第2話 初仕事1
白銀の髪を揺らし、彼女の可憐な容姿を際立てる洋服を着た碧眼の少女は上機嫌に施設の中を歩く。
彼女の名前はティア・スノードロップ。女学院を卒業しエスポワール共和国公認の対魔獣組織<バベル>の新人として入ることとなった少女だ。
「ここですね」
ティアはウッドマンと書かれたドアの前で持ってきたメモを確認して合っていることを確認するとドアをノックする。
『どうぞ』
優しそうな男性の声が聞こえたのでティアはドアを開ける。
「失礼します」
一度お辞儀をしてから中に入る。
「ティア・スノードロップです。本日から<バベル>でお世話になります」
緊張したティアは真っ直ぐと目の前にいる男性を見つめる。
白髪と同じ色の顎髭が生えたとても優しい表情をしている老人だった。
「ああ。スノードロップ。その言葉だけではピンと来なかったが君を見たら思い出したよ。アレンくんとクラウディアくんの娘さんか」
「お父様とお母様を知っているのですか?」
「ああ。昔の教え子だよ。私は昔教師をしていたんだ」
「そうなんですか」
「君にも会ったことがあるよ。といっても、君が赤ん坊の頃だけどね。もうあれから十七年か。学生だった頃のクラウディアくんにそっくりになったよ」
「ありがとうございます。えーと」
「名前を教えていなかったね。私はルーカス・ウッドマン。皆からはウッドマンと呼ばれているよ」
「はい。ありがとうございます。ウッドマンさん」
元気があってよろしいというように優しく微笑むウッドマンは仕事の話をしようかと棚から取り出しファイルをテーブルの上に出す。
「ティアくん。確か君は起動者のパートナーを希望していたんだね」
「はい!!」
「私自身は事務職の方がいいと思うけど君の希望だ。今、パートナーのいない君と魔力の波長が合う起動者は二人だ」
ウッドマンはティアに二枚のプロフィールが書かれた用紙を見せる。
「っとと」
紙がくっついていたようで一枚余分にファイルから出てきて床に落ちる。ティアは床に落ちた紙を拾い上げ見る。黒髪が混じった灰色の髪をした青年が写っていた。
「コードネーム<ブルーローズ>。この人……」
「それも一応候補だったが問題が多いため除いたのだよ」
「私、この人がいいです!!」
ティアは興奮したように書類から目を離しウッドマンをまっすぐ見つめて言う。だが心配そうにするウッドマン。
「大変だがいいのかい? 嫌と言っても簡単に変わることができないのだよ?」
「はい。問題ありません」
「そうか。一応、仮という事にしておくよ。もし問題があったらすぐに言うのだよ」
「はい!!」
ウッドマンは通信機を使い連絡をして引き継ぎの者を寄越すように通信機の向こう側の人に話す。
「失礼します」
入ってきたのはティアよりも少しだけ年上の赤い髪の女性だった。
「その子が新しく入る子ですか?」
「ああ。案内頼めるかな?」
「わかりました」
その女性はティアのことを見る。
「ロサリアです。あなたは?」
「ティアです。ティア・スノードロップです」
「ではティア。皆のいる場所に案内します」
「はい。よろしくお願いします」
「それでは失礼します」
「失礼します」
二人はウッドマンの部屋から出てロサリアの先行で<バベル>の施設内を進んでいく。真新しい物が多くて目移りして足が止まりそうになるが迷子になるので我慢をしてついていくティア。
別の建物に入り鷲のエンブレムが書かれた区画に入り大きな部屋に入る。
中では隊員たちがそれぞれくつろいでいた。
「おー。ロサちゃん。お帰り。そっちの子は」
話しかけてきたのは緑色の短いツンツンした髪の明るい青年だった。
「新人。起動者のパートナーになるそうよ」
「へぇー。俺はこの隊の隊長をしているノア・ライトだ。一体どいつのパートナーを希望したんだ?」
「えっとブルーローズさんです」
「は?」
「え?」
ティアの言葉が予想外過ぎたようで部屋にいた全員がティアのことを見る。
ノアはどうしたものかと苦笑いをしていた。一人よくわからないティアは周囲を見る。
「えっと。どうなっているのですか?」
「一応、あいつのパートナーはいないが、本気か?」
「本気です」
「そうか。あいつ、今シャワー中だったか」
ノアが言った途端ドアが開き写真に写っていた灰色の髪をした青年が現れる。
「噂をしたら。おーい。アッシュ」
三人のことを無視して奥に行こうとする青年をノアが呼び止めると。表情を変えることなく三人の前に歩いてくる。
