第29話 魔獣の王4

鋭い痛みで目が覚め、少しの間気絶していたのだと理解する。

 全身の痛みで肺が苦しく呼吸が上手くできない。その上頭を打ったせいで視界がぼやけ思考がまとまらない。

(ブルーローズはどこだ?)

 ぼやける視界を動かすと離れたところに蒼い光が見えた。

 なんとか取らなければと立とうとするがそこで右腕が肩からないことに気がつく。

 ブルーローズの回復が間に合ったようで右肩止血はできている。

 だが左足はふくらはぎから折れた骨が突き出し皮膚を裂いて血が溢れていた。

(立てそうにない)

 痛みで麻痺する身体を無理やり動かし近くにあった木に背をもたれさせる。

「はっ。ふぅ」

 なんとか呼吸をしようと息を吐く。

「止血……しないと……」

 血の臭いで魔獣が寄ってくる。

「グルルッ」

 その予想通り小型の魔獣が三匹寄ってくる。

 いつもなら簡単に殺せるだろうが左手しかなく武器も魔導拳銃があるだけで弾もそれほどない。

「ぐっ」

 脇腹や脚に噛みつかれ苦悶の表情を浮かべるが、これだけ近ければ当てることができる。

 魔獣の腹部を撃ち抜き灰に返る。

 それと同時に魔導拳銃の弾生成部分が砕け全体が灰になる。

「最期まで……」

 感謝をすると同時にレンは空を見る。

 視界がぼやけている上に月も何も見えない。

 死ぬのは怖くないと言っていたが、魔獣に下半身を食われ、痛みからか泣きじゃくりながら死にたくないと言っていた同僚のことを思い出す。

 自分は死にたくないのだろうか。いや。

「ティアに感謝だな。あいつとも和解できて」

 何もかも残したことはないといえる。これで死んでも悔いはないだろう。

 その瞬間、泣くティアが見えた気がしてレンは苦笑する。

「いや。一つだけ合ったな。ティアにちゃんと別れ言えなかった。いや、ティアの作ったカップケーキ、あれもまた食べたい」

 思えば思うほどティアと別れたくないと思ってしまう。

「それに約束守れなかったな」

 レンが諦めたように目を閉じると聞こえるはずのないエンジンの音が聞こえてくる。

 こんなところに誰かが来るはずもないと思うのだがその音は大きくなる。

 そして爆音と共に木をなぎ倒し一台の小型輸送車が現れる。

「レンくん!!」

 輸送車の運転席から絶対に来るはずのないティアが出て来て真っ青な顔をして駆け寄ってくる。

「ティア。なんで」

「レンくんが戦っていると思ったから手伝いに来たんです。それよりもレンくん傷の手当てを」

「鞄……あそこにある。取ってくれるか」

「はい!!」

 レンから少し離れたところにある鞄をティアは取りに行きレンに渡す。

 鞄から注射を二本取り出すと太ももに刺す。

「何を打ったのですか?」

「痛み止めと気つけ薬。これで少し動けるようになる。ブルーローズを回収して」

「ま、待ってください!! そんな足で動いては駄目です」

 レンが折れた足のまま立とうとするのでティアは静止させる。

「だが、足を治すにはブルーローズがいる」

「だったら、私が取ってきます」

「待て」

