第51話 帝国と皇帝14

  そして数日が経った。

「レンくん。いますか?」

 ドアの向こうからティアの声が聞こえる。

 本を机に置くと椅子から立ち上がる。

「ああ。いる。開いているから入ってくれ」

 そう声をかけるとティアがゆっくりとドアを開ける。

「おはようございます」

「ああ。おはよう」

「外、見ました?」

「いや。何かあったか?」

「帝都の街並みですがお祭りな感じに飾りづけされて綺麗ですよ」

「そうか」

「レンくんは何か発見ありましたか?」

「いや。何も」

「そうですか」

 レンが何も見つけられなくて残念だという表情をするティアだがすぐに表情を輝かせる。

「でしたら、どこかに出かけて気分を変えませんか?」

「予定はないから大丈夫だ。どこに行く?」

「えっと。この間約束した大聖堂に行きませんか? 街の様子も見られるのでいいかと思います」

「わかった。行こう」

 レンはティアの手を取ると部屋の外に出た。

 旗などの飾りで飾られた家が並ぶ街並みを見ながら歩き城の西にある大聖堂に辿り着く、

 相当作られた時代が古いのか壁に使われている石は陽によって焼かれ色が白くなり変形している物もあった。だが何度も改修工事がされているため強度は問題なさそうだ。

「共和国にはない感じですね」

「共和国は基本新しい物ばかりだからな」

「そうですね。えっとガイド本によると千年前からあるそうです」

「へぇ」

 ティアは鞄から帝都のガイド本を取り出してそう話す。

「いつの間に買ったんだ?」

「こっちに来てからです」

「見ていいか?」

「はい。どうぞ」

 ティアからガイド本を受け取るとめくっていく。

 一番目に入ったのはティアがつけたマークと付箋だ。

 レンと一緒に楽しめそうな所や綺麗な場所にマークをつけて一緒に行きたいということがわかった。

 レンはティアのことをじっと見つめる。

「どうしました?」

「抱きしめたい……が、人前だから我慢する。でも、ティア。その本に書かれた場所は絶対行くようにしよう」

「はい!!」

 嬉しそうにするティアと共にレンは大聖堂の中に入る。

 帝都の大聖堂。およそ千年前の皇帝が建てた精霊信仰の教会。

 だがその原型は初代皇帝が作った騎士の慰霊碑が元になったとされている。

 内装は何度か改装され真新しい。だが当時の建築方法を使われているため形は変わっていないそうだ。

 正面には四人の大精霊をモチーフにした絵が描かれたステンドグラスが陽の光を浴びて光り輝いていた。

 ティアは感動しているようで無言で大聖堂のステンドグラスを眺めていた。

 帝国の技術の結晶にレンもそれなりに感動した。

 眺めた後ティアはじっとレンのことを見る。

「私、レンくんと一緒にこれが見ることができて凄く嬉しいです」

「そうか。俺もティアと一緒じゃなかったら来なかっただろうから感謝している」

 ティアがレンに寄りかかってくるのでレンは受け止める。

「レンくんは大精霊についてどれくらい知っていますか?」

「少しだな。一般的な話なら。魔獣討伐に協力的じゃないからあまり興味がなかった」

「確かにそうですね。人を助けてくれる存在だけど魔獣討伐に対しては非協力的です。どうしてなんでしょうか?」

「そこまで人間に興味がないってことなんだろ」

「でも、カイさんは優しくて親切そうでしたよ」

「……じゃあ何か理由があるのだろう」

 レンはそう言うとどういうことなのかと考える。

 人に協力的だが魔獣に関してだけは協力できない。理由があるとしたら上位の存在に縛られているとか。

 そんな者がいたとしたら手に負えない。

 そんなことを考えていたら眉間に皺が寄っていたようでティアが心配していた。

「あの。もしかして不快でした?」

「いや。少し考え事をしていた。その不快って?」

「カイさんのことを嫉妬しているという話ですのでカイさんの話題を出したから怒っているのかと」

「ティアの気持ちはわかっている。そんなことじゃあ怒らない」

「そうですか。よかったです。あのどんなことを考えていたのですか?」

「大精霊が協力しない理由。俺としては何かあいつらより上の存在がいるんじゃないかって、だったら手に負えないなって」

「なるほど。それであの眉間の皺ですか」

 ティアは納得したというようにレンの顔に手を伸ばす。

「レンくんはどんな表情でもかっこいいですけど、私は穏やかな顔をしたレンくんが好きですから表情を和らげてください」

「そうか。これでいいか?」

 レンは余計なことを考えないようにしてティアと一緒に楽しむことを考える。

「はいっ。とってもいいです。えっと、確かここの隅に慰霊碑があるはずです」

「そうだったな」

 ここに来たのは大聖堂を見たかったということもあるが初代皇帝が作ったという慰霊碑を見に来たのだ。

 二人は慰霊碑がある場所まで行くと丁重に保管された大小複数の慰霊碑を眺める。

「こっちの小さい方が初代皇帝の作った慰霊碑ですね」

「ああ。名前の下の方に何か名前が書いてあるようだけど」

「えっと、昔の帝国の言葉も混ざっていますから読めません」

