第40話 帝国と皇帝3
「ふぅ。ご馳走様。美味かった」
「ハーブティーのおかわりはいかがします?」
「いや、いい。多分だがもう少しで皇帝陛下が来ると思う」
「どういうことでしょう? 申し訳ございません。連絡が来ました」
シャルロッテは耳を押さえ二人から離れる。
「はい。なるほど。わかりました。お伝えします」
通話を終えてシャルロッテが戻ってくる。
「レン様がおっしゃった通り、陛下がまもなくいらっしゃるとの連絡を受けました」
「そうか。それにしても帝国の皇帝陛下か」
レンが少し考えるようなそぶりを見せるのでティアは首を傾げる。
「何か気になることがあるのですか?」
「仕事。一体、どんなことを頼むのかって。今代の皇帝陛下はかなりというより今までいないほどの天才だという話だ」
「確か私と同い年の女の子で、四年前から皇帝の座を引き継いだとか」
「調べれば調べるほど優秀な話しか聞かない人物だから魔獣の巣以外だと俺に頼む仕事がない気がして」
「帝国の力があれば大抵のことはできますし、改めて考えると何を頼むのでしょう?」
ティアとレンは同時にシャルロッテのことを見る。
「申し訳ありません。陛下からお伝えすると言われておりますので答えることができません」
「内容は知っているという事か。まあ、数分程度今更待てないってことはない。皇帝陛下から直接聞かせてもらう」
レンは身体を伸ばした後立ち上がる。
それと同時にドアがノックされ開かれる。
紅いドレスを着た紺色の髪の少女が従者を連れて部屋の中に入ってくる。
陶器のような白い綺麗な肌、ルビーのような紅く大きい瞳が特徴の綺麗な少女。
同じ女性のティアは見惚れているようで固まっていた。
だがレンは何か気になるというように少女を見ていた。
「ティア」
「えっ? あっ。はい!!」
レンに声をかけられ慌てて立ち上がる。
「別にそんな畏まらなくていいわ。あなたたちは客だもの。呼び方だって名前とか愛称でいいわ」
凛とした声でそう言うと二人と向かい合うように向こう側のソファーに座る。
「さあ、座って。そのままだと話しにくいわ」
少女に言われた通りに二人はソファーに座る。
「わたくしはイングリット・ヴァイスハイト。ヴァイスハイト帝国の皇帝よ」
「ティア・スノードロップです」
「レンだ。アッシュとか好きに呼んでくれればいい」
「ティアとレンね。わたくしも好きに呼んでいいわ」
「じゃあ、グリットちゃんと呼びます」
ティアは自分の人懐っこさでイングリットとの距離を近づける。
「嬉しいわ。ティア。お嫁に欲しいくらい」
「やらないぞ」
「冗談よ。本題に入るわ。あなた達に帝都まで来てもらうこととなった用件は二つあるわ」
二つもあるのかと息を呑むレン。
「一つ目、二人とも共和国を捨て帝国で働かないかしら?」
「スカウトか」
「今より待遇を良くするのは当然として、わたくし専属の騎士になってもらうわ」
「申し訳ないが<バベル>を辞める気はない」
「そう。別に期待していなかったからいいわ。なってもいいって言ったらいいくらいにしか思っていないわ」
「次のが本題だろ?」
「ええ。これを見て」
イングリットは二人に文字が書かれた紙を見せる。
コピーされた物だが内容はしっかりと読めた。
「『天幕の儀を止めなければ、皇帝の命はない』脅迫文ですか?」
「ええ。今から一か月前、わたくしの私室の机に置いてあったわ」
「犯人はわかっていないんだよな?」
「ええ。紙とインクはわたくしの部屋に有った物を使ったみたいで指紋もない、部屋に入ることができる人と筆跡比べたけど合う人が誰もいなかったわ」
「……犯人探しをしろと?」
「そうね。天幕の儀の時の護衛と兼任してやって欲しいわ」
「両方とも専門外だ。もう少し人選を考えた方がいいんじゃないか?」
「いえ。レン。あなたに頼んだのは間違いなんかじゃないわ。あなたが持つ二つ目の神創兵器、セイブザクインを持っていることが重要だったから頼むのよ。セイブザクインは帝国の建国の祖である女性が最初の起動者だったのよ。天幕の儀の宝珠も同じ人の持ち物だからセイブザクインを使えば共鳴させ今ある結界を強固の物にできるわ」
そう話す二人にティアはついていけないというように固まっていた。
「ティア、大丈夫?」
「その。少しついていけなくて。天幕の儀って何ですか?」
「窓から空を見て」
イングリットに言われた通りにティアは窓から外を見る。
空には薄くガラスのような膜が城を中心に広がりはるか彼方の地面に降りていた。
「結界ですか?」
「おしいな。帝都は共和国の首都フルールよりもかなり南、ルヴォンよりも少し南にある。なんでそんな安全地帯の端に首都を置いているかわかるか?」
