第55話 帝国と皇帝18

 レンがやられるところをティアは黙って見ていた。

 悲鳴を出したい。手を貸したい。

 そんな気持ちを我慢し様子を見ていたのだ。

(レンくんが信じてくれています。だから私もチャンスを待たないと)

 ティアはじっと檻に手をかけディアナを見る。

「意外と落ち着いているのね。あれだけレンのことが好きなら取り乱すと思っていたけど」

「そこまでわかっているならレンくんと戦わないでください。これでも凄く我慢しているんです」

「そう。ごめんね。でもこれはやらなきゃならないことだから」

「仲良くしていたのは演技だったんですか!?」

「……」

 ティアの問いかけにディアナの手は止まる。

「演技じゃないよ」

 小さくそう言うと水晶の光を小さくしていく。

「あとは……」

 セイブザクインを壊すだけというところで、青い花びらが舞うのが二人の視界に映る。

「地下に花は……カイ!!」

 ディアナが気づき声をかけるが花びらのような火花はすでに地下中に広がっていた。

「そうか!! 俺の領域では勝てないと判断して奪うための時間稼ぎだったか!!」

 青い煌めきが岩の隙間で輝いた瞬間、球体が歪む。

 紅い鮮血がカイの腕から飛ぶ。

「なぜ戦うか。諦めたくないからだ」

岩を灰に変えレンが地面に降りてくる。

 青い炎の長い衣を纏い、髪や服の先端から青い火花が舞っていた。

 レンの姿を見たティアは泣いてしまいそうになるが堪え真っ直ぐレンの姿を見る。

「多少姿が変わった程度で勝てると思わないことだ」

 矢が撃たれる。

 弾き落とし、次の瞬間レンの姿が消える。

 風が吹き、クラウスが壁に埋もれる。

 キンッ!!

 甲高い音の後、金属同士が擦れる音が周囲に響いた。

 レンとカイが睨み合い、剣と斧槍が交差する。

「こちらの陣地を奪っただけではなく、龍脈のマナをその剣で吸い上げているのか!! 身体でマナを魔力に変えて剣で魔力を力に。そんなことをすれば身が持たないぞ!!」

 カイの言葉通りレンの身体には相当な負担がかかっている。

 力の反動で流血するが即時回復することを繰り返している。そんなことを続けていれば肉体が廃人になる。

「お前を超えられるなら問題ない!!」

 大精霊に勝ることができるのなら十分すぎる代価だ。

 弾かれと距離を取られる。

 地面を蹴り距離を詰める。

 周囲に衝撃波が吹き荒れ、火花が散る。

 青い彗星と黒い光が衝突し合う。

「四の型 砕牙」

 閃光が光る。

 斧槍を断ち切る。

「くっ」

 カイは左腕を押さえ後方に下がる。

 ぽたぽたと血がカイの足元に零れ落ちる。

 レンの口からも血が溢れ手で拭う。

「仕方がない。あれを使うしかないか。死んでも恨まないでくれ」

 斧槍を投げ捨て大きく地面を踏む。

「開天辟地」

 隕石を彷彿とさせる紋章が刻まれた岩がレンの周囲を囲むように浮遊する

 これが切り札なのだろう。

 目を閉じ、心を落ち着かせていた。

「七の型 無想」

 一振り。

 剣を鞘に納める。

 七つの斬撃が全て岩を刻み、レンに当たるのは砂ほどの大きさの小石だけだった。

「終の型 暁」

 抜剣。

 静寂が世界を包む。

 次の瞬間、カイの右腕が肘から吹き飛び血が流れる。

「身体が魔力でできているあんたじゃあ数時間で治るだろうが十分だ」

 レンはそう言うとディアナの方を向く。

「騎士よ」

 白銀の騎士を呼ぶ。

 それと同時に地面を蹴り前に跳躍する。

 レンの後方から輝きが近づいてくる。

矢が騎士を貫き、動きを止める。

「クラウス!! こうなったら魔力を全部使って」

 四十人の騎士を呼び出す。

 壁のように並ぶ騎士に怯むこともなく速度を上げる。

「ッ!!」

 レンからの目配せはなかった。だがその時なのだとティアは感じた。

 ティアはスカートで隠れた自分の右太ももに巻き付けておいたレッグフォルスターから宝石の刃のナイフを取り出す。

 檻をナイフで切りディアナに迫る。

 完全に意識外だったようで反応が遅れ、刃がディアナの腕に触れる。

「あっ」

 いきなり脱力し膝から崩れ地面に座り込む。

 同時に騎士がゆっくりと消え、レンが通り抜ける。

「くっ」

 ディアナは斬られると思いセイブザクインを構える。

 だが血が流れることはなかった。

「えっ?」

 レンがディアナのことを抱きしめていた。

「この大馬鹿」

 抱きつかれてそんなこと言われるとも思っていないため、予想外というように目を大きく開く。

「ったく、人が話を聞いてやるって言っていたのに話さずにこんなことを起こして」

「……あの時、わかっていたんだ?」

「まあな。雰囲気を似せようとしたけどボロも出ていたし」

「そっか。でもね。わたし、みんなを千年以上もここやセイブザクインに拘束しちゃったから」

「お前の気持ちだってわかる。仲間の魂をずっと拘束するのは辛い。だけどな。騎士は何のためにそこにいると決めたんだ? お前が作る未来に命をかけてもいいって思えたからだろ? お前を縛るためにそいつらはそこにいるんじゃない。まあ、俺がいくら言ったところで本人の言葉には及ばないな」

