第1-1話 自宅裏の竹林で、異世界へ落ちてしまった

 2軒隣の犬が激しく吠え始めた。シェパードが混ざった雑種らしくて、和犬の雑種にしては体格がでかい。

吠え声もでかい。

 掛け布団を頭からかぶっても、大きな吠え声は遮断できず、仕方なく起きることにする。


 暗い部屋のカーテンを開けると、日差しが部屋を明るくする。

時計を見ると9時。まだ寝ていたかったのに、吠え声で起こされて、不快な気分だ。


 レースのカーテン越しに外を見ると、ダンボール箱を持った宅配便屋がウロウロしていて、配達先を探している。

 それで犬が吠え始めたのだろう。

 

 階下に降りて、麦茶を飲む為に冷蔵庫を開けた時、昨夜の妻の言葉をおもいだした。


「庭の落ち葉を集めて袋に入れてあるから、裏の竹藪に捨てといて」


「二袋あるから、ちゃんと捨てといて」

と、命令口調で言われてたんだった。

 

 庭の端に50リットルくらいの、落ち葉の入った透明ビニール袋が2つ置いてある。

 

 草むしりも落ち葉集めと同時にしたらしい。熊手の掃き目も美しく、庭がきれいになっている。

 

 宅配屋の配達は完了したのだろう。うるさかった吠え声は止み、静かなお昼前の時間が戻ってきた。


(もっかい寝ようかな・・・。)


 珍しく平日に、代休で家に一人。自堕落に過ごしたい気分が強い。

 ただ、このまま寝ちまって、うっかり子供達が小学校から帰って来るまで寝てたら、


(妻に大目玉を食らうなぁ・・・。)

 

麦茶を飲み干して、寝るのを諦める。

気分を変えようと、音楽を流す。

 

作業用に、汚れてもいい着古した服に着替えて、朝食を摂る事にする。

朝食は、食パンとコーヒー。


(昼前に、さっさと枯れ葉を捨てちまおう。)


 音楽を聞きながら朝食を食べ終わると、外に出た。

物置で、作業用に使ってる麦わら帽子を被り、軍手を付け、靴を履いた。

 

 駐車スペース横の、敷地の境目が2m位の高さで斜面になってて、その上の段が平地で竹藪だ。

 

 整備されてない、いわゆる放置竹林だ。

竹林の持ち主は、ここから車で1時間の街中に住んでるらしい。

今の持ち主が親から相続したものの、当人に管理する気は無く、まさしく放置されてる。


(さて、枯れ葉をいつも捨てる場所はっと)


と、斜面に足を掛け伸び上がると、枯れ葉を捨てれそうなスペースがもう無い。

以前に捨てた枯れ葉の山はまだ盛り上がっていて、その上に枯れ葉を乗せたら、こちらの敷地にどっさり落ちて来そうだ。


(枯れ葉の置き場所を広げる必要があるな・・・。)

 

しかし、この放置竹林は、簡単にはスペースを広げさせてくれそうにない。

幾重にも折り重なり、倒れた竹、密集した竹。


(こりゃぁ、1メーター四方のスペースを作るだけでも骨が折れそうだ・・・。)


(脚立と、鋸と、取って来なきゃ)


 

 折り重なって倒れてる竹を上から順に鋸で切り、短くしては竹藪の奥に押し込む。

何度も何度も繰り返し、切っては押し込む。

もう既に汗みずくの汚れまくり。

半袖だから、腕には数か所切り傷を負う始末。

 2時間に及ぶ竹との格闘でようやく地面が見えてきて、枯れ葉を置くスペースを作り出した。


(明日は筋肉痛確定だなぁ)

 

 枯れ葉を置く前に、地面に散らばった細い竹を踏みならして、少しでも平らにしようと思い、力を入れて右足を踏み込んだら、ズッポリと右足が手応え無く空を踏んだ。


 これは、子供の頃に体験した落とし穴と同じ感覚だ。

穴は大きく、体ごと落とし穴へ落ちていった。


 必死に掴もうとした腕は土の壁に触れただけ、真っ暗な穴の底へ。


 スローモーションの様に落ちていく気がした。


 


 しばらく意識を失っていた様だ。

目覚めると俺は、何故か広々した河原にうつ伏せで横たわっていた。

視線の先に、澄んだ川が穏やかに流れている。

体を起こして周りを見渡しても、竹藪が無い。確か竹藪の穴を落ちたので、暗い穴底に体がある筈、なのに、青空のもと、開放感のある河原に居る不思議。

 

 この景色に見覚えは無い。何処なんだろうか?

