第36話 式典へ4
夜会が始まるとまずレンはアレンの元に向かった。
「おや。ティアは別行動なのかい?」
「ええ。知り合いが多いらしいですし、俺は不気味で誰も寄ってこないですから別行動がいいかと。それに義理を果たしたらすぐホテルに戻るなので」
「そうか。折角のパーティーなんだから楽しんだ方がいいよ」
迎賓館の中夜会会場は外の庭に負けないほど豪華だった。
大理石の壁には絵画、黄金の燭台、天井には煌めくガラスのシャンデリア、大理石の台座の上には有名芸術家の壺、レンとアレンが乗っている広さで家が買えるほどの値段がする絨毯が床の一面に敷かれている。
「……楽しめますか?」
「ははは。その気持ちもわかるよ。気は抜けないけど、珍しい華やかさを楽しむんだよ」
「そういうものですか」
「そうだ。僕に何か用があったんじゃないかい?」
「ええ。これを返そうと思いまして」
レンは式典前に貸してもらったネクタイピンをアレンに渡す。
「おや。別に返さなくても良かったんだけど」
「それは……、いえそこは借りた物ですから」
「そうか。確かに受け取ったよ。そういえば、君の同僚もここにいるんだよね?」
「はい。確か、あちらに起動者のノアが、向こうに彼のパートナーのロサリアがいます」
「なるほど。ありがとう。一応、ティアの先輩に当たる人だから挨拶でもしておこうかなと」
「そうですか。俺から紹介しましょうか?」
「いや。いいよ。自分でやるから」
「わかりました」
「じゃあ、僕は行くね」
アレンがノアたちに声をかけに行き、また一人になるレン。
誰も話しかけてこない。
レンは懐から時計と招待状の封筒を取り出す。
「時間か」
レンはちらりとティアのことを見る。知り合いと楽しそうに話をしているようでレンのことは視界に入っていない。
「これなら抜け出してもいいな」
レンは一人夜会の会場から抜け出し指定された噴水の前まで向かう。
「流石に誰もいない。しかも警備までいない」
噴水の周囲までは警備が数人までいたのだが噴水付近では完全に人払いしてあるのか人がいない。
「時間まであと五分。予想通りの人物だといいが」
時計を眺めながら待つ。すると一分ほど遅れて足音が近づいてくるのが聞こえた。
レンはゆっくりとその方向を見る。
輝かしい金髪に澄んだ青い瞳、紅いドレスの少女がいた。
彼女はティアの友人のノエルだ。
「やっぱりあんたか」
「……すみません」
「いや、謝らなくていい。事前に手紙を貰っていたから予定に組んであった」
「でも、パーティーを途中で」
「別につまらなかったいい」
「つまらなかった……ごめんなさい」
「なぜあんたが謝る?」
「その……私の家が用意した物ですから」
「そうか」
落ち込むので気にしないようにしてもそれがまた落ち込ませることなり、とことん相性が悪いなと思うレン。
「それで、何か用があったんだろ? 個人的な依頼は受け付けていないがティアの友人だ。特別に受けよう」
「依頼ではないです……。許嫁の件で話をしたくて」
「それか。あんたの父親から聞いたが、そんなものは元々ない話だったが」
「はい……。お父様から先ほど聞きました」
「俺に伝えに来たんじゃないよな。じゃあどういう話なんだ?」
レンが聞くとノエルは顔を俯かせて身体を落ち着かないというようにもじもじしていた。
彼女は自信満々で人と話せるようなタイプではない。だが今のノエルはそれとは別の事でレンに話せないでいるようだ。
「「……」」
待つしかないレンと話せないノエル。沈黙が続きいつまでもこの状況が続くのかと思ったがノエルがレンのことをまっすぐ潤んだ瞳で見つめる。頬は紅くまるで恋する少女のようだ。
「レンさん……」
「ああ」
「私、あなたのことが……好き……です」
消えてしまうような声だったが確かにレンの耳に届いた。
聞き間違えではない。だからこそ困るのだが。
「俺か。ノエル、お前と俺はそれほど接点ないはずだろ?」
「はい……ティアちゃんと一緒に会ったのが初めてです……でもその時にレンさんを見てから頭の中はレンさんのことばかりで……考えたら胸がドキドキして……きっと一目惚れをしました」
「……そうか」
「困らせてしまうかもしれないけど、伝えたくて……」
「俺は……」
「わかっています。ティアちゃんと恋人……なんですよね」
「いや、恋人ではない。だけど彼女のことは一番大切だと思っている」
「……二番でも三番でもいいですから私をあなたの心の片隅に居場所をくれませんか?」
「……」
完全に告白をされどう返していいのかと考えるレン。
(一夫多妻、一妻多夫をする人はいるが、付き合う付き合わない以前に彼女のことを知らない)
「すまない。俺はあまりにもあんたを知らない。あんたも俺を知らない。俺のことを知ったらきっと好意はなくなる。だから――」
「嫌っ!! それだったら私はあなたを知ってから嫌いになりたいです」
「……」
はっきりと意見をしてきたため予想外とそこまでの覚悟があるのかと思う。
「だが、ティアとは友人だろ。関係は悪くしたくないよな?」
「……それは……はい」
流石に嫌だというように俯くノエル。
友人の想い人を好きとなり恋人になったなんてなったら関係は壊れてしまう。