 レンはディアナからセイブザクインを取り上げると掲げる。

「彼女の騎士よ。力を示せ」

 レンはディアナから離れて夢の中で話した騎士を呼び出す。

「隊長……」

 騎士はディアナの前に跪き人差指で額に触る。

 レンとティアには何を伝えたのかわからない。だがディアナには何か伝わったようで涙が溢れ出していた。

 そして騎士はレンに向かって剣を預けてくる。

 これはきっと力を貸してやるという意味なのだろうとレンとティアは判断する。

「ディアナ。お前、今回のことどんな結末になっても消えるなよ。お前はティアの友人だからな。いなくなったらティアが悲しむ」

「レンは?」

「…………それなりに。話した相手がいなくなるのは寂しい」

「そっか」

 ディアナはレンの反応が面白いと大きく笑う。

 そして、すっとディアナが意識を失うように後ろに倒れそうになる。するとディアナの瞳の色が紅色になり肩に黄昏色の瞳の半透明のイングリットに似た少女が現れる。

 死んでいるのだから幽霊のような姿で出てくるのは普通かと思うティア。

「ティア。大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。ディアナちゃんだってわかっていますし」

「そうか」

「レン!! 結界は!?」

 二人はイングリットの言葉に水晶を慌てて見る。

 水晶からは光が消え魔力も感じない。

「ディアナ!!」

『もう水晶の中にあった魂は解放されて』

「方法はないのか!?」

『構造がわかっている魂が』

「それはなしだ!!」

「だったら兄弟が力を貸せばいい」

 顔に傷を負い服は土だらけのクラウスが近づいて提案してくる。

「これは魔力で結界を張っている術式なわけだ。魂は龍脈のマナを魔力に変換するのに必要だったんだから」

「魔力を送ればいいんだな」

「そうだ。ただ特大の奴。イングリット、ディアナの言葉に従って調整を」

「ティアもサポート頼む」

「はいっ!!」

 レンはブルーローズを地面に突き刺すと龍脈からマナを吸い上げる。

「行くぞ!!」

 水晶に手をかざし魔力を送り込む。

「うっ」

 イングリットは扱いきれない量の魔力に吹き飛ばされそうになる。

 だがティアが支えるように立ち一緒に手をかざす。

「グリットちゃん。行きますよ!!」

「ええ!!」

 レンの蒼い魔力を水晶に収める。

 水晶の輝きは結界が消える前を超える輝きを放つ。

「あとは……くっ」

 青い衣が解け倒れそうになるレン。

 塞がっていた傷が開き、鮮血が流れ落ちる。

「レンくん!?」

 ティアは慌ててレンを支えて治癒魔法をかける。

 だが一向に傷は塞がらず血だまりが広がっていく。

 顔色も青白くなり、死にそうになっていた。

「テ……ィア……」

「はい。レンくん!! 私にできることならなんでもしますから言ってください」

 レンはティアを抱きしめて首元に甘噛みする。

「ちょっ、えっ!? えっ!? ええっ!?」

 そんなことされると思っていなかったティアは驚き口を開けて固まり紅くなっていた。

 だがレンの顔色は良くなり傷も塞がっていく。

「悪い。魔力使いすぎたから少し貰った」

「もう少しいい方法でやってください。心臓に悪いです」

 少し拗ねるティアにレンは頭を撫でる。

「イングリット。外の様子は?」

「待って」

 通信機を取り出し起動させる。

「地下だけど地上本部大丈夫!?」

『姫さんか。そっちは上手くいったんだな。蒼い炎を纏った結界がこっちからも見える。こっちは城壁の兵器を展開している。射程に入ったら発射する。だが、あれは結構うち漏らすな。想定よりも数が多い。歩兵で戦うかもしれない』

バルドゥルの声が聞こえる。

 声からは焦りは聞こえていないが、相当まずい状況の様だ。

 イングリットはどうするべきなのかと険しい顔をして考えているようだ。

「到達は?」

『英雄か。射程まで十分、歩兵戦まで三十分ってところだ』

「そうか。地上まで戻ってそっちに合流するのには時間がない」

「なら。手を貸そう」

 腕がくっついたカイが提案してくる。

「何か方法があるのか?」

「俺は土の大精霊だ。地面がある場所なら飛ばせる」

「だったら。俺を魔獣の位置に飛ばしてくれ」

「了解した」

 カイは柱を二本立てその間に魔法陣を書いていく。

「聞こえたな? 今からそっちに行く」

『了解。期待しているぜ。英雄』

「レン」

「なんだ。イングリット」

「これ使って」

 イングリットから投げ渡された物はリンカーだった。

 レンは装備するとイングリットが耳に付けた。

「えっ? グリットちゃんですか?」

「ええ。ティア、魔力をレンに渡したでしょ? それにわたくしとレンの魔力の波長は八十あるわ」

「は、八十!?」

「何言っているの? ティアは百なのに?」

「えっ?」

「帝国がこっそり調べたらそうなっていたの。八十程度じゃあ甘噛み程度で魔力が回復しないわよ」

「その辺りの話は終わってからだ。イングリット。大丈夫なんだな?」

「ええっ。わたくしに任せなさい」

 イングリットが自信に溢れた目でレンに返事をするのでレンはわかったと頷く。

「できた。いつでも送れる。入ってくれ」

「わかった。行ってくる」

 一度ティアの手を握り、レンは魔法陣の上に乗って姿を光の中に消した。

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