第35話 式典へ3
そして魔獣の巣の破壊及び未知の魔獣の討伐を記念した式典の日となる。
着慣れない礼服を着てレンはティアを待つ。
「来ると言っていたけど間に合わないってことはないよな」
レンは時計を眺め式典に参加する貴族を影から眺める。
「おや。レンくんじゃないか」
「アレンさん」
ティアの父親であるアレンがレンのことに気がつきにこやかな笑顔を向けながら話しかけてくる。
「よく似合っているよ」
「ありがとうございます。俺としては着慣れない格好でちゃんと着られているのか不安です」
「ははは。僕もそうだよ。っと、君にこれを貸すようにって、クラウディアに言われていたんだ」
そう言ってアレンは宝石でできた氷の結晶の形の装飾がついたネクタイピンを渡してくる。
「これは?」
「ちょっとしたお守りだよ。折角の晴れ舞台だからこれをつけて欲しいんだ」
「ありがとうございます。少し高価そうで緊張しますね」
「いいんだよ。ははっ。僕も父から貰った時は重みに腰が引けたよ」
「えっ。父って」
「っと、そろそろ僕も挨拶回りしないと」
「行ってしまった……」
レンが止める前に逃げるようにアレンはその場を去ってしまった。
手に持つアレンから貸してもらったネクタイピンをつける。
「歪んでいない。大丈夫だな」
鏡で確認し問題ないと判断していると後ろからヒールの足音が聞こえる。
わざわざレンの元に来るのだから知り合いなのだろうとゆっくり振り返る。
「あっ……」
思わず声が漏れてしまう。
レンの視界に入ったのは美しい水色のドレスに宝石がちりばめられたアクセサリーを身に着けているがそれに負けるどころか勝っている美しい白髪の少女。
「あの。レンくん」
「ティア……」
見惚れるどころか目が一切離せないほど、瞬きするのがもったいないほど綺麗。
「あの」
「綺麗だ」
「え?」
「あ、すまない。あまりにも綺麗だったから口から出てしまったようだ。語彙力がなくて悪いな。ティア、綺麗だ」
「ありがとうございます」
ティアは少し照れたように頬を染めてレンに微笑む。
手の爪には薄いピンクのネイル、髪は少しウェーブがかかり、化粧もほんのり気がつかない程度にしてある。
「レンくんも凄く大人でかっこいいです」
「そうか? 着慣れなくて似合っているかどうかわからないほどだ」
「誰も見ただけではわかりませんよ。レンくんは物語の王子様のようで」
「それはよかった」
レンが安心したように笑うとティアはじっとレンのネクタイを見る。
「そのピン。私の家の家紋が入っていますが……」
「ああ。アレンさんから貸してもらった」
「なるほど。そういうことですか。見たことがある物だと思っていました。お父様が着けていた物なんですね。でも、それはお爺様から貰った物で、お爺様はひいお爺様から」
「代々伝わっている物なのか」
それをわざわざレンに貸したという事はつまりそういうことなのだろう。
二人とも意味が分かり顔を紅くして違う方向を見る。
「そ、そういえば。この数日どうしていたんだ?」
「あ、実はお母様に色々連れていかれまして」
ティアはここ数日何をしていたのかレンに話した。
まず今着ているドレスを作るために採寸を受け、その後合うアクセサリーを買って、エステ、ネイル、ヘアカットと美容系のことを受けた。それからはレンとどうなったのかなどを念入りに聞かれた。
「と、こんな感じがここ数日です。レンくんは?」
「俺は特に何もしていない。ティアが来るかと思って待っていたというのもあるが。ノアとロサリアはホテルが同室で街の方にも二人で出かけていて仲が良さそうだった」
「そうですか。すみません。どこからお母様が情報を手に入れたのかわかりませんが一人にしてしまって」
「子どもじゃないんだから平気だって。ティアのその姿が見られただけでもおつりがくるくらいだ」
「ありがとうございます」
レンの言葉にティアが照れているとスーツを着た男性が近寄ってくる。
金髪に青い瞳の穏やかな中年男性。きっと貴族だろうという風貌だがレンの知り合いではない。
であれば、ティアの知り合いだろう。
「やあ、ティア。こうして話すのは卒業式以来だ。元気にしていたかい?」
「はい。充実した日々を送っています。セザール伯父様もお元気そうで」
「ああ。健康が私の取り柄だからね」
セザール伯父様とティアに呼ばれた男性は明るく笑ったあと、レンのことを見る。
「それにやっと会うことができた。君、どういった風に呼べばいいかね?」
「……コードネームでもあだ名でもどちらでも」
