第12話 魔獣を狩る者7

  それから一度自宅に戻って首都に持っていく荷物を持ち出す。

「あれ? レンくんの頭に綿毛が」

 部屋の中に荷物を取りに行ったレンの頭に比較的大きめな白い綿毛が乗っていた。

 ティアはレンの部屋に入り頭の上にある綿毛を取ろうとする。

「どうした?」

 あと少しというところでレンに気がつかれてレンに手を伸ばしているところを見られる。

「頭に綿毛が乗っていたので取ろうかと。勝手に部屋に入ったのはごめんなさい」

「別に部屋に見られて困る物はない。頭に綿毛。そういうことか」

 レンが手を頭上に伸ばすと綿毛が意思のある様にレンの指に止まる。

「クーナだったか。いつからくっついてきたのか」

「それはケサランパサランですか?」

「ケサ……なんだって?」

「ケサランパサランです。謎の綿毛の生き物です」

「まあ、それとは違う。こいつは精霊だ」

「精霊って、あの森の奥や火山の火口、澄んだ湖とかにいるあれですか!?」

「ああ。ただどの精霊なのかわからないから俺たちははぐれ精霊って呼んでいる」

「はぐれ精霊。でもどうしてこんな街中に?」

「俺が任務で拾った。懐かれて連れてきた。街猫とかああいうのに近い」

「そうなんですか」

「街を汚さないし食べる物も魔力やマナで街の住民からも気に入られている」

「でも、今日から首都に行きますよね。連れてはいけないですよね?」

「ああ。大家の婆さんに頼んで面倒を見てもらうから行く前にこうやって甘えているんだろ」

 そう言うレンの周りを飛ぶクーナにティアは少しだけもやっとする。

 それを感じてかクーナがティアの指に触れる。

「まあ、自分はただの居候だ。だから仲良くしてくれとでも言っているようだな」

「そうなんですか」

「よし。俺の方は準備ができた。鍵を閉めるから出てくれ」

「はい」

 ティアがクーナを指に止めたまま部屋から出ていき、レンは部屋の鍵を閉める。

「ティアは準備できたか?」

「はい。鞄に全部入っています」

「そうか。鍵閉め忘れや忘れ物はないな?」

「大丈夫です」

「なら、大家にクーナを預けにいくか」

「はい」

 二人は一回にある大家が住む部屋に向かい、ノックする。

 すると部屋から白髪の六十代の女性が出てくる。

「おや。アッシュちゃんにティアちゃんどうしたんだい?」

「ちょいと首都に行く用事ができたからクーナの面倒を見て欲しい」

「二人で行くのかい」

「ああ」

「そうかい。アッシュちゃん、ティアちゃん気をつけていってきな」

「はい。お土産買ってきますね」

 大家に見送られ二人は荷物を持ち駅に向かう。

 列車の切符はすでにレンが買っていて乗るだけとなっていた。

 しかも一等級の客室でティアの分まで買ってあったのでティアは腰が引けていたがレンの隣の席に座る。

「いいのですか?」

「ああ。大荷物もあるから一等級の客室を取らないとならなかったから問題ない」

「そうなのですか。ありがとうございます。その大荷物は何ですか?」

「俺の自前のバイクだ。何かあってもいいように持っていこうと思ってな」

「バイクですか!!」

「そこまで大きくも改造もしていない普通のバイクだ」

 目を輝かせるティアにレンは説明をするのだが、ティアはそれでも目を輝かせていた。

「いえいえ。バイクなんて凄いです。私、免許持っていないですから」

「<バベル>には免許が取れるように勉強ができる」

「凄いですね。<バベル>って、色々な福利厚生がありますし」

「警察みたいなものだからな。事務所で申請したら取れると思うが」

「お父様が危ないからって」

「両親の許可が出てないなら許可は取った方がいい。バイクが危ないのは確かだ。舗装した道ならともかく街道も田舎に行けば凸凹だからな。できるなら四輪駆動の車とかの方がいいだろうな」

「でも、レンくんは平気で道じゃないところを走っていましたよね?」

「あれは訓練で慣れているだけだから」

「なるほど」

 そこで笛の音が聞こえて列車が動き出す。

「動き出したか。夕方には着く予定だ」

「どう過ごしますか?」

「どうするか。特に景色に興味があるわけでもない」

「あの。レンくんいいですか?」

 寝るかと言われる前にティアは提案する。

「これ食べませんか?」

 持ってきたバスケットから出してきたのはサンドイッチだった。

 野菜とハム、卵の二種類のサンドイッチ。朝早くから作ったのだろうなと思うレンだった。

 味がわからないという事は忘れていないだろう。つまりレンの味覚を取り戻す作戦の一つなのだ。

「わかった。ありがたく食べよう」

「はい。どうぞ」

 レンは野菜とハムのサンドイッチを手に取り眺める。

 新鮮そうなレタスとトマト、少し分厚いハム。

 視覚から美味そうだと思わせるようだ。

 一口齧る。パリパリとしたレタスの裂ける音が響く。中からソースの香ばしい香りが溢れてくる。

「なるほど。味はわからないが見た目、音、匂いで訴えかけてくるということか」

「そうです。お母様が言っていましたが料理は味だけじゃなくていろんな要素が合わさって料理なんだって。今は味がしないかもしれませんが、料理はおいしい物なんだって思えるようになったらきっとレンくんの味覚も戻ります」

