第16話 フルールにて4
ガブリエルと会うことにそれなりに緊張していたので部屋に戻ったレンは椅子に座ったまま寝てしまう。
すると足音が聞こえて意識が戻るが目を開けることはない。
(この足音は多分ティアだな)
ノックをして声をかけてくる。
『レンくん。いいですか?』
ティアの声が聞こえるが返事をする気力がないため無言だった。するとティアはドアを開けて入ってくる。すると香ばしく甘い香りが部屋に漂う。
「あれ? 寝ているのですか」
ティアは持ってきた籠を近くのテーブルに置くとベッドから布団を運びレンにかける。
「寝ている顔は少し子供っぽいですね。安心したからですか?」
レンが答えないとわかっていてもティアは聞きレンの頬を突く。
それで離れていくだろうと思ったがティアはレンの隣でじっとレンの顔を見つめていた。
起きる気などなかったが用があるのだと思い重い瞼を上げる。
「何か用か?」
「ぴゃっ」
レンが聞くと驚いた子猫のように飛び上がり距離を取る。
「お、起きていたのですか!?」
「ああ。意識はあった。ただ起きるのが面倒で寝ていただけだ。ティアが俺の顔をじっと見つめているから用があるのかと起きてみた」
レンはそう答えると大きく欠伸をする。
「すまない。どうも気が抜けて」
「いえ。安心してもらえているのは嬉しいですから」
ティアは嬉しいというように微笑む。
「それでどんな用だ?」
「カップケーキを作ってきたのですが食べますか?」
「焼きたてか。いただこう」
レンは籠から一つプレーンのカップケーキを手に取ると口に運ぶ。
香ばしくも優しげな香りが口の中に広がる。
「美味いんじゃないか?」
「本当ですか!?」
「ああ。味はいまいちわからないがまた食べたいと思える物だ」
「やったっ!!」
ティアは嬉しそうにぐっとガッツポーズを取る。
レンは水を飲んで喉の渇きを取る。
そこでレンはティアのカップケーキには他の物に比べて嫌な感じがしないことに気がつく。
「何か特別な物を入れているのか?」
「いえ。そんなことはないですよ。普通のレシピで作りましたし何も変わった物は使っていませんよ?」
「そうか」
本人は気がついていない何かが影響しているのだろう。
考えるよりも<バベル>の検査をした方がいいだろうとすぐに判断し何かについて考えないことにした。
それと同時またもやドアがノックされる。
「どうぞ」
レンの返事が聞こえるとティアの両親がドアを開けて部屋の中に入ってくる。
「何かあったのでしょうか?」
二人が揃ってレンの元に来るので事件でも起こったのかと姿勢を整える。
だけどティアの両親はそんなレンを見て少し笑う。
「違う、違う。事件とかそういうのじゃないよ。僕はレンくんとワインでも飲もうかと誘いに来たんだけどクラウディアがついてくるって」
「は、はあ」
「お邪魔だったかしら?」
「ううん。そんなことないですよ。お父様はともかくお母様はどういった理由で?」
「少々レンさんにお聞きしたいことがありまして」
「そうなのですか」
四人で客室に移動をして話すこととなった。
「レンくん。お酒は大丈夫かい?」
「ええ。知り合いとの付き合いで数回飲んだことがありましたが何も問題がなかったので大丈夫かと」
「そうか。実はこれから開けようとしているのはティアが生まれた年の白なんだ」
「なるほど。ですが、俺は味音痴でかなりもったいないかもしれませんよ」
「大丈夫だよ。味だけがワインのすべてじゃない。誰と飲んだか、どんな思い出を作れるかが重要なんだよ」
「なるほど」
「さあ。どうぞ」
ティアの父親はグラスに白ワインを注ぎ一つをレンに渡す。
「さて、乾杯しようか」
ティアとティアの母親はジュースの入ったグラスを持ちグラスを合わせて音を鳴らす。
一口飲み味わってみる。
「優しくて、でもブドウの香りが強いですね」
「いいだろう?」
「ええ」
ティアの父親との会話を見ていたティアはじーとレンのことを見る。
「いいなー。私も大人だったらレンくんとお酒を楽しめるのに。絶対に飲めるようになったら一緒に飲んでくださいよ」
「ははっ。あと三年楽しみに待っている」
