第8話 魔獣を狩る者3
ティアが目を覚ますとそこは病室だった。
気分は最悪で起きるのも億劫だった。
理由はもちろんわかっている。レンとの視界共有で見えた光景だ。
血、肉、内臓、死体、そして炎。魔獣に殺された人を焼いていたのだろうと理解はしているのだがあの光景が頭から離れない。
ティアは普通の少女だ。死者が出る職場だと覚悟を決めていたとしても実際に見たらトラウマとなる。
起き上がる気力も出てこない。
「起きたのね」
ベッドの上で天井を眺めているとロサリアが部屋に入ってきて顔を覗き込んでくる。
「ロサリアさん……」
身体を起こそうとするティアだったがロサリアが起きなくてもいいと言いティアは寝たまま相手をする。
「体調はどう?」
「身体は問題ないのですが……」
「気分が問題よね。はい。ハーブティー、気分が少し落ち着くわよ」
「ありがとうございます」
ロサリアが淹れたハーブティーを受け取ると一口飲む。
「熱いです」
「淹れたてだからね。言っておけばよかったわ」
やけどしたというようにティアは舌を出す。
「でも少しほっとしました」
「それはよかったわ」
ティアの表情が少し明るくなるとロサリアは優しく微笑む。
「あの。ブルーローズさんは?」
「まだ任務中よ」
「そうですか。あの……ロサリアさんは……見たことありますか?」
「あるわ。私の場合は仲間だった人だけど」
「辛くなかったのですか?」
「辛いわよ。今朝まで話していた相手が魔獣にやられて死んだんだから」
「そうですよね」
「でも、あなたの場合は名前も顔も知らない誰かが死んでいるところを見たのよね? ティア、あなたは優しいのよ。私だったら仕方がないことって何とも思わないわ」
ロサリアはティアのことを抱きしめる。
「ロサリアさん。私、向いていないのでしょうか?」
「ティア。あなたは私たちにない優しさがあるわ。だからそのままアッシュのパートナーいて」
「……」
ティアははいと答えることができなかった。
それから一週間が経った。
ティアはあまり食事を取ることができないということで点滴を受けてまだ入院していた。
レンはまだ任務をしているようで一度も顔を見せに来ない。
「今日も雨ですね」
この数日ずっと降り続く雨。レンに影響がなければいいのだけどと思うティア。
すると病室のドアがノックされる。
多分起動者のパートナーの仲間がお見舞いに来たのだろう。
入院してから毎日誰かが見舞いに来ている。
きっとその誰かだろう。
「どうぞ」
ティアが声をかけるとドアが開きノックした人物が入ってくる。
予想外の人物でティアは目を丸くする。
「ブルーローズさん?」
「すまないな。先ほどまで魔獣を狩っていたため会いに行けなかった」
そう言うレンは両腕に包帯、右目には眼帯とティアよりも入院した方がいいような状況だった。
「その包帯と眼帯……」
「これか。病院にいくということでシャワーと着替えだけをして来たら医者に止められて処置受けさせられた。ブルーローズさえあれば死んでなければどんな傷でも治るのに」
そう言うとレンは眼帯を外す。右目には傷がなく紅い瞳があった。
「見舞いの品だ。人気の店の名物品だそうだ」
レンは持ってきた紙袋をテーブルに置くと椅子に座る。
「……」
レンは何を言ったらいいのかと難しそうな表情をしていた。
「すまないな。俺は気の利いたことが言えるような人間ではない」
「いえ……その聞きたいのですがリンカーを切ったのは」
「あんたに見せないようにするためだ」
「ですよね。どうしてですか? パートナーになることに反対でしたよね?」
「あんたはこの仕事が絶対に向かない奴だってわかっていたから反対した。あんたは死というものに慣れていない。死を見たらあんたは動揺して前を見られなくなる。そんな奴はいらない。だから反対した。それとは別にあんたは俺たちが守るべき一般市民だ。だから見せないようにした」
「……一般市民っ」
つまりティアはレンに仲間として見られていなかった。子どもが職業体験しに来ているのを手伝っているしか思われていなかった。
ティアは悔しくて奥歯を噛みしめシーツを握り締める。
「他の方もそう思っていたのでしょうか?」
「向かないとは思っていただろうが仲間とは思っていただろう」
涙をボロボロ流してレンのことを見る。紅い瞳は静かにティアのことを見ていた。
その瞳はあの時と変わらない。
「ウッドマンに言ってあんたを行政課のどこかに転属するようにしてもらう。あんたがパートナーだった期間に俺が倒した魔獣の数だったらそこそこいいポストを向こうも用意するだろうし。俺からはそれだけだ。その菓子もいらないのなら見舞いに来た奴に渡すといい」
レンは立ち上がると病室の外に歩いていく。
ティアはとっさに手を伸ばしレンの制服の袖を掴む。
「まだ何かあるのか?」
「そ、その」
「……わかった」
レンは椅子に座りティアのことを見る。何の用があるのかと待っているようだった。
「私、パートナー辞めたくないです」
「俺のパートナーになったのは上を目指すためだったはずだ。行政課のいいポストだったら辞めても問題ないだろう?」
初めての時にそう言っていたのを覚えている。
ティアはその時に嘘を言った。本当のことを言えばきっとその時は拒否されただろうから。
「私、三年前魔獣が起こした列車事故に巻き込まれたんです。その時にその場に偶然いた起動者が倒して誰も死ななかったんです。助けられた私はその起動者のパートナーになって助けたいとお礼を言いたいって思って」