声が低く目つきが鋭くなってレンが完全に警戒しているのを見て、ティアは慌てて男性のことを紹介する。
「この方はこの間会ったノエルちゃんのお父さんで、セザール・レインさん。共和国の首相です」
「なるほど」
「ははっ。まさか知られていないとはこれは困った」
「外に出ることが多いため。無知で」
「いやいや。おかげで各地の安全が守られているわけだから。この機に頭の片隅にでも憶えていてくれればいい。それよりも今回来てくれて感謝している」
「ええ。かなり遠いのでしばらくはゆっくりしたいですが」
レンはセザールの言葉にかなり不快さを混ぜて返す。
「夜会の後だったら我が家に来てはどうだろうか? 最高のもてなしをしよう」
「光栄ですが今夜は先約がありますので」
「ほう。そうか。では、また今度。ところでティア。アッシュ殿はなぜ私のことを警戒しているのかな?」
「それは……レンくんが親しくない人に冷たく接する人だからです」
「なるほど。では、やはり酒を飲みかわし私を知ってもらうしかないようだ」
「……一つ、娘を俺の許嫁にするというのは?」
レンが低い声で聞くとセザールは困ったような表情をする。
「共和国に君を留めさせる案としてあった話だ。ある者がそう提案してきたが却下したんだが、どこからか話が漏れてしまったようだ。安心したまえ。私の娘は娘が結婚させなければ家を出ていくとでも言わない限り誰とも結婚させるつもりはない」
セザールのどんな手段も取るという殺気の籠った眼に本当なのだなと思うレン。
「まあ、それが嘘ならあなたをそれほど嫌う理由は無くなります。あなたはどうやら人でなしではないようで」
「じゃあ、酒を」
「それはまた。時間がとてもある時に」
レンは穏やかな表情をして躱す。
「では、その時のために上物のワインを用意しておこう。おっと、そろそろ私も行かねば。では壇上で」
ひらひらとレンとティアに手を振りその場を去っていった。
それを見送った直後ティアはレンに話す。
「セザール伯父様は悪い人じゃないんですよ」
「それは少しわかった」
「家庭的で友好的で、首相に選ばれるほどの人なんです」
「……ティアがそう言うのならそう憶えておく。そろそろ時間だ。俺たちも会場に行くか」
「はい」
二人も式典会場に向かう。
季節の花が花壇にずれもなく花が植えられ、低木は鳥、犬、猫、それに有名石像の形に切られて、中心には噴水がある美しい庭の一角に式典の会場が作られていた。
ここはエスポワール共和国の迎賓館。
エスポワール共和国の国賓などを招くため贅の限りを尽くした場所。
レンとティアは待機所で自分の番を待つ。
式典が進み、魔獣の巣の破壊に功績を遺した者が次々と勲章など受け取っていた。
それを見てティアは表情が固くなっていた。
「少し緊張しますね。外国の方たちもいるようですし」
「巣の破壊は人類初だからどんな奴がやったのかと見て来いと国の上層部に言われているんだろう。ティアはこういう式典はあまり出たことがないのか?」
「そんなことはないのですがこうやって皆さんが称えられているのを見ていると私たちがやったことが凄いことだったって実感して」
「そういうことか。確かに人類初の偉業だが、俺たちはいずれ全部の巣を破壊する。慣れるしかない。大丈夫だ。俺がいる。一緒だったら問題ないだろ?」
「はいっ」
ティアの緊張を取っていたところ最後のトリである二人の番になる。
『さて、最後は巣の破壊と未知の巨大魔獣を討伐した神創兵器を扱う青年とパートナーの少女の二人』
「っと、呼ばれたか。行くか」
レンが先導して登壇する。
壇上の中心ではマイクの前でセザールが待っていた。そして会場の客席ではレンの姿を見て一斉に十以上のカメラのシャッタ音が会場に響く。
レンは表情一つ変えることなく中心に立つ。
「少しくらい緊張した方が、人気が出るかもしれないよ」
「人気のために魔獣を倒しているわけではないので」
「そうか。皆、今まで一度も来なかった英雄がこの会場に来た」
セザールは傍付きの者からレンとティアに渡す勲章を手に取る。
「これからも共和国のため。人類のために頑張ってくれ」
「「はい」」
二人はそれぞれ十字が描かれた青色の勲章を受け取る。
「さらに<ブルーローズ>殿には騎士の地位を与える」
セザールはレンに剣と百合が描かれた紋章を渡す。
「共和国のため世界のためより一層励みます」
レンがそう宣言すると会場内は一番の盛り上がりを見せた。
そのまま昼の部が終わり、レンは庭で一人過ごし夜を待った
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