ティアに笑顔を向けるとそこでティアの母親から質問される。
「レンさん。噂で聞いたのですが、起動者とパートナーは夫婦になると聞いたのですがどうなのでしょうか?」
「その噂ですか。実際にある話です。起動者とパートナーを選ぶ時、魔力の波長が合うという基準で選ぶのですが、その波長が合うというのが親しくなりやすいとか気が合うに近いので恋人や家族になりやすいから多いという話です」
レンがそう話すとティアが手を挙げる。
「理屈はわかりますが、私たちの近くに恋人の人います?」
「ノアとロサリアだ。あの二人、結婚を前提に付き合っている」
「そうなんですか。仲がいいとは思っていましたが。近くでいると少し驚きますね」
「レンさんとティアはどうだったのですか?」
ティアの母親がレンにティアとの波長はどうだったのか聞いてくる。
娘のことが心配なのだろうと思ったレン。
「俺はティアの資料を見たことがないのでわからないのですが。ティアどうだった?」
「確か六十くらいだった気がします」
「六十か。三十が最低値だから普通だな。友人くらいか?」
「なるほど。確かにレンくんといると楽しいですからね」
楽しそうに笑うティアを見て両親はひそひそと話し合いをする。
「レンさんに聞きたいのですがティアのことをどう思っていますか?」
「どう。かなり美人で料理も上手。愛嬌もある。かなり異性に好意を持たれていたのではと思います」
「そうですか」
かなり好感触の返事だったのでティアの母親は花が咲いたように笑顔になる。
「実はね。この子、男の子とお付き合いしたことないのですよ」
「お母様っ!?」
レンに褒められて顔を紅くしていたティアだったが自分の母親から意外なことを言われ驚く。
「そうですか。それは意外なことですね。縁がなかったのですか?」
「縁がなかったというのもありますが、この子、誰とでも仲良くなるのに誰かを好きになったということがなかったのよ。レンさん、この子がもし結婚できなかったのなら結婚してあげてくれないかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってください。お母様!?」
わあわあと慌てた様子で母親の発言を消そうとするティア。
「レンくん。気にしないでください」
「レンさん。どうか考えておいてくださいね」
「は、はぁ」
どう反応していいのかわからないという様子でレンが笑っているとティアがレンの方に来て腕を掴んでくる。
「忘れてください」
「別に俺はティアだったらいいが」
「ふぇっ!?」
ティアは予想外なことを言われて口を開けたまま紅くなって固まっていた。
その反応を見てレンはもう一度笑う。
「ティアの純粋なところ俺は好きだ。きっとご両親のおかげなんだろうな」
「そうかもしれないけどティアが笑っていられるのは君のおかげなんだ。レンくん」
「それはどういうことですか?」
「ティアから君に助けられたことは聞いているかい?」
「はい。列車を魔獣に襲われたことですよね?」
「ああ。その時、僕とクラウディアは死ぬはずだったんだ」
「どういうことでしょうか?」
死ぬはずだった。それはその事故で死んでここにはいないということ。だけどあの事故に死者はいないはず。死んだ者を生き返らせる方法なんてない。
「クラウディアは占星術が使えてね。それで事故があった日、その日に僕たち二人はティアを残して死ぬという未来が視えたんだ。その未来はどんなことをしても変えられなくてね。折角だから楽しい思い出を残そうって旅行に行ったんだ。帰りに事故に遭ったんだ。そしたら君が現れて誰も犠牲を出さず魔獣を倒した。だから今のティアがあるのは君のおかげなんだ」
「なるほど」
ブルーローズの影響で運命を変えることができたということなのだろう。
だからかとレンはティアの両親が親身になってくれる理由がわかった。
「そういうわけだから。ちゃんとお礼が言いたいんだ。ありがとう。みんなを、家族を、ティアを救ってくれて。未来を歩ませてくれて。ありがとう」
「っ――」
レンは動揺したように身じろいて唇を噛む。