「そうか。そいつは? 名前を言えば大体探せるが」
レンが聞くとティアはゆっくりと指をさす。
「俺?」
「はい。憶えていませんか?」
「すまないな。憶えていない」
レンにとってその時のティアは魔獣を倒した時に命を救った者の一人でしかなかった。だけどそれでもティアはお礼を言いたかった。
「あの時、助けてくれてありがとうございます。あなたは私の命の恩人です。ずっとこれを言いたかった」
「そうか」
レンはどう反応していいのかわからないと困ったように眉を寄せていた。
「だから辞めたくないんです」
「だが、あの光景が辛くて悩んでいる」
「はい。あなたは平気なのですか?」
「そうだな」
「何か秘訣というかそういうのないのですか?」
「俺にはない。他の奴らは知らないが。俺は俺か魔獣が死ぬまで戦う。それが俺の道だから」
俯くことも足を止めることもレンには許されていない。
それでは兵器と同じで空っぽなのではないかとティアは思う。
考えが顔に出ていたようでレンは苦笑いをしていた。
「空っぽか。親も兄弟も友人もそして自分も全部失くした。俺に何もないのかもしれない。だが何にも無くなったからブルーローズを握れた。前を見ることができた。ここまで歩いて来られた」
真っ直ぐ前を見て話すレンにティアは魅かれた。
「あんたはいろんな物を持っている。あんただけの解決方法が見つかるかもしれない。あんたが俺のパートナーを望んでやりたいというなら止めはしない」
「それって私をパートナーとして認めてくれるということですか?」
「ああ。だが退院したらな。それとパートナーになるならブルーローズって呼ぶの止めてくれ。それで呼ぶのは親しくなく性格の悪い奴らだ。あんたが悪気がなくても呼ばれると警戒してしまう」
「えっ!? 私、性格が悪いと思われていたんですか!?」
「ああ。周りがアッシュって呼んでいる中であえてブルーローズって呼んでいたからな」
「じゃあこれからはレンくんって呼びます!!」
「……アッシュじゃないのか。まあ、あんたはパートナーとして認めたんだ。特別だ。ティア」
レンがしょうがないと言うように小さく笑うとティアは目を丸くしてレンのことを見る。
何かおかしなことを言った気がないレンはティアの反応に首を傾げる。
「い、今。私の名前を」
「言ったが」
「レンくんが私の名前を言ったの初めてですよ」
「……そうだったか? ……そうだな」
考えたがティアの意識がある時にレンが名前を呼んだのは初めてだ。
「まあパートナーとして認めたからな。これからは呼ぶようにする」
「私、その信頼に答えられるように頑張ります」
「ほどほどに。倒れたら元も子もないからな」
「はいっ!!」
ティアが気合いの籠った返事をすると小さくティアの腹部から音が聞こえる。
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くティアにレンは安心したという表情をする。
「空腹を感じることができるようになったなら気分も良くなっているってことだ」
「ううっ。恥ずかしい」
「菓子食べたらどうだ? 店主が言うには店で一番の商品らしい」
「はい……」
レンは菓子の入った箱をティアに渡す。
「これ、靴下を履いた三毛猫のチョコですよね。並ばないと買えないとかで有名で」
「そうなのか。店主が知り合いだったから見舞いに行くから適当に見繕ってくれと連絡を入れたらそれだった」
「レンくんは人脈が広いのですか?」
「いや。魔獣から助けた貸しを返して貰う程度のだけだ」
「そうなんですか」
ティアは箱から紅い色のチョコを取り出すと口に運ぶ。
「ベリー味ですね。甘くでも酸っぱい。それでもどこかホッとする味です」
「そうか。それはよかった」
「レンくんも一つどうですか?」
「いや俺はいい。食べたって味がわからない奴よりも美味しく食べてくれる方が作った奴も喜ぶ」
「そんなことないですよ」
ティアはレンにチョコを差し出してくる。純粋な善意でやっているのでレンは言わないとならないなと思った。
「ノアから聞いていると思ったがあいつぼかしたな」
「何の話ですか?」
「味覚がないって話だ。ノアから聞いていないだろ?」
「ノアさんからは聞いていませんが誰がないのですか?」
「俺だ」
「レンくん? でも……えっ?」
カップケーキ食べていたよねというような反応をするティア。だけど甘い物嫌いだって言っていたような気がする。
「もしかしてあの時のカップケーキも無理やり食べて?」
「すまないな」
「い、いえ。私こそ知らないで嫌がらせのようなことを」
「まあ、これから気にしてくれればいい」
申し訳なさそうなティアにレンは構わないと返す。するとティアはレンのことをまっすぐ見て何か決めたような顔をする。
「決めました」
「何を決めたんだ?」
「小目標です。レンくんの味覚を治します。美味しい物を美味しいって思えないのは悲しいですから」
ティアがそう言うがレンにとって食事は動くためにする行動としか思っていない。味なんてどうでもいい重要なのは栄養と思っている。
「ですので、レンくんも協力してください」
「……ああ。だが退院して暇なときだけ」
「はい」
ティアがその程度で喜び元気になるのなら我慢するかという表情をするレンだった。
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