第32話 戦いが終わって

 レンが目覚めるとそこは見知らぬ天井で、全身が痛み頭痛が酷かった。

「よお。起きたか。アッシュ」

 視界に最初に映ったのはノアだった。

「あ、てぃあじゃない」

 擦れた声でどうしてノアなのかと言うのでノアは苦笑する。

「悪いな。ちょうど、ティアは外の空気を吸いに行ったところだ」

「そうか」

「水でも飲むか?」

「ああ」

 ノアはコップに水を汲んでレンに渡す。

 レンは手を伸ばそうとするが指が上手く動かず取れない。

「ほうたい」

「あー。お前、無理やり魔力使っただろ? 指先が壊死して、魔法で何とか治したがまだ完全には治っていない」

「そうか」

「飲むか?」

「いい」

「だよな。男から飲まされるなんて嫌だよな」

 ノアは笑いながらコップを置く。レンはそれを待ってから大きく呼吸をしてから聞く。

「どうなった? あの世じゃないんなら勝ったんだろ?」

「ああ。結論から言えばあの魔獣はお前が殺した。巣の復活もない。人類最初の偉業を成し遂げたってことだ」

「死者、負傷者は?」

「負傷者はいる。ただ一番の重傷はアッシュ、お前だった」

「そうか」

「ただここからが悪い話だ。<百獣の王>の素材は回収できなかった」

「本体はともかくとして角は? あれは別に落ちただろ?」

「ああ。ただ回収しようとしたところ角が砕けてそれが出てきた」

 ノアがそう言ってベッドの横を指さす。

 そこには槍のように先端が尖っており、旗のように布がついていて、持ち手は木で杖の様な物があった。

「これは? まずなんだ? 旗なのか? それとも杖なのか」

「<バベル>で調べたところそれは神創兵器だとわかった。名前はセイブザクイン。<騎士の集う杖>。起動者はアッシュ。お前だ」

「色々言いたいんだが」

「わかるが、あまり聞かないでくれ。技術課もわからないって首を傾げていたんだ」

「わかった。他に悪い話は?」

「ティアが凄く怒っていた」

「……そうか」

 レンが物凄く困ったという表情をするのでノアは腹を抱えて笑う。

「お前がカノンを撃った後、倒れてティアが駆け寄ったら息もしていない心臓も動いていないって必死に救命措置していた。俺らが来た後は、心臓マッサージをアーロンに変わったが人工呼吸はティアがやり続けた。なんとか息を吹き返した後も魔力をブルーローズに送っていた」

「まさに命の恩人だ。それで胸が一番痛いのか」

「骨が折れているがそれくらいしないと蘇生できなかった。それで容体が落ち着いた後、ティアがお前に絶対一言言ってやるって泣きながら怒って言っていた」

「そうか」

「っと、ティアで思い出したが角折る前にお前とティアが話していた会話、あれリンカーの回線が開いていて同調していたやつら全員に聞こえていて」

「……は、はあ!? そのことをティアは?」

「まだ誰も言っていない。いやーあれは熱烈なプロポーズだったな」

「……」

 どうしたものかとレンが考えていると病室のドアが開きティアが顔を出す。

「おっとお待ちかねのティアだ。お邪魔者は退散するとしようかな。アッシュ、退院したら激辛料理付き合ってやるから早く治せよ」

 そう言ってノアは病室から出ていってしまった。

 二人きりになったレンとティア、静寂が部屋の中を包み込んでいた。

 ティアは黙ったままレンの寝ているベッドの横に椅子を持ってきて座る。

「ティア」

「レンくん。私に言うことがありますよね?」

「色々悪かった」

「そうです。ずっと一緒に居るって言ったのにカノンを無理やり起動するとか無理ばかりして。最後には心臓が止まったなんて。凄く心配したんですよ!!」

「悪かったと思っているけどあそこで俺が無理しなかったらみんなが死んだし、魔獣を殺せなかったわけで」

「わかっていますし、あれは必要なことだったことも理解しています」

「だったら――」

「もっと上手くやってください!! 私に頼るとかできましたよね!!」

「……魔力なかったよな?」

「だとしても、私も何とか魔力を作りましたし」

「死ぬほど痛かった。それをティアにさせるわけには」

「レンくんが死ぬくらいならそれくらい耐えてみせますっ」

 ティアは今にも泣き出しそうな表情になりレンに抱きつく。

「だから死なないでください。無理しそうなら私にも背負わせてください。レンくんがいなかったら私は生きていけないくらい」

「ティア……」

「私は……レンくんのことが――」

 ティアは目を閉じてレンに顔を近づけてくる。レンは受け入れるように目を閉じて動かない。

「目が覚めたという話を聞きましたが」

触れるか触れないかのところで看護師がドアを開けて入ってくる。

二人は慌てて距離を取る。だが看護師は二人が何をしようとしていたのか気づき口元に手を置き微笑ましそうに笑っていた。

「若いっていいわねー。だけどここは病院だから大声が出るようなことは駄目よ」

「「しませんから。それにしていません」」

 二人で揃って紅くなりながら言うのでさらに看護師は仲がいいわねと笑う。

「それだけ元気なら問題なさそうね。一応、安静にするように先生に言われているから興奮して暴れないでね」

 好きなだけ言って看護師は部屋を出ていった。

 タイミングを逃してしまい雰囲気も無くなってしまって二人は離れる。

「あー。ウッドマンには会ったか?」

「はい」

「どうだった?」

「レンくんほどの重傷ではなかったですけどレンくんが回復した今だと一番の重傷者です」

「そうか。おっさんの癖に無茶して。部屋は隣だよな」

 レンはベッドから降りると点滴を持ち部屋の外に出ようとする。

「ちょ、ちょっと待ってください。一週間も寝たままだったのですよ」

「ああ。わかっている。だとしても会わなければならない。ティア、手伝ってくれ」

「……はい」

 かなり不満そうだったがティアはレンのことを支えて部屋を一緒に出ていく。

 隣の部屋に入るとまだ寝ているウッドマンがいた。

「全く、とんだ無茶をしたなウッドマン」

「君が不甲斐ないからだよ」

「そうだな。助かった」

 レンが素直にそう言うと偽物なのではないかと目を丸くするウッドマン。

「見た目だけじゃなくて中身まで変わったのかい?」

「人が素直になればそんなことを言って。だが、見た目が変わったか。鏡を見ていないから知らなかった」

「レンくん。鏡です」

「ああ。髪の色が変わったのか」

 黒交じりの灰色の髪だったが、黒色が抜けて完全に灰色一色になっていた。

 生命力を使いすぎたことによる反動だろう。

「ウッドマン。あんたがいなかったらあの時、俺は立てず、みんなを守れなかった。それに今回のことだけじゃなくて今までのこともあんたには感謝している」

「……そうか。そうか」

 ウッドマンは安心したというように目を閉じる。

 まるで過去を懐かしむように。

「君は変わったのだね」

「ああ。ティアのおかげで」

「そうか。ティア君。ありがとう。どうか、アッシュをこれからも頼むよ」

「はいっ」

 ティアはウッドマンにはっきりと笑顔で答えレンに寄りそう。

 まだ二人の道は始まったばかりなのだから

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