第1-3話 自宅裏の竹林で、異世界へ落ちてしまった
「500年前に、この世界は魔道士カラの逆鱗に触れ、人が川を渡れなくなる呪いを掛けられたのです。
それ以来、人は魚が棲むサイズの川を越える事が出来なくなりました。 人が川を渡ろうとすると、川魚が凶暴な魔魚になり、水中や空中を物凄いスピードで襲撃してきて、人間の体を貫くのです。
なので、我々には川を渡る事が出来ません。
川は飲み水を得る重要な場所ではありますが、人が踏み入れない怖い場所でもあるのです。
ただ、300年前に、
(きっと貴方も同じだと思うのですが)
異世界から訪れた勇者フタ様が川を渡って来られ、我々に大いなる富をもたらしたと伝えられています。
勇者フタ様は、あの川を何度も行き来し、吊り橋を掛ける事に尽力して下さったとか。
吊橋のお陰で、魔魚に襲われずに川向うへ人々は渡り、
対岸で産出する鉱石や硝石を加工し、
武器、武具を作る村として大いに発展した過去があるのですが、
フタ様が老齢で亡くなった後に大嵐が来て、橋が壊れると、
もう一度橋を作ろうにも、川を行き来出来るフタ様が居ない以上、橋を再建する手立てがなかったのです。
ナカタ様は勇者フタ様の再来。
川を渡って吊橋を掛ける陣頭指揮をして下されば、我ら町衆一同、悲願が叶います。
是非とも是非ともお力添えをお願いいたします。」
「吊り橋の再建と言われても、私は土木建築はずぶの素人、絶対に無理だと思います。」
「ナカタ様、勇者フタ様の功績が古文書に詳しく残されておりまして。
向こう岸に櫓を組み、ロープを渡したとあります。
図面も残っていますし、古い櫓跡も向こう岸にあります。
その櫓跡が使えるなら再利用し、使えなければ真似して新しい櫓を作ればなんとかなると思うのですよ。」
「村には大工がいますから、サポートさせますし。」
「分かりました、失敗を恐れずに、出来るだけの事をやってみたいと思います。
ただ、私は向こうの世界に未練があります。
妻と子供が居ますので、なんとしても帰る方法を見つけたいと思ってます。
向こう岸に渡ったら、帰る方策を探す時間も沢山欲しいです。」
「勿論です。
我々も家は大事です。
家族も大事にしています。
ナカタ様が家へ帰りたい気持ちは分かりますから。」
皆の視線が温かい。
「ナカタ様が吊橋作りに協力して下さる事を、町長に報告してきますので、私はこれで。」
と、握手を交わし、ヤモさんが席を立ち、出ていった。
「では、夕飯の支度をしますね。」
次いで、エスタさんとケイラさんも席を立ち、台所へ。
居間に、私とマノウさん、マイエとケイの4人が残った。
もう冷めていたが、砂糖が入った紅茶が美味しい。
「お代わりどうですか?」
とマノウさん。
「凄く美味しいです。頂きます」
三人が微笑んで、マイエがカップを持ってキッチンへ。
「ところで、今何年ですか?
私が居た世界では、西暦2023年という言い方をしますけど。」
「スプル暦134年です。」
今まで聞いた事のない暦を耳にして、私は今いる世界が異世界だと確信した。
なんとなく、偶々外国へ移動したのではないかと淡い希望を抱いていた。
眉間に手をやり、指先で揉む。
脳が処理能力を半減させたのか、霞が掛かったようで整然と考えられない。
言葉が通じるのはなぜなんだろう?
「ナカタ様の世界には、魔魚はいないの?」
ケイがそう言うところに、おかわりの紅茶をマイエが持ってきて、私の前に置いた。
首を横に振って答えた。
「いないね」
熱い紅茶が美味しい。
明日は、なんとか帰る方法を探そう。
向こう岸に行けば、見つかるかもしれない。
「へくしっ!!」
クシャミと震えがきた。
「そういえば、ズボンが、濡れてらっしゃる。
替えを持ってきます。
私の服ですが」
マノウさんが言いながら立ち上がり、急ぎ足で出ていく。
「ナカタ様が住んでいた異国は、どの様な所ですか?」
マノウが座っていた場所に移り、ケイが問い掛ける。
私は「見る?」
と言いながら左手の腕時計を見せた。
「わっっ!! 何ですか? これ?」ケイもマイエも腰を浮かせて腕時計を間近に覗き込む。
(腕時計を初めて見るのなら、やっぱここは異世界って事なのかぁ)
「これは時計だよ。この世界の時計ってどんなの?」
「小さい時間は砂時計ですが、大きい時間は中央の広場に人の背丈程の物が一つ。
この街には時計はそれだけです。
こんなに小さな時計、どうやって作ってる?」
「ナカタ様、この時計持ってる事知られない様にした方がいいかも。
欲しくなる人がいて、トラブル呼びそう」
「確かに」
二人が頷き合う。
マイエが私の服の袖を伸ばして、腕時計を見えない様に隠してくれた。
マノウさんから借りたズボンはウエストがブカブカだが、乾いてるので、寒さがやわらいだ。
マイエとケイ、マノウ、エスタ、ケイラと私の6人で食卓を囲み、暖かく美味しい夕食を頂いた。
妻の事、子供の事等を聞かれるままに話しながら夕食を食べ、食べ終わると急に眠気が訪れた。
客間に案内され、ベッドに倒れ込むと、ストンと落ちる様に眠った。
月明かりの深夜、ナカタが眠る建物の外、
念の為と結成された村の若者4人の警護隊が屋敷を囲んで寝ずの番をしていると、不穏な気配に囲まれた。
「来たぞ、まさかまさかだ、こんなに早く奪いに来るとは」
と、敵に聞こえない小さな声で警戒を促すのが警護隊のリーダー格だろう。
若者達は闇に潜んで、ジッと襲撃者の動向に耳を凝らす。
「急いで組織したかな?お相手は三人とみた。」
「我らに気付いておらん様ですね」
「だな、俺は念の為ココに残る、三人でひと当て当ててくれ。
向こうが崩れても深追いするな。」
「かしこまり」
「こちらに防御の準備有りと知れれば、今夜は大人しく引くだろう。」
コクリと頷く三人の影。
気配を消して、敵の後方と側方に位置取りし、細身の剣を抜くと音もなく敵に殺到した。
不意を突かれた敵は迎え撃つ事もままならず、三人とも剣傷を負い、悪態を付きながら撤退していった。
客間のベッドで眠るナカタは、外の静かな戦闘に気付く事もなく、眠りから目覚める事はなかった。
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