第31話 魔獣の王6

 落下していく。

 目の前には巨大な穴から這い出ようとする<百獣の王>が上を向いているのが見える。

 速度に身を任せながらブルーローズに魔力を送りこむ。

「オオオオオオオオッ!!」

 全気力を籠った雄たけびを上げ振り下ろす。

 次の瞬間、周囲の空気が揺れ大地が泣くように崩れる。

 だがそれでもまだ角は切断できない。

 奥歯を噛みしめてありったけの魔力をブルーローズに送る。

 甲高い音が響き<百獣の王>の右角が根元から地面に落ちる。それとほぼ同時に翼を構成していた剣が一斉に消える。

 <百獣の王>の頭部から飛び降り、地面に着地すると落下地点の傍に居るノアに声をかける。

「どうなった?」

「成功だ。内部のエネルギーが乱れているってよ。それに頭に衝撃を受けてフラフラで、っと、離れるぞ。フラフラな足に踏まれる」

「ああ」

 二人は距離を取り足踏みが落ち着くまで様子を見る。

 基地から兵器の弾が飛び<百獣の王>に降り注ぐ。

「刺さっているところ見るに効くようになったな」

「効くようになったってことは殺せるってことだ」

「だがあれは相当怒っているな」

「アッシュのこと両目でガン見だ。熱烈だな」

 <百獣の王>の不気味な双眸はレンのことを凝視し敵意をむき出しにしていた。

 先程までの無関心に比べればかなり状況がいい。

「ちょっと待て。なんか様子が変だ!!」

 ノアが声を震わせ周囲に知らせる。

 <百獣の王>が左右に揺れて翼だった個所が変形し、触手のような肉の塊が複数現れ空を覆うように周囲に広がる。

 地面に突き刺さる触手を斬り囲まれることを防ぐ。だがそれでも処理するよりも増殖する方が早く肉の檻に囲まれる。

 肉の塊が膨れ上がり不快な破裂音が一斉に響きおびただしい目玉が現れる。

 背筋に寒気が走りレンたちは顔を引き攣らせる。

「気持ち悪い」

 千を超える目玉がレンのことを凝視し怪しく輝く。

 空の星が全て凶星になったかのように。

「ッ!?」

 避ける隙間などない光線が降ってくる。

「やるしかないッ!!」

 魔力がもうほとんどないため一度しかできないが防がなければノアたちが巻き込まれる。

 ブルーローズに魔力を送ろうとしたその瞬間、基地から轟音が聞こえ紅い流星が肉塊の空を貫き<百獣の王>の首に鋼鉄の塊が突き刺さる。

 肉の壁に空間ができ外に出ることができる。

「アッシュ!!」

「ああ。そっちは任せるぞ」

<百獣の王>の包囲を抜けレンは前線基地に向かう。

 呪いから作られる光線を躱しながら基地に入り込んで指令室の外にあるカノンを目指す。

『アッシュ。チャージは終わっているわ』

 基地の放送からロサリアの声が聞こえる。

「わかった」

 非常階段を駆けあがり指令室の前まで来るとちらりとティアのことを横眼で見てカノンのトリガーに触れる。

『左側に動力炉があるからそこに触れて力を送って』

「わかった」

 蒼い炎をカノンの動力炉に送り込む。

『あとは頭部を撃って!!』

 レンは大きく深呼吸をすると目を閉じる。

 雑念を捨てただ敵を殺す。

「発射」

 カノンから蒼い光が箒星のように尾を残しながら射出され<百獣の王>の頭部に突き刺さる。

 熱波と衝撃波と灰が舞い上がり<百獣の王>の姿は見えない。

 放送もノイズだらけで何か言っているのかわからない。

 当てた感触はある。効いているはずだろう。

「ッ!?」

 灰の中から聞こえる足音で<百獣の王>がまだ生きていると理解させられる。

「くそっ!!」

 レンはカノンを叩き灰の中から現れる<百獣の王>を睨む。

 普通の魔術師の魔力を三十人分集めそこにブルーローズの力を乗せただけでは威力が足りなかった。頭部の肉を抉り内部のコアの輝きが見える程度の威力。

 あと一発カノンに撃てば殺せる。

 レンはカノンの装填箇所に触れる。

 ほとんど魔力がないが魔力を作り出す方法はある。

 生命力を魔力に変えるという方法。

 蒼い炎を纏いカノンに魔力を送る。

「ぐぁ」

 血が沸騰して全ての血管が悲鳴を上げる。

 目は充血し鼻から血が流れる。

 それでもレンは魔力を生成しカノンに送る。

『ちょ……ン……』

 スピーカーから放送が聞こえるが上手く聞こえずわからない。

 きっとロサリア辺りが制止しようとしているのだろう。

 だがここで止まるわけにはいかない。

 <百獣の王>はすでに基地の防護壁を乗り越え迫り来ている

「あぐぅ」

 心臓が痛みこれ以上は止めろと言ってくる。

 足も手も震えカノンにしがみつくのですらきつくなっていた。

 だがそれでもレンは魔力を送る。

「――」

 <百獣の王>は叫び声のような咆哮をあげ、口だった場所から先ほどの高エネルギー弾が作れられていた。

 絶対間に合わないだろうがもう動く体力もなく動くことはできない。

「ふむ。君はここで諦めるのかね。アッシュ」

 そこにいるはずもない者の声、とっくに逃げているはずの姿がそこにいた。

「う、どまん」

 ウッドマンがレンの横に立ち小型の古い銃を<百獣の王>に向けていた。

「君はここで終わる男ではないだろう? 最後の時間くらいなら私が稼ごう。だから君は自分の全てを使うんだ」

 ウッドマンは引き金を引き目の前にいる<百獣の王>の口に弾を打ち込む。

 威力はないがエネルギーを霧散させ時間を作る。

 だがその代償にウッドマンは口から血を流し倒れる。

 レンは奥歯を噛みしめブルーローズを床に突き刺し立ち上がる。

 鞄から注射器を取り出すと首に打つ。

「アアアアアッ!!」

 化け物のような声を上げると血走った眼で真っ直ぐ<百獣の王>睨み、カノンを握る。

 全身が燃えるように熱く痛い。

「だがそんなのどうしたっ!!」

 ここまで来られたのは数多くの仲間の協力があったから、その仲間が信じて奇跡を起こしてくれと託してくれた。

 ならば答えなければならない。

「ブルーローズ。俺に力を!!」

 蒼い炎が地面に広がり周囲、地底のマナを魔力に変換、カノンに注がれる。

『カノン充填完了です!!』

 ティアの声が放送から聞こえる。

「吹き飛べッ!!」

 カノンの砲身が開き青空のような蒼い光が放たれる。

 一瞬の静寂が世界を包む。

 全てが収まった時、灰に変わった<百獣の王>の残骸が現れた。

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