第59話 帝国と皇帝22
帝国に滞在するのも明日だけとなった。
だがイングリットとは話す機会がなく、顔も合わせていない。
ティアは女子会だとかでイングリットとディアナに会って話をしているようだ。
そのイングリットから夜会わないかと誘われた。
レンは夜の庭園に出向くとガゼボにあるイスに座る寝間着姿のイングリットがいた。
「久しぶりに話せると思ったら。なんでこの時間なんだよ」
「ロマンチックでいいでしょ?」
「……」
レンは上着を脱ぐとイングリットに被せる。
「それで風邪ひいても俺は責任取らないからな」
「そう言いながら上着を貸してくれるなんて優しいじゃない」
そのままレンはイングリットと向かい合うように椅子に座る。
「話は?」
「二つね。レン、わたくしの騎士にならない? 帝国はあなたのような人が欲しいの。それにわたくし個人としてもあなたとティアが傍に居てくれるなら心強いの」
イングリットが頼んでくる。だがレンは首を横に振る。
「レン、わたくしのこと嫌いじゃないでしょ?」
「そうだな。むしろ好意的だ。それに帝国だって料理は美味いし居心地はいい」
「だったら、共和国を出て帝国に」
「悪くないが。やっぱり共和国に帰る。友人や仲間がいる。それに今は余裕があるから俺を人として扱ってくれる。だけどその内俺をただの兵器として見なければならなくなる。イングリットにはそうならないで欲しい。だから俺は帰る」
「そう。まあ、いいわ。じゃあもう一つ。ここ数日わたくしがやった仕事を聞いて」
気持ちを話題と共に切り替えて、天幕の儀を終えてからこうしてレンとゆっくり話すことができるまでしてきた仕事をイングリットは話した。
一時間後、一通り話し終えたイングリットは満足そうにレンのことを見る。
「まさかここまで付き合ってくれるなんて」
「別にすることもないから問題ない。満足したか?」
「ええ」
「そうか。よく頑張ったな」
レンが微笑みながら言うとイングリットは驚いたように目を開くが、胸の前で手を置き嬉しそうに笑う。
「ありがと。皇帝になって人から褒められるなんてね。嬉しいわ」
「それはよかった」
「ねえ。レン。少し庭を歩かない?」
「ああ」
イングリットに差し出された手を取り、庭を歩く。
「この時期の夜って星が綺麗に見えるのよ」
「そうなのか。本当だ」
雲一つないどころか空気が澄んで星が夜空に散らばっていた。
地上の光は消えて、新月で月は出ていない。
まさに星を見るのにちょうどいいタイミング。
庭には白い花が揺れて神秘的だった。
「ねぇ。わたくし、ティアにも帝国に残らないかって話をしたのよ」
「返事は?」
「レンが残るのなら残るって」
「そうか。まあ、ティアだったらそう答えるか」
「レンさえいいって言えば二人とも帝国に残ってくれるのに」
「悪いな」
「いいわよ。そういうところも気に入っているんだから」
そう言うとイングリットは満面の笑みを見せる。
周囲の雰囲気も合わさり、少しだけ心拍が上がる。
「どうかしたの?」
「イングリットって、凄く美人なんだなって」
「そうよ。帝国で同世代一の美貌って言われているんだから。惚れた?」
「ティア一筋だ」
「知ってる」
そう言うとレンに手を差しだす。
レンの手よりも小さな手。
「なあ。なんで皇帝になるって決めたんだ? 兄だっていた。父親だっている。だけどなんで皇帝になった?」
「理由は色々あるけどやっぱり好きなようにできるからかしら。大げさに言えば気に入らない国があったら戦争することができるとか自分の勝手で国を動かせるから」
「なるほどな。自由にしようと思えば一番自由にできる立場だからか。良い国にしようとした時に誰にも邪魔されない」
「そういうこと。だけど折角誤魔化しているんだからはっきり言わないで」
悪ぶって誤魔化していたのにレンにはっきりと言われたので少し紅くなるイングリット。
「悪いな。だけど納得できた。イングリットは帝国が好きだからな」
「そうね。好きよ。国も人も文化も歴史も。だからこそディアナを否定し消したくなかったのよ。頑張った結果が後悔しか残らないなんて悲しすぎるのよ」
「そうだな」
「だからレンがわたくしだけじゃなくてディアナまで救うって動いてくれて本当に嬉しかったわ」
「俺は最善になるようにしただけだ」
イングリットはレンの手を掴むとそのまま身体が密着するまで近づく。
「ほんとありがと」
「構わない。また困ったら頼ってくれ。ただ人間関係を含んだ事件は止めてくれよ。魔獣関係なら喜んでやる」
レンがそう答えるとイングリットはレンの胸の中で頷くのだった。
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