「そうか」

「これは『皇帝と帝国は魔獣との戦いで犠牲となった騎士を忘れない』と書いてあるんじゃよ」

 傍に居た老婆が書いてあった文字を読み二人に話す。

「そうなんですか。ありがとうございます。えっとレンくん」

「ああ。わかっている。これはもう完全にわかった」

 二人が全て理解したと目を合わせて頷くと老人は愉快というように笑う。

「ほっほっほっ。この年寄りの話が役に立ってよかった。他に聞きたいことはあるかね」

「じゃあ、この石碑に書かれている生き物はなんなんですか?」

「これはドラゴンじゃ。ドラゴンは帝国にとって皇帝を守る騎士なんじゃよ」

「そうなんですか」

「実際三十年前まで騎士として皇帝陛下に仕えていたのじゃよ」

「なるほど。それでその騎士さんは今どうしているのですか?」

「三十年前に結婚すると言って騎士を辞めた後病気になったとかで死んだそうじゃ。ちょうど今頃が命日だったかのう」

 老婆の話を聞いてレンはその騎士が誰なのかわかった。

「もしかしてそのドラゴン、帝国式剣術が使えたか?」

「ああ。そうじゃよ。よくわかったのう」

「俺も帝国式剣術を習ったからその時に少し聞いた」

 レンの言葉に老婆は少し笑うと懐かしむように話す。

「あの人はドラゴンだったのじゃが人の姿で鉄扇を持って街を歩く姿がかっこよく、色っぽくて女だけじゃなくて男も惚れたものじゃ。だが一度剣を抜けば帝国式剣術の心得どおり雑念一つなく剣のようじゃった」

「凄い色男だったんですね」

「そうじゃ。あの男はよかったのう。そなたの彼氏も中々じゃがどこか焦りがあって色気が足りぬ」

「悪かったな。色気がなくて」

「ほっほっほ。そう悲観することはない。おぬしももう少し年を重ねれば色気が増すから気にしなくてもよい。それにおぬしは人に惚れられるような男だから問題ないのじゃ」

「ですよ。レンくんは凄くかっこいいんですから」

「ほっほっほ」

 ティアとのイチャイチャを見ると老婆は笑い邪魔者は退散しようかねといいその場を去っていった。

「おばあさんのおかげで色々知ることができましたね」

「そうだな」

 レンは頷いた後石碑の前に膝をつく。

「レンくん?」

「祈っておこうと」

「そうですね」

 ティアも同じように膝をつくと手を合わせて祈りを捧げる。

 祈り終えると立ち上がり最新の石碑に歩いていく。

「最新の日付は最近ですね」

「そうだな。この感じだと帝国独自の作戦をした時に死者が出たんだな」

「……」

 魔獣との戦闘は常に死と隣り合わせ。そんなのことレンにとっては当たり前なことなのだがティアは悲しいと胸を押さえていた。

「この間の作戦、死者が出なかったのは」

「運が良かった」

 普通なら数十人と死者が出るはずだった。だが死者が出なかったのは作戦と練度、そして運が良かったからだ。

「……」

 ティアは無言でレンの手を握る。

 <百獣の王>との戦闘でレンもティアが間に合わなかったら死んでいただろう。

 ティアはそのことを考えてレンの手を握っているのだろう。

「俺はティアがいれば死ぬことはない。だけど、魔獣との戦いは死と隣り合わせだと覚えていてくれ。それに死んだ奴だって誰かが憶えていてくれれば多少は報われる。だからティア、知り合いが死んだらそいつのこと憶えていてやってくれ」

「はい……でもレンくん死なないでください」

「わかっている」

 レンが安心させるように言うのだがティアは少し怖がっているようだった。

(やはりティア。まだあの魔獣によって死んだ奴らのこと)

 死んでも気にするなとかレンが言ったところであまり意味はない。ティア自身が答えを見つけなければならない。

 だが何も言わないことは違う。

「ティア。誰かが死ぬこと怖いのか?」

 レンが聞くとビクッと身体を揺らす。

「まあ言わなくても見たら大体わかる。あの魔獣に殺された野盗のことと<百獣の王>に俺が殺されかけたことがトラウマなんだろ?」

「……」

 ティアは頷きもしないが無言というのは肯定なのだろう。

「ティア。風呂で俺の身体見ただろ? 俺の身体はブルーローズの効果でどんな傷だろうと治る。だからブルーローズを持っていない時の傷の痕しかない。だけど魔獣にやられた場所なんて数えきれないほどある。目や鼻、腕に足、脇腹、胸、内臓。ブルーローズがなければ死んでいたような物も多い。俺ですらそうなんだから普通の人は死にやすい。だけどさ。それに怯えて暮らすよりもこうやって楽しくいるほうがいい。どう過ごしても同じ時間を過ごすんだから。それをティアから俺は教えて貰った。だからティア、俺はどれだけ傷ついたとしても絶対に死なないから笑っていてくれ。俺はティアの笑顔が好きだから」

 レンが話すとティアはぎゅっとレンのことを抱きしめる。

「ずるいです。ずるいです」

「そうだ。ずるいけど俺は本当にそう思っている」

 レンはティアの頭を撫でる。

「本当にずるいです」

 ティアはレンに強く抱きしめ顔を胸に擦りつける。

 大好きだというように。

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