「魔獣からの防衛に優れている? もしかして魔獣だけを退ける結界が作れるという事ですか!?」
「ああ。そうだ。その結界を皇帝の血を引く者が張り直す儀式のことを天幕の儀と呼んでいるって話だ。ただ結界の核となる宝珠が神の作った物で再現はできない」
「それは残念です。レンくん。凄く詳しいですね」
「調べてきた。裏の話までは流石にわからなかったけど」
「それでもほとんど時間がなかったのに凄いです」
「共和国に戻ったら<バベル>の資料にアクセスできるよう方法を教える。今はイングリットの話を聞こう」
「はい。グリットちゃん。犯人探しと儀式のときのボディーガードが仕事ですね。任せてください」
「頼りにしているわ」
にこりとティアの返事に笑顔を向ける。
「何か聞きたいことはあるかしら?」
「それなら、駅でイングリットに似た少女を見た。あれはあんたか?」
「あっ。そうですよね。あのぶつかった女の子、グリットちゃんに似ていましたよね。髪や目の色は少し違いましたけど」
二人の話を聞いて部屋にいた帝国人はそんなはずはないだろうとお互いに顔を見合わせて確認していた。
「今日は一日城からは出ていないわ。どういうことかしら」
「グリットちゃんじゃないならドッペルゲンガーとかでしょうか?」
「……どうだろうな。可能性の一つかもしれないが。犯人かもしれない人物と思っておこう」
「そうそう。忘れるところだったわ。レン、セイブザクイン見せてくれるかしら?」
「セイブザクインを? 構わないが」
レンは周囲の警備に目線を向ける。誰も問題にしていないようで止めようとしていない。
ブルーローズを鞘から抜くと刃に触れる。
青い光が宙に浮くと光が杖の形に変わりセイブザクインになる。
「ほら。これがセイブザクイン」
イングリットにセイブザクインを渡す。
イングリットは座ったままセイブザクインを構え魔力を送る。
「我が騎士よ。力を貸しなさい」
わざわざ呪文のようなことを言ったのだが特に何も起こることはなくイングリットは小さく笑う。
「起動者は代々帝国の皇帝だからもしかしてと思ったけどやっぱり使えないわね」
そう言うとセイブザクインをレンに返す。
「騎士を出せる神創兵器なんだよな?」
「ええ。もしかして使えないの?」
「まだ少ししか触っていないが、現状では使えない。どうもティアの魔力と相性が悪く、俺の魔力だとブルーローズに吸い取られるとかで使えない」
「そう。魔力ね。何だったらわたくしの魔力をあげようかしら?」
「だ、駄目です!!」
「冗談よ。愛されているわね」
「そうだろ?」
ティアが可愛く嫉妬するので微笑ましいと二人は笑う。
「そっちは何とかするから気にしないでくれ」
「ええ。期待しているわ」
二人がそんなことを話していると部屋の外から慌ただしい足音が聞こえてくる。
そしてドアはノックされることなく思いっきり開かれる。
「イングリット。共和国の英雄が来ているって本当か!!」
茶髪の少しだけイングリットに似ている男性。
「兄さん、接客中。そんな無遠慮に入ってこないでくれる? 帝国の質が落ちるわ」
「いいじゃないか。俺の行動で落ちるような質だったら捨てた方がいい」
そう言うと男性は大きく笑うのでイングリットは呆れたというようにため息をつく。
「はあ。全く。紹介するわ。この人はわたくしの兄のクラウス」
「兄か」
皇位継承権はあっただろうに捨てたという有名な皇帝の兄。
イングリットを狙う存在としては十分すぎる人物。
「兄を疑っているかもしれないけど、兄だけは絶対違うって断言できるわ」
「なぜ?」
「兄は皇帝なんて面倒だと思っているし、天幕の儀を邪魔したところで兄には何にもメリットがないどころかデメリットしかないわ。だからわたくしは違うと判断したの」
「そうか」
イングリットはクラウスのことを信頼しているのだろう。
クラウスはレンのことを見ると笑顔を向けてイングリットに聞く。
「なあ。イングリット。いいか?」
「はあ。兄さん。駄目に決まっているでしょ。彼らは長旅で疲れているのだから」
「そこをなんとか」
イングリットに頼みこむクラウス、レンとティアは何なのかよくわからないと首を傾げていた。
「なあ、共和国の英雄。いいよな」
「何が?」
「俺と試合」
「試合? 何かの盤面遊びとか?」
「いや、剣とか槍とか使う戦いだ」
「……」
レンは絶句して固まる。
皇位継承権を放棄しているといっても皇帝の兄で万が一何かあったらレン一人の命で済んだらいいなと思えるようなことが起こる。