 

 太陽の位置は、落ちる前と変わらない様に見える。

胡座をかいて、切り傷だらけの体を確認する。

半袖の両腕が竹の枝に引っ掛けて作った傷が何箇所もある。

が、幸い深いギズは無い。

 後ろ首にも引っかき傷があり、手で触るとヒリヒリして、掌に少し血が付いた。

 

川の対岸に女のコが立ち、こちらを驚き顔で見つめている。

高校生位に見える。

色白のほっそりした子だ。

ただ、見た事無い衣服を着ている。

布の面積が少なくないか?

ヘソとか見えてるし、田舎でヘソ出しの格好は浮いている。

 

 愛想笑いして軽く手を振ると


「何処から来たんですか?」


と、対岸から甲高い可愛らしい声で聞いてくる。こちらに敵意は無さそうだ。


「木上町の竹藪から落ちてきたんですけど、仲田と言います」


「木上町ってどこですか?」


「熊本県・・・ですけど・・・、あれ?」


(もしかして・・・、竹藪から俺、何処に迷い込んだんだ?)


「ちちち、ちょと待ってて下さい!!」


 そう言うと、女の子は走って土手を越えて姿が見えなくなった。

土手を駆け登る間、スラリと伸びた足に自然に目が行く。

 

 ズボンのポケットを探る。

やはり無い。

スマホはどこかに落とした様だ。

 もし、スマホを持っていたら、地図アプリで現在地が確認できたたろうに。

それとも、もしここが異世界なら多分圏外で、スマホは使い物にならないのか?


「はーー・・・」

 

思わずため息が出た。

改めて周囲を見渡してみた。

 

 透明度の高い川がさらさらと流れている。

川幅は10m位か。

こちらの川岸も向こうの川岸も同様に10m位。

 3m位の高さの土手がこちらにも向こうにもある。


 だから、川の上流と下流は見通せるが、川の左右は河原に居る俺からは土手に遮られて見えない。

 土手の向こうに山はあるが、どちらも低山の気配だ。

山の圧迫感は少ない。


(何処にでもある田舎の里的な感じだが、そういえばコンクリートの護岸はどこにも見えない。

ってことは相当な田舎か?

俺が居たの熊本市だぞ、まー、熊本市もかなりの端だけどさ。)

 

 女のコが、もう一人の同年輩の女のコを連れて走って戻って来た。

何かスポーツでもやってそうな溌剌とした雰囲気と体型をしている。

この娘の服も布の面積が少なめだ、そのファッションが流行ってんのかな。


「あなた!こっち側に渡って来れます?」


 連れて来られた女のコが、思い詰めた顔でこちらへ叫ぶ。


そんな大声でなくても、余裕で聞こえるが。


「見た感じ、川は浅そうなので、渡れそうだけど」


「じゃあ、じゃあ、渡って下さい!」

「お願いします!」


二人に言われて、立ち上がった。

 

 水の際まで来たが、やはり割りと浅そうにしか見えない。


(深さは膝下位しか無いよね・・・)


 水が澄んでいるから、はっきり川底が見える。

流れも穏やかだし、危険は無さそうだ。


でも、二人の真剣な必死さが俺を不安にさせる。


 靴と靴下を脱いで裸足になった。

靴下をポケットに、靴を左右とも左手で掴み、裸足で歩くと足裏が痛い。

 水の冷たさを我慢しながら・・・、冷たさよりも裸足の痛さが拷問に近い。

 

 大小様々な丸石が、ダイレクトに足裏を突き上げる。

へっぴり腰で、ソロリソロリと行くしかない。

 あまりの痛さに足だけでは耐えられず、右手を使って三足歩行する。

 

右手を使うと裸足の痛みが半分ほどに軽減された。

が、あと少しの所で右足が前にツルリと滑り、つま先を強打してしまった。


「いっでー!!!」


叫んでしまった。

 

女のコ二人はオロオロするばかり。

異常なほど心配されている。

もう目の前まで来てるのに。

 

 以降、右足のつま先を上げながら、川を渡りきり、乾いた河原に座り込んだ。

ゼーゼーと息が荒い。

たいして体力は減ってないが、足裏の痛みと、右足のつま先の痛みで呼吸がおかしくなっている。

 

と、女のコ二人に両側から抱きしめられた。

 キスされんばかりの勢いだ。

肩にオッパイムギュってしてますよ。

なんか唇も頬に触った瞬間あるぞ。


「キャーー!」


 俺の耳元で、二人が歓喜の声を上げている


「きゃーーー!」


二人共ギューギュー押し付けてくる

 

オッパイの柔らかさに、足の痛みを忘れてしまう。


「なになに、そんなに喜ぶ事?」


「はい!!川を渡った人を初めて見ました!!」


「あなた!伝説の勇者様ですね!!」



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