 レンの制止を振り切りティアは五十メートル先に転がっているブルーローズに向かって走り出す。

 ブルーローズは鞘から出されていて、レン以外の者が触れれば蒼い炎で焼かれてしまう。

 危険だとわかっているだろうが選んでいる場合じゃないのだろう。

 ティアは一切の躊躇いを見せることなく柄を握る。

 蒼い炎がティアの白い手を焼く。

「ぐっ」

 焼かれる痛みで苦しそうにするがレンが死ぬと思いティアはブルーローズの柄を握ったまま歩く。

 目元には涙を溜めて辛そうだが絶対に放さない。

「やめろ。やめてくれ」

 初めはブルーローズに、二回目はティアに言うが意味はない。

「お、待たせしました」

 一分もかからない距離を五分近くかけて運びレンに倒れるようにしてティアはブルーローズを渡す。

 ティアごと受け取るとレンの身体に蒼い炎が纏い全ての傷が癒えていく。

「どうして」

「だって、私。レンくんに死んでほしくありませんから」

「俺だって、だからこうやって時間を稼いで」

 レンがティアを思うのと同時にティアも同じようにティアのことを思っている。そのことを気がつきレンは焼けてしまったティアの手に触れる。

 ブルーローズの蒼い炎はティアのことを迎い入れるように温かく輝き、ティアの傷を癒す。

「悪かった。死のうとして。約束破ろうとして」

「はい」

 レンはゆっくりと決意を固めティアのことを見る。

「勝つぞ。俺は君との約束を果たすために」

「はい!!」

 二人は支え合うようにして立つと小型輸送車に乗る。

「よくこれを選んだな」

「レンくんが運転しやすいと言っていたからです」

「よく覚えていたな」

 レンは小型輸送車のエンジンを入れ基地に向かって走らせる。

「あの魔獣はどうなっている?」

「爆発が起きてから使ったエネルギーを溜めているようで動いていません」

「そうか。動く前に一度態勢を整えないとな」

「はい」

 基地まで全速力で戻ると指令室に向かう。

「ティア。ここにある道具のリストとかあるか?」

「はい。そう言うと思いまして調べておきました」

 ティアはレンに紙を見せる。

「運べなかった大型兵器と設置型兵器はあるとして、爆薬、銃器、設備の替えとかはないか」

「はい。拘束用の弾も今置いてある兵器の中に入っているのしかありません」

「そうか。この魔導砲とはなんなんだ?」

「ウッドマンさんが言っていた秘密兵器です。三十人分の魔力を込めて発射する兵器らしいです」

「なるほど。使えるのか?」

「三十人分の魔力が溜まっていなくて、私がチャージしようとしたのですが、その時に魔獣が光の球を出しましてチャージできていません」

「そうか。もしかしたらそれが効くかもしれない。魔石によるチャージはできるか?」

「できません。マニュアルがここに」

 ティアが魔導砲のマニュアルを見せ、レンは端から端まで読む。

「本体での直接チャージもできるが、基本は指令室で魔法使い三十人が魔力を送りこんでチャージする。本体で照準を定めることも指令室での操作もできる。これ、俺が撃つ前提で作ってありそうだな」

