第4話 その言葉、信じます

それから数日。

私は公爵家でのんびりと過ごしていた。

場所が場所だからか、以前のように嫌がらせの贈り物が届くこともないし、街に出ても護衛が付くので安心だった。

アルベルト様は日々、忙しそうにされている。日中は領土の視察や公務に追われ、夜はどこへ行くのか遅くまで帰ってこない。


「……婚約者より女遊びなのね」


むっとした気持ちのまま、いつも一人で食事をとっていた。

この間の湖、楽しかったわ。

初めてあんなに長い時間を一緒委に過ごした気がする。

でも……。

この家に住むようになって、アルベルト様は気が向いたときに私を構う。

こうやって食事を共にできない日の方が多いくらいだし。

それがなんだか少し寂しい。


「寂しいだなんて思うようになるなんて……」


呟いて窓の外を眺める。

こんな気持ちになりたくなかった。

だから、婚約破棄をしたいのよ。



そんなある日。

夕方、本を読んでいるとウトウトと眠ってしまったようで、目が覚めるとあたりは暗くなっていた。

そのタイミングで扉がノックされる。


「ライラ様。お食事のご用意ができました」

「はい」


もうそんな時間なのね。

ササっと身なりを整えて廊下に出る。

食堂へ行くと、今日ももちろんアルベルト様の姿がなかった。


「もうすぐアルベルト様も戻られると思いますよ」


執事は気づかわし気にそう言うが、私はそれに苦笑するしかない。


「やはり、婚約破棄はできないものかしら」

「ライラ様……」

「いえ、いいの。独り言ですわ」


軽くため息をついて、今日も一人で食事を始めた。

お風呂に入って、夜着に着替える。

鏡の前で髪をとかしていると、扉をノックする音が聞こえた。

侍女が就寝前のお茶を持ってきてくれたのだろうか。


「はい」


返事をすると、アルベルト様が息を切らして入ってきた。


「よかった、寝る前には間に合ったね」

「アルベルト様……?」


目を丸くしていると、アルベルト様は私のそばまでやってきた。

よく見ると、左頬が赤くなっている。


「ライラ、これでもう終わった」

「え?」

「すべての女性と縁を切った。もう俺にはライラだけだ」


縁を切ったって……。

頬をじっと見ると、アルベルト様は気まずそうに苦笑いした。


「最後の人に話をつけに行ったら殴られた。でももうこれで君が怖い思いをすることはない」

「怖い思いって……」

「複数の嫌がらせに合っていたことは調査済みだ。だからこの家に住まわせたんだ。ここなら安全だからな」

「そうでしたか……」


まさか、私のためにこの家に呼び寄せていたなんて……。

私の状況を理解していてくださったのね。

アルベルト様がそこまで私のことを考えていてくれるとは思わなかった。


「確かに独り身の時は自由にしすぎて、複数の女性と付き合っていた。最低だったよ、君が嫌悪するのもわかる。でももう今までの相手とは完全に別れた。少し時間がかかったが……」

「でも……」


嫌がらせをしてきた人はいた。

ああいうことがもうなくなるというのだろうか。


「ちゃんと話をつけてきた。安心していい。君に危害が加わることはないよ」


危害がなくなるといわれると少しホッとする。

しかし、アルベルト様の女癖がなおったとは言い切れないではないか。


「信じられません。そんなこと言って、結婚したらこっそり他に女を作るんでしょう? 私、そんなの耐えられません」

「信じてもらえないかもしれないが、俺はもう1年以上前から女遊びはしていないよ」

「え?」


女遊びをしていない?

アルベルト様が!?

そうとう私は驚いた顔をしていたのだろう。

アルベルト様は引きつった顔をして「誓って本当だ」と言った。


「数人の諦めきれない女性たちが君に嫌がらせをしていただけなんだ」


本当だろうか……。なんだか、うまい言い訳をされている気がする。

私の疑う気持ちに気が付いたのだろう。

アルベルト様は肩を落とした。


「君の信用を得るのには時間がかかると思っている。でも、これだけは言わせてほしい」


アルベルト様は私をまっすぐ見つめていった。


「君を愛している」


思いがけない告白に、言葉が出ない。


「1年前、社交界で君を見たときに初めて結婚したいと思える人を見つけた。一目ぼれだ。俺の父が君の父と同級生と知って、親を使って先月やっと婚約できたんだ」


一目ぼれ……?

アルベルト様が私に?

親を使って婚約をしたの?


「では、この婚約はアルベルト様の意志だったんですか?」

「あぁ、でも俺が求婚したところで君はきっと断るだろう」


まさか、アルベルト様が私を好きだったなんて思わなかった。

親の決めた婚約だったから仕方なく結婚するのではないの?


「ライラは? 俺をどう思っている?」

「私は……」


初めは社交界の華であるアルベルト様の婚約者になれて嬉しかった。

でも、女性関係が派手だと知って辛かった。

私だけを愛してほしかった。

だって……。


「私はずっとアルベルト様をお慕いしておりました」


そう本当はずっと……。

でも結婚しても私を見てもらえないなら、離れた方がいい。

これ以上、この方をどうしようもなく愛してしまう前に。


「じゃぁ、婚約破棄をしようなんてもう思わない?」


アルベルト様は優しく頬に触れる。

いつの間にか涙が流れていたようで、アルベルト様の手が私の涙をすくう。


「私だけと誓ってくださいますか?」

「あぁ、誓うよ。俺にはライラだけだ」


「愛している」とアルベルト様は私の頬に口付けをする。

頬に触れた唇が、そのまま私の唇をふさいだ。


「んっ……」

「ライラ……」


アルベルト様は私の腰を抱きしめて、体を密着させる。

何度も繰り返される熱い口付けにとろけそうだ。

気が付けば、ベッドに寝かされていた。


「アルベルト様……、あの……」

「ライラが嫌なら無理にはしない」


そう言うと少し距離を取られた。

その少しの距離がとても寂しく悲しいと感じてしまい、自分からアルベルト様に抱き着いた。


「ひとりは寂しいです。離れないでください」

「ライラ……、愛している」


アルベルト様の手で衣服を脱ぎ棄てられると、もう何も考えられなかった。

直に感じるアルベルト様の体の重みや熱に浮かされる。

自分のものとは思えない恥ずかしい声が止まらなくなったが、その声すらも可愛いと言ってくれた。

絶え絶えの息の間に、何度も愛していると囁かれる。


「私も……、愛しております」


たっぷりと溺愛されて、私はその逞しい腕の中で心地よく眠りについた。


END

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婚約破棄したいのに今さら溺愛なんてしないで! 佐倉ミズキ @tomoko0507

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