「そうか」

 ティアもティアなりに考えてしてくれたのだなと思いながら野菜とハムのサンドイッチを食べきり卵サンドを手に取る。

 ティアが工夫のおかげか不快な感覚が少なく食べることができた。

「ご馳走様。味はわからなかったが美味しかった。ありがとう」

「はい!!」

 ティアはレンの反応がよかったのが嬉しいようで笑顔が輝いていた。

「ふぁあ」

 レンは眠気が突然来て大きく欠伸をする。

「眠いのですか?」

「少しだけな。気が抜けたのだろう」

「ふふっ」

「どうした?」

「気を抜けるほどに信頼してくれるのが嬉しくて」

 ティアの言葉にレンは目を丸くする。そしてなるほどと理解する。

「パートナーとして認めるくらいに信頼しているからな」

「そうですよね。でしたら肩を貸しますからどうぞ寝てください」

「寝ない。大丈夫だ」

 レンは腕を組みティアのことを眺める。

「どうしましたか?」

「用はないがただティアを見ている」

「どうしてですか!?」

「正直なところティアのようなタイプのやつは初めてだからな。予想外な行動をされる。首都に行くのもサンドイッチも。他の奴ならしてこない。だから観察している」

「私は恥ずかしいです!!」

 レンに見られるのはいいが観察されるまでいくと恥ずかしくて顔が赤くなる。

「でしたら、私の学生時代の話でもしますからあまり見つめないでください」

「ティアの学生時代か。気になるな」

「といっても女学院の話ですから、冒険も何もないですけどいいですか?」

「ああ。問題ない」

「それじゃあ、私の女学院時代の話をしますね」

 ティアは女学院に入ってからあったイベントの話を次々としていった。

 新入生ながら生徒会役員になり、その年の首席で試験を通過して友人も多く同級生の中心どころか学生の中心であった一年目、二年目は生徒会長まで上り詰め、文化祭、感謝祭などといった祭りを仕切り成功させた。三年目も二年連続で生徒会長として各祭りを成功させ後輩に見送られて卒業した。

 話を聞いてレンは完全に理解した。住む世界が完全に違うと思った。ティアの周りには多くの人がいて多くの笑顔があった。

 本人の優秀さもあるだろうが皆から愛される生活を送ってきたからこその明るさと発想なのだろう。

「あの。どうでしたか?」

「やっぱりティアは変わっていると思った。俺の周りなんてそんなものなかった」

「これが普通……あっ。いえ。ごめんなさい。でも、レンくんがそういう世界で生きていてくれるから私たちが安心して暮らせるんです」

 謝ってはレンのことを褒めて励ますティア。それにレンは大きく笑う。

「別にそういうのは気にしていない。それよりもティアがやってしまったって顔から必死に俺を励まそうとしていたから面白かったぞ」

「もう!!」

 レンの笑顔を見て急激に恥ずかしくなり赤い顔でぽかぽかとレンのことを叩く。

「絶対に着くまで口をききませんから」

「そうか。別に構わないが」

 数秒で終わるだろうとレンは思う。

 ちらりとレンは列車の窓の外を見る。するとちょうど湖に鳥たちが降り立つところだった。

「レンくん。見てください渡り鳥が、あっ」

思わず話してしまったというように口を手で押さえるティアにレンは苦笑いをする。

 三秒も持たなかった。

 本人でももう少しは持つだろうと思っていたようで物凄く恥ずかしそうにしていた。

「ティア。俺が悪かった。だから口をきいてくれないか?」

「しょ、しょうがないですね」

 恥ずかしそうにしながらもレンの肩に頭をくっつける。

「レンくんには私の枕になってもらいます」

「枕って、俺の肩、固くて痛くないか?」

「少しごつごつしますけど。大丈夫です」

 ティアは下からレンの顔をじっと見つめる。

「少し緊張してます? 心臓の音凄くしますけど」

「まあ。そういうティアも顔赤くなっているしこの距離ですら心臓の音聞こえるぞ」

「しょ、しょんなことないです」

 思いっきり噛むティアにレンは少しだけ笑う。

 まあ、この距離感はそれなりに近いなと思うレン。

 ふんわりと甘い菓子のような香りがして少々鼓動の速さが少しだけ速くなる。

 これほど近くに人を寄せ付けたことがないからだろうとレンは考える。

 そのままの姿勢で終点駅のフルールに着く。

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