ったのは…?」


「ナカタ様が我が家のどの部屋に居るのかを悟られない為、です。」


「そうか…。」

ナカタはふと思う。


「今、この家、俺と、マイエとエスタさんの三人だよね?

大丈夫かな?」


マイエがニッコリ微笑む


「今日は外が騒々しくないでしょう?

ほぼ町の人に昨夜の襲撃の事が伝わってるんですよ。

 だからナカタ様を守る為にも、普段の生活をしようって、皆ナカタ様を見に来るのを我慢してるんです。」


 

 自分が襲われたというのが、ピンと来ない。

それは、寝ていて襲撃者を見てないからだと思うが、これから先何かから身を守らなければならないのだろうか?

 

 壁に、横向きに掛けられた洋剣が目に付いた。


「あの剣、持ってみても?」

マイエに聞く。


「どうぞ」


 剣に近づいて見ると、グリップが短い片手剣である。

剣幅は10㌢といったところか。

 重そうだ、刃はしっとりと光っていて、切れ味が鋭そうなのが見て分かる。

 

 グリップを片手で持って持ち上げようとすると、力が足らず持ち上げられない。

なんて重さだ。

 

今度は両手で持ち上げてみた。


「7〜8㌔ありそうだな…。」


 片手剣なのに、両手を添えないと持ち上がらない。

 

 自然と、剣先を上にして立て、グリップを右胸前に引き付け脇が締まった。

というか、こうしないと持っていられない。

 

 剣先を斜めにとか、横にとか、俺の腕力じゃムリだな…。

 映画とかアニメで、剣を横にして相手の攻撃を防ぐって行為はとても沢山目にするけど、

 あれ、実は凄い腕力なんだなぁ…。


「マイエちゃん、俺にはこの剣重すぎて使えそうに無いや。」


「それ、片手剣なので、盾とセットで使うんです。」


「うっそ…」


「剣もですが盾も重いです。

持って来ましょうか?」


「いい、いい、持って来なくていい。

俺にはムリ。」


 うーむ、剣で自分の身を守るのはムリそうだ。


「心配ですか?大丈夫ですよ。

襲ってきたと言っても、多分ナカタ様をケガさせる様な積りは毛頭ない筈ですから。」


「そうなの?」


「はい、勿論。だって怪我させると川を渡って貰えなくなりますからね。」


 

ヤモとマノウが帰って来た。


「ナカタ様、準備が出来ました。領主様の館に移りましょう。」


と、ヤモが笑顔で言う。


「全員スカーフで顔を隠して行くよ。

スカーフを持って来ておくれ。」


 と、マノウが奥にも聞こえる大きさの声で話した。

 すぐにエスタが三枚のスカーフを持って来て、マノウに渡した。


「ナカタ様、このスカーフでお顔を隠して下さい。」


 と言いながら茶色のスカーフ手渡す。

 薄茶色のスカーフをヤモに渡し、自分は鼠色のスカーフを顔に巻いた。

真似してスカーフを顔に巻く。

 

 玄関前に私、ヤモ、マノウ、エスタ、マイエの全員が集まった。


「では、行きましょう!」


私以外の皆が声を合わせた。

 玄関を出て角を曲がると、街中の人達が老若男女外に出ていた。

 大勢居る割には大騒ぎする事も無く、和やかな雰囲気だ。

街の人達と共に、歩いて行く。


「全員で領主様の館に行くの?」


隣りを歩いているマイエに聞いた。


「そうなんです。

ケイが考えたんですよ。

 ナカタ様が何処に居るか特定出来なければ襲いようが無いって事で。」


「はあ。」

予想のナナメをいく襲撃者対策だ。


「それと、今後の対応策も街の人達に通達しなきゃなので、全員集めて炊き出ししましょうって事になりました。」


「へぇー、炊き出し。」


だから、なんだか和やかなのか。


「女性や子供はスカーフしてないね。」


 周りを見渡すと、男性ばかりがスカーフを巻いている。


「ナカタ様を隠すのが目的なので、男性だけスカーフすればいいんですけど、

私と母はナカタ様が泊まった家の者ですので、

私達がバレてもナカタ様の居場所が分かるかも、との用心でスカーフしてます。」


「なるほどねー。」


「ナカタ様の存在を街の外に知られた、

それはスパイの様に悪意を持って街に潜んでいる人が連絡したのか?

いえ、それは違うでしょう。

 たまたま街の外に用事で出た人が、街にとって喜ばしい出来事を伝えたって事なんだと思うんです。」


「ははぁ、そうなんだ。」


「だって、昨夜の襲撃者、弱かったらしいです。

しかもたった三人。

つまり、商人か狩人あたりが襲撃者だろうって感じの手応えだったみたい。」


「ふむふむ」


「スパイが動いてそれなりの有力者に連絡したのなら、

 もっと対人戦闘に手慣れたパーティと、

 少なくとも10人編成位はしてたはずだって。

ケイが言ってました。

ケイは私なんかよりずっと賢いんです。」


 話しているうちに、和やかな民衆は、強固そうな壁に囲まれた領主様の館の門内、広い前庭に入った。

 

 民衆が入ってもまだかなりスペースに余裕がある。


「スカーフを外して構いませんよ、領主様にお目通りしましょう。

こちらに。」


 ヤモとマノウに先導されて、建物内に入った。

エスタとマイエとは一旦別れる。

 


 外から見た感じ、石組みの頑丈そうな建物で、随所に優雅な意匠を施してある。

さすがは領主館である。

 

 建物内の廊下を歩いている途中、窓から見える前庭ではグループ毎に集まっていた。

 各頭分がそつなく統率している様子だ。

このての集まりを既に経験している様な民衆の動きを感じる。


「炊き出しは、組ごとに作りますのでね、

こんな時は女子衆が張り切ります。」

とヤモ。


「半年に一度の恒例行事です。

つい一月前にもやってますので、各組役割分担は早いでしょうな。」

とマノウ。

 

 前方から廊下をヨタヨタと走って来る中年の男性。

脂肪が多めの体形は、走るのに不向きだろう。


「はあはあ、良かった、間に合った。」


「司書長のワラさんです。そして、」

とマノウが紹介する。


「こちらがナカタ様。」


「ナカタです。」

と会釈する。


「私ワラと申します。

図書館を管理してまして、昨日急ぎ領主様からのご命令で古文書の調べ物を…。」


「あぁー、その先は領主様とご一緒に」

とヤモ。

 

近くの扉が中から開いた。

 衛兵が体を半身程廊下に出し

「来られましたな、どうぞ中へ」


衛兵が中に顔を向けて


「これで全員お揃いです。」


 

 

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