純粋な感謝なんて言われたことがあまりない。そのためどう反応していいのかわからない。
そんなレンにティアは手を握る。
「レンくん。レンくんのしてきたことは何一つ間違っていないんです。だからこういう時は胸を張るんですよ」
「そうか。わかった」
レンは真っ直ぐアレンの事を見る。
「はい。あなたの感謝は確かに受け取りました」
「そうか。君のことを誤解していたかもしれないね。君は磨かれた剣のようかと思っていたけど、君は磨いている途中なんだね。確か昔の伝承で言う白さを取り戻すってところかな」
意味が分からないことを言われて首を傾げるレンだったが周囲を見回してもクラウディアはまたかというように苦笑いをして、ティアもわからないというように首を傾げていた。
「おっと。失礼。レンくんのことと伝承の話になると興奮してしまうんだ。僕は伝承学者だからね」
「そうですか。それで白さを取り戻すとはどういう意味なんでしょうか?」
「とある地方の伝承の一つで、昔の言葉で黒く染まった竜は光を浴びて輝きを放ち白さを取り戻すって文があるんだ。それの意味は、現地の人が言うには絶望の中だろうと手を伸ばしてくれる俯くことはない決意を抱いて前を見ろって意味だよ。それで白を取り戻すだけだと手を掴み、前を見るってところだよ。ティアに支えられて人らしい思いを持つようになる。それっぽくないかな?」
「ごめんなさいね。アレンくんは伝承とかに目がないの。もう少しだけ付き合ってあげてください」
酒が入っているのかアレンはどんどん饒舌となっていく。
「僕の担当だった伝承の地域はね。今はもう名前すらなくなった村で僕が言った時まだその村に人がいたんだけどね。その村はまだ完全に調べられていない遺跡があって。遺跡の壁に書いてあったんだ。災いの六の獣が現れた時、灯は星の輝きとなり闇夜を照らす――」
そこで電池が切れたように寝てしまう。
困ったようにクラウディアを見るとクラウディアは微笑みながらアレンの頭に触っていた。
「アレンくん。お酒に弱いのに沢山飲んじゃって。皆さん、アレンくんを部屋に運んでください」
従者たちに指示を出してアレンを部屋から運び出す。
「レンさん。付き合ってくれてありがとうございました。アレンくんは夕飯までには目が覚めると思うから心配しないでくださいね」
「わかりました」
クラウディアも部屋から出ていきティアと二人だけとなった。
レンはそこで少し考え事をするように腕を組む。
「どうしましたか?」
「いや。アレンさんの酔って最後に言っていた伝承について考えていた」
「どこか変なところありましたか?」
「いや。獣ってあったから少し気になってな」
「なるほど。そうですね。私たちが戦っているのは魔獣ですから」
「それに六の獣。六が巣の数と同じだから少し偶然とは思えなくて」
「遺跡ってかなり昔、旧時代の人たちの時代の物ですよね。そんな時代から魔獣っていました?」
ティアの言葉にレンは記憶を漁る。
資料で旧時代の話を読んだことがある気がした。
「朧げだが、資料には旧時代にはなかったはずって書かれていた」
「予言とかなのですか?」
「旧時代の技術ならできるかもしれないけど専門家じゃないから断言できない。偶々似たような感じの文を書いただけかもしれない」
「真実はわからないのですね」
「ああ。だけどどこか引っかかる」
「記憶のどこかにあるとかなのですか?」
「いや、そういうわけじゃなくてなんか都合が良すぎるって感じがするんだ。大規模作戦がある前のこの時にこんな話を聞くことがあらかじめ仕組まれていた気がする。まあ、俺の勘だからそこまで気にする必要はないだろうが」
レンは笑って安心させようとするとティアは考えを振り払うように頭を振る。
「今は休みなんですから仕事のことは考えないようにしましょう。レンくん、今からでも街に出て遊びませんか?」
「今から……まあ時間はあるから行くか」
「はい!! それじゃあ準備してきますね」
嬉しそうに部屋を出ていくティアを見送ってからレンは部屋を出ていく。
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