「何? 新人?」
「はい。ティア・スノードロップです」
「そう」
青年は興味がないというように返事をする。
「アッシュ。その子、お前のパートナーになるそうだ」
「……」
無言のまま青年はティアのことを見つめる。
「本気か?」
「えっ? はい!!」
「そうか。俺のパートナーはだけは止めた方がいい。起動者のパートナーになりたいならパートナーのいない筋肉仕掛けの鉄人ことアーロンのパートナーをお勧めする」
「なんだ? 俺を呼んだか!!」
大きな声を出しながら筋肉質の大男の青年がティアの前に立つ。
「アッシュ、筋肉仕掛けの鉄人ってアーロンが筋肉馬鹿ってことだろ」
ノアが灰色の髪の青年にツッコミを入れる。だがアーロンは大笑いをして二人の背中を叩く。
「そんなに褒めるなって。俺を褒めても筋肉しか出てこないぞ!!」
「このようにいるだけで場が明るくなる。相棒にするのは俺よりもいい相手だ」
灰色の髪の青年はそう言ってティアにアーロンを薦めてくる。
きっと親切心なのだろうとティアは思う。
ティアは首を横に振る。
「いえ。私はブルーローズさんがいいです」
「そうか。困ったな」
青年は表情を変えることなくそう言うと少し考えているように腕を組んでいた。
「はいはい。とりあえず部屋貸してやるから。二人で話してこい」
ノアとロサリアに背中を押されて別室に連れていかれる。
ティアと青年が二人だけで会議室のような部屋にいることとなった。
(どうしよう!? 思ったよりも訳が分からない人でした!! たぶん優しいけど凄く変わっています)
頭の中でどうしたらいいのか考えた結果ティアは青年の名前を知らないということで聞いてみることにしたティア。
「あの。ブルーローズさん。名前は何なのですか? ブルーローズはコードネームなのでしょう?」
「名前か。レンという事になっている」
「なっている?」
何か変な表現をすると思うティアに説明をする。
「俺は十年前に滅んだ村の中でウッドマンに拾われた。俺は記憶がなく、そのとき持っていた物に名前が刻まれていて。それがレンだ。俺としても自覚がないから皆からはコードネームの<ブルーローズ>か、あだ名のアッシュのどちらかで呼んでいる。俺を呼ぶならそのどちらかでいい」
「そうなんですか」
聞かなければよかったと思うような話を聞いて反応が困るティア。
それに対してレンは表情を変えることなくティアに質問してくる。
「あんた。なんで俺なんだ? あんたが皆の魔獣討伐の成績を知っているかは知らないがアーロンだって成績上位だ。パートナーを組むのに十分すぎる成績をしている」
「それは――」
ティアがレンのパートナーを志望するのには理由があった。だがティアはレンに言う事はできないので嘘をつくしかなかった。
「私はお父様とお母様に胸を張って仕事をしていると言えるように上を目指さなければならないのです。だから上に上がるのに最短ルートであるあなたでなければならないのです」
なんとかまともな嘘をつけたと自信満々でいるティアはレンのティアを見る目の色が変わったことに気がつかなかった
「そうか。だったらあんたをパートナーにする。だが仮だ」
「仮ですか?」
「あんたを試す。三週間俺のパートナーとして仕事をして一度も弱音を吐かなかったらあんたを正式にパートナーにする。弱音を吐いたらそこで別の奴のパートナーになれ。この仕事で弱音を吐かれたら迷惑だ」
「わかりました」
ティアは覚悟を決めて頷く。
死者も出るような場所だと知っている。弱音は吐かないつもりでいるから問題ない。
「じゃあ成立。俺はあんたが持っている書類に書かれている通り俺はノアの部隊には所属していない。単独で任務を行うが、知り合いというわけであいつらの隊に協力することもある」
「わかりました。えっと私はパートナーの仕事を他の方に協力してもらうのが難しいということですね」
「そういうことだ。だがあんたがパートナーとして仕事をすることはあまりないから心配する必要はない」
「あっ。はい」
レンはティアの反応を見ることなく鞄から二つの装置を取り出す。
「それは?」
「起動者とパートナーを同期させる通信機のような物だ」
「あっ。それが噂の魔力を送ることもできて視界も共有できるという魔導装置ですか」
「名前は確かリンカーだったか」
「そうですね。着けてみてもいいです?」
「構わない。あんたが使うために出した物だ」
ティアはパートナー用のリンカーを耳に着ける。
それに合