「だから――」
「二人で、何をしているんですか?」
最悪な状況でティアが現れてしまう。
傍から見たらレンとノエルは夜会を抜け出しこっそり会っている、まるで恋人のよう。いくらティアが手紙を貰っていることを知っていても流石にそう思ってしまう。
ティアの目からは大粒の涙が出ていた。
「ティア」
レンはティアの手を持ち逃げられないようにする。
「話を聞いてくれ」
「……」
「招待状と一緒に入っていた手紙の相手がノエルだった。それでノエルが俺に言いたいことがあったから話を聞いていた。それで――」
レンは何とか二人に亀裂が入らないようにと内容を考え話す。だがノエルが動きレンの右腕に抱きつく。
「私、レンさんに告白しました……。ティアちゃんが大切だからと言われて、私はそれでも諦めたくなくて二番でも三番でもいいからと言って……」
「ノエルちゃん……」
ティアはノエルの目の前まで歩いていってじっと真っ直ぐノエルの目を見る。
「私……ティアちゃんと喧嘩したくないよ。でも、それよりもレンさんと一緒に居たいの」
「……」
ノエルの言葉を聞いてティアはノエルに近づいて額を合わせる。
「そうですか。好きになったんですね。わかります。レンくんはかっこいいですから、私はそれについて怒りません。ただ一つだけ、ノエルちゃんに許せないことがあります」
「なに……?」
「二番でも三番でもいいっていうところです。そんなのいいわけないじゃないですか。私のことを気にして諦めないでください。私はノエルちゃんにも幸せになって欲しいんですから」
「ティアちゃん」
「それに好きになったのはレンくんです。一人や二人くらい増えても幸せにしてくれます、ね」
二人してレンのことを見てくるのでレンは困ったように頭をかく。
「あのな。甲斐性を求められているなら男を見せるが、ノエルには言ったけど、見せる以前にお互いよく知ってだな」
「うん。わかった……よく知ってもらうためにルヴォンに住む」
「また一緒に買い物できますね」
女子二人は嬉しそうにしているのでさっきまで喧嘩しそうだったのに仲良く笑い合っていたので女子とはわからないものだと思うレン。
「とにかく喧嘩にならなくてよかったな」
「実はノエルちゃんがレンくんのことを好きなんじゃないかなって思っていまして、手紙もノエルちゃんの家からでしたから予想で来ていて」
「じゃあなんで泣きそうだったんだ?」
「それは……」
あからさまに目を逸らすティア、だが腕を掴んでいるから逃げられない。
「……レンくんとノエルちゃんが密会するような恋人になっていて私がお邪魔虫かと思って」
「そういうことか。大丈夫だ。ティアは俺にとって一番た――」
レンは話している途中で何かに気がついたようで話すことを止める。
「どうしたのですか」
「いや。今更か。それでティアが安心できるのなら安い物だ。俺はティアが一番大切だ。世界で誰よりも君のことが好きだ。だからお邪魔虫ってことはない」
完全に告白だ。レンは恥ずかしさで少々紅くなるが言われたティアはレンより紅くなっていた。
そしてティアは自分の顔を隠す様に左腕に抱きつく。
「はい。私もレンくんが好きです」
「そうか」
近いようなことは言ったがはっきりと好きと言ったのは初めてだ。
「これで……二人は恋人です。キスとかしますか?」
「「……」」
流石に今告白したばかりなのにキスをするのはできない。それはティアもそう思っているようで無言でいる。
「まあ、キスのようなことはしているからその内な」
「「えっ?」」
しているはずのティアまで驚くのでレンは説明をする。
「一応になるか。ティア、俺に人工呼吸しただろ? あれが俺の初めてだ。カウントしないならカウントしないでいいが」
「いえ、いえ。私がレンくんのファーストキスの相手です!!」
興奮したようにぐいっとレンに顔を近づけるティア。だが近いのですぐに顔を紅くして背ける。
「まあ、これでこの話題は終わりとして、ノエルは行動する前に親に相談するように。俺がお前の父親に殺されることになるからな。わかったな」
「……うん。何とか説得する」
「で、ティア。俺はこのままホテルに戻るつもりだがどうする?」
「えっと、夜会には戻らないのですか? 料理もサラダを一口とチーズを一口、水一杯しか口に運んでいないのですが。美味しそうな果物とかありましたよ?」
「……よく見ているな。てっきり視界に入っていないかと思っていた」
「好きな人ですから目で追います」
「そうか。だが果物か。あまり興味がない」
「でしたら、この数日間会えなかった分、夜会で傍に居ますから」
会えなかった分を補いたいという気持ちがわかる。ティアはかなり寂しかったようだ。
仕方がないかとレンはティアのことを優先することにした。
「わかった。飲食はしないが夜会に戻る」
「はい。じゃあ、ノエルちゃん、そっち。私はこっち」
二人はレンの腕に二人はしがみつき、まさに両手に花という状況。ただ他の者が見たらどう思うのか。
(十中八九。女たらしだの。性に淫らなんて言われるだろう)
想像して後から大変だろうと腹を括った。
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