どうしたらいいのかとイングリットに視線を送る。
「兄さんにお灸をすえるという骨の一つ、二つ、いっそ半年ほど動けないようにしてくれないかしら?」
「よし。イングリットの許可も出た。いくぞ。兄弟」
いつの間にか兄弟呼びになっていることに疑問を持っていると部屋から連れ出されて城の中の芝生の上まで運ばれていた。
「よし。兄弟。お前はあっち。俺はこっち」
「本当にやるのか。というかやっていいのか?」
「いいわ。好きにやって」
誰一人止める気がないためクラウスと戦闘することとなる。
レンは仕方がないと近くの兵が用意していた木剣を借りる。
「ブルーローズは使わないのか?」
「流石に人に向かって使えないので」
「そうか。それは残念だ。一度くらい神創兵器の攻撃受けてみたかった」
本当に残念そうにするクラウスにレンは苦笑いをしていた。
何もかもを灰に変える剣の力を受けてみたいなんて命知らずとしか思えない。
「まあ、俺はこのフェイルノートを使うけどな」
クラウスは歪な形の剣を掲げる。
「対魔獣兵器?」
「かっこいいだろ? パートナーがいなくても使える帝国製の最新作だ。まあ、まだ試作段階だが」
そう言いクラウスは剣を変形させる、
「弓?」
「そうだ!!」
人を狙うことに一切の躊躇いを見せることなく、魔力の矢を放つ。
木剣で弾き防ぐ。
「ぐっ」
見た目よりも重い一射にレンは姿勢を崩される。
(なんだこれ!? 銃弾位かと思ったがまさか砲弾クラスの衝撃か)
「ほら。動きを止めたらただの的だよ」
弓から剣に変形させ迫る。
身体をひねり躱す。
だが完全に躱すことはできず、腕から薄く血が流れる。
レンは垂れてくる血を振り払うと木剣を構える。
「へぇ。ようやく――」
距離を詰め話している途中のクラウスに振り下ろす。
木剣が剣に受け止められ悲鳴を上げるようにすり減る。
「はっ!!」
弾かれ後方に飛ばされる。
体制を整えようとする間にクラウスがすでに間合いに入っており、腹部に拳を打付けられる。
「ぐっ」
レンは痛みを堪え、打ちこまれた腕を掴み肩に木剣を叩きつける。
「くっ。結構効いた!!」
「はい、そこまで。それ以上は殺人になるからやめなさい」
「はー。残念。折角楽しくなってきたのに。なあ兄弟」
クラウスはレンから離れると飄々とした様子でフェイルノートを片づける。
レンは頭に上がった熱を冷まし肩で息をする。
「もう勘弁だ」
レンは木剣を兵に返すとティアの元に戻る。
「大丈夫ですか?」
「傷はそこまでじゃないが、俺は弱いなって」
「そんなことは」
ティアがフォローしてくるのだが、レンの中では核心になっていた。
クラウスが対人慣れしている上に強いことを抜いても、ブルーローズの力頼りの戦闘しかしてこなかったことのツケが来ているのだろう。
ブルーローズの力が制御できればティアを心配させることはなかっただろう。
「鍛えるしかない」
剣術を習うなどして肉体、精神を鍛えてブルーローズを使えるようにならなければ。
幸いとして帝国は共和国よりも武術が栄えている。
「シャルロッテ、いい武術を知っているか?」
「それなら帝国式剣術がよろしいかと」
「なるほど。帝国最古の剣術か」
「はい。癖がなく習うならそれがいいと言われております」
「なるほど。あとは共和国人が出向いて門下に加えてくれるかが問題だな」
「いえ。問題はないかと帝国式剣術の現師範に当たる方は予知ができますのでレン様が習うことも予見済みで弟子に伝えていると思います」
「へぇ。それは面白い。その師範に会ってみたいな。道場がどこなのか地図と借りられるか?」
「はい。後でお渡しします」
シャルロッテと約束できたところでクラウスを叱りつけて芝生の上に座らせたままイングリットはレンの元に来る。
「本当にごめんなさい。馬鹿兄が。怪我は大丈夫?」
「問題ない。ブルーローズの力でもう治った。クラウスの方は大丈夫か? 木剣で肩を叩いたが」
「大丈夫よ。武術を習っていて見た目よりも丈夫だから」
イングリットがそう言うのだがレンは少し不安で視線を向ける。
だが痛がる様子もなく平気そうにしていた。
「ほら。シャルロッテ、二人を部屋に案内して。それと一応手当ての用意も。わたくしも次の予定があるから行くわ。じゃあ、頼むわね」
「かしこまりました。レン様、ティア様。滞在してもらうにあたって帝国が用意した部屋があります。今からそこに案内するのですがよろしいでしょうか?」
「ああ。頼む。ティアもいいよな」
「はい。お願いします」
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