第53話 帝国と皇帝16

 シャルロッテからレシピを借りたティアはレンにどんな料理がいいのか聞きに向かおうと通路を歩いていた。

 すると外の庭園でイングリットとクラウスが話しているのが見えた。

(あっ。グリットちゃんにも声をかけないと。あとお兄さんも)

 二人に声をかけようと歩こうとするのだが何やら難しい話をしていることに気がつき足を止める。

 それがちょうど建物に隠れるような格好になる。

 こっそりとティアは物陰から話が終わるまで待つ。

「首尾はどう?」

「順調だ。あいつらも予想通り動いて、儀式の方も準備できている。こっちも問題ない」

「そう。だったらいい。もう失敗はできないのだから」

「安心しろって、あと約束頼むぞ」

「ええ。もう必要ないもの」

 ティアには二人がどんなことを考えているのかわからなかった。だが無関係ではないような内容とイングリットの雰囲気の違いから聞いていた方がいいんじゃないかと息をひそめていた。

 いつもは明るい少女のような感じだが今は氷の女王という感じだった。

 皇帝として動いている時のイングリットだと考えれば納得でいなくもない。

 だがティアにはイングリットでないと思えた。

 ティアは何か聞き出せないのかと二人の話を聞く。

「そっちの方の準備はどうなっている? 俺たちが完璧にやってもあんたが失敗したら意味がない」

「そっちは何にも心配ない。この私がかなりの時間をかけてこの計画を完成させたのだから」

「ふーん。ならいいけど」

 熱の籠ったイングリットに対して興味がなさそうなクラウス。

 二人が協力関係を築いていることがわかり、何か良くないことを計画しているのではないかと思えた。

 ティアはもう少し聞こうと身を乗り出す。

 そのタイミングで二人が元々ティアに気がついていたようにティアの方向に歩いてくる。

 逃げなければと思うのだが足が震えて動かない。

「大丈夫だ」

 風が吹くと同時にレンがティアの隣に現れる。

 そしてレンは鋭い目つきで二人のことを見るとティアの肩に触れる。

「あら。レン。いたの?」

「ああ。ティアが俺のことを探しているだろうと思ってここまで来た。ティアが二人をお茶会に誘いたいそうだ。来るか?」

「ありがたいけどこの後予定があるの。ごめんなさいね」

「俺も用事がある。悪いな。兄弟」

「そうか。残念だ」

 完全に敵対しているような空気感が周囲に漂い、いつ戦闘が始まってもおかしくない状況だった。

「ティア。また紅茶を誘ってね。わたくしは楽しみに待っているから」

 イングリットは一度微笑むとクラウスに行くように手で指示を出すとその場を去っていった。

 二人の姿が見えなくなったところでレンが安心したように大きく息を吐く。

「戦いにならなくて良かった」

 安心したように微笑むレンにティアはぎゅっと手を握る。

 捕らえられるという恐怖が想像以上でレンが来てくれて本当に良かったと思うのだった。

「ありがとうございます」

「いや。間に合ってよかった。捕まっていたら多分あいつらとは決別することになっていた」

「そうですよね。レンくん、私が捕まったらその相手を許さないですから」

「ああ。殺すかどうかはともかくとして血は流れた」

 ティアが無事だろうと無事でなかろうとレンはティアの元に血だらけで辿り着いただろう。

 捕まることが恐ろしいこととは別にレンが帝国人と戦うのが怖かった。

「向こうも俺と戦う事は避けたいようだったからよかったが。あと数日気をつけないとな」

「そうですね」

 ティアは胸の前で手を握り大きく深呼吸して空を眺める。

 結界が空を覆っていた。

 もしかしたらあれも数日でもう見られなくなるのではないかと思うのだった。

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