「私もそう思います。最後にブルーローズの力を付与することで凄い威力を出すようにしてあるようです」

「魔力が問題か。ティアと俺でチャージできそうか?」

「難しいです。全力でやれば足りるかもしれませんが、その後、動けなくなりますからトドメに使うなどをしたほうがいいかと思います」

「そうか」

 どうしたものかと考えるレン。

 結局、別の手で体力を削らなければならない。

「また戦闘にでなければならないか。ティア、俺は着替えておく。流石にこの姿じゃあ傷だらけになる」

「わかりました」

 ティアが視線を逸らしている間にレンはボロボロになった戦闘服を着替え新しい戦闘服に着替える。

 <バベル>の制服は戦闘服を兼ねていて耐熱、防刃となっていて着るのと着ないではかなり違う。

「これは。ティア」

 レンは棚の下から箱を取り出してきてティアを呼ぶ。

「何ですか?」

「箱に入ったレーション見つけた。これから長くなるだろうから食べたらどうかと思って。夕食に出てきた料理に比べたら美味くはないだろうが」

「へぇ、いろんな味があるんですね」

 ティアは興味が魅かれるというようにレーションを一つ手に取って眺めている。

「水も、ここにあった。ポットに入れて、これを加熱用の道具の上に置いて、お湯を作る。ティア、ココア、紅茶、コーヒーとあるがどれにする?」

「ココアにします」

「わかった」

 ココアの粉をカップに入れて湧いたお湯を入れてココアを作る。

 甘い香りが漂うとティアは小さく笑う。

「どうした?」

「なんだか、キャンプみたいでなんだか楽しくなってきまして。不謹慎ですよね?」

「いや。いいんじゃないか? 本で読んだが士気を高くするには暗くやるよりは明るくやったほうがいいらしい」

「なるほど。私たちは勝つんですから暗くいる必要はありませんね。レンくん、このクッキー生地のようなスティックですがいちご味です」

「へぇ。変わった味もあるんだな」

「食べてみます?」

 ティアが自分の食べかけを出してくるのでレンは少し驚く一口食べる。

「味なんてわからない」

「そうでしたね」

 ティアは失敗したというように少し照れた様子でサクサクとレーションを食べる。

「軽い作戦会議するか。兵器の運用だが、ティア使える兵器はあるか?」

「全部です」

「全部?」

「マニュアルを読んだのでどれも操作できます。どれもリンカーで遠隔操作もできるので同時に複数の兵器を扱えるはずです」

「……」

 ティアは嘘をつくような少女ではないとレンは思っているのだが一つの兵器を複数人で操作するのが普通なのだから複数の兵器を同時に操作するなんてできるのだろうか。

「操作できるか心配なのですね。少し見てください」

 ティアはリンカーを起動して基地内の全ての兵器を一斉に操作し始める。

 そこでアレンがティアのことを複数のことができる天才だと言っていたことを思い出し、もしかしたらあれは娘自慢とかではなく本当にそうなのかもしれない。

「だとしたら、ティアに兵器を扱ってもらうとして、俺が魔獣を弱らせて、トドメにティアが兵器を一斉に撃って倒す……まあ上手くいけばそれでできるだろうけど、流石に足りないな」

「弾と人手ですか?」

「ああ。一回分だけじゃあ、失敗した時だとか火力が足りない時に予備が欲しい」

「でも、どこからか手に入れるなんて」

「俺たちを呼んだか?」

「「ッ!?」」

 ティアとレンはいるはずのない第三者の声を聞いて驚き振り向く。

「ノア。お前、なんで?」

「折角の大物討伐、参加しないなんてありえないだろ?」

 不敵に笑うノアの手には設置型兵器の弾と武器の入った鞄を持っており、その後ろには鷲の部隊の隊員が同じように武器を持ち明るく笑っていた。

「そんな祭り気分もあるが、お前を残して逃げるよりも、ここでお前とあれを倒した方が可能性あるって考えたわけだ」

「死ぬぞ」

「死ぬつもりはないぜ。アッシュ。お前は俺たちの青い薔薇だ。奇跡とか起こしてくれると信じている」

「責任重大だな。ティア。リンカーに保存されている情報を共有してくれ。俺のは壊れて使い物にならない」

「はい! わかりました」

 ティアは自分のリンカーを外して端末にセットする。

 端末からモニターに魔獣の姿が表示される。

「僭越ながら私が、魔獣についての情報をまず体長百五十メートル、高さ五十メートルとかつて見られた魔獣とは桁違いです。頭部には十メートルを超える巨大な二本の角、剣でできた翼があり、全身は体毛に覆われています。解析したところ頭部と心臓部にエネルギー貯蔵庫のようなものがあります。その二点を破壊したらあれは停止すると思われます」

「アッシュが苦労したところを見るになにか特殊な能力でもあるのか?」

「翼の剣が魔獣に変わることと攻撃が完全に効かないという特性があります」

「なるほどな。それで。アッシュ、戦った感触は?」

「角が怪しい。だけど、角を壊せるほどの火力がないから手づまりってところだ」

「だったらこの基地の角みたいなあれはどうだ? あれをアッシュが力使ってぶっ放すなんてどうだ?」

「ストライカーは熱が凄いからアッシュの力を付与するのは無理よ。それに角に当てるのには角度が高すぎるわ」

 ロサリアが口をはさみノアの意見を否定する。

「そうか。となると、火力が足りないのもわかる。アッシュ、ティアの魔力は使っているのか?」

「使っていない。さっきのペースで使ったらティアの魔力が尽きるから。魔力が無くなって無理やり引き出したら壊死だとかなる」

「まあ、言いたいことはわかる。だが、理論上魔力が多いほど威力が出るわけだからお前の魔力とティアの魔力を合わせれば火力足りるんじゃないか?」

 ノアの言葉にレンはちらりとティアのことを見る。

 それについてレンも考えたことはあった。

 自分の魔力とティアの魔力を合わせたらブルーローズの真の力を出せるのではないかと。だが実行しなかったのはティアにどんな影響があるかわからないからだ。

「レンくん。やりましょう」

「わかった」

「待って。レンのリンカーは壊れているでしょ。どうやって魔力を渡すのよ」

「古典的な方法だろ? なあ、アッシュ」

「リンカーは最新技術。大昔の人はリンカーなしで神創兵器や対魔獣兵器を扱っていた。その方法を使うだけだ」

「心臓に直接魔力を送りこむ。そんなことしたら寿命を減らすわ」

「だとしても、ここで使わないで皆で死ぬよりかはいいだろ?」

 レンの覚悟にロサリアも納得する。ティアもわかっているというように理解を示す。

「あとはどう動くかだが、アッシュ、何か案はあるか?」

「角を破壊するまでは攻撃があまり意味をなさない。だから角を最優先で破壊できるようにしたい」

「ということは、あのうっとおしい高さをどうにかするってことだな。ロサちゃん。崩しやすそうな地形はあるか?」

「待って。調べるわ」

 ロサリアはリンカーを使い基地から魔獣までの間に緩い地盤はないか調べる。

「よし。お前らは爆弾の用意、そっちは基地の設備の確認と補充」

 その間にノアが各隊員に指示を出す。

 その様子を見てティアは感心したように見ていた。

「なんだか皆さん凄いですね」

「そうか? まあ、優秀なのは違いない」

「レンくん。負けていられないですね」

「そうだな」

「っと、忘れるところだった。ティアかアッシュ。どっちでもいいからあの魔獣に名前を付けてくれねぇか?」

「名前ですか?」

「あの魔獣だとかいまいち盛り上がらない」

「なるほど。レンくんどうします?」

「別に俺は殺せれば名前なんてどうでもいいと思っているからティア頼む」

「えぇっ。そんな。えっとじゃあ<百獣の王>とかどうでしょう?」

「いいんじゃないか。なあ、アッシュ」

「ああ。いいな」

「よし。じゃあ、ロサちゃん。登録頼んだ」

 ノアはロサリアに任せて隊員を手伝いに行く。

 二人となったレンとティアは少し話す。

「レンくん。なんだか勝てる気がしてきましたね」

「そうだな。ティア、<百獣の王>はどれくらいで動き出しそうとかわかるか?」

「正確な時間までは無理ですが、内部のエネルギーの増幅を見ているとあと三十分から一時間の間だと思います」

「そうか。あまり時間はないな」

「あの。一つ聞きたいのですが魔力を送る方法はどんなものですか?」

「俺の身体に手を当てて魔法を使うように魔力を送るだけ。簡単だろ?」

「はい」

 少々緊張しているようで顔が強張っている。

「ティア。大丈夫だ。俺がいる。俺だけで不安ならノア、ロサリア、あいつらがいる。あの魔獣は絶対倒せる」

 レンは真っ直ぐな瞳で真剣に話す。

 絶対に勝てるという自信に満ちていた。

「っはい!!」

 ティアから不安の様子が消えたのを確認しレンは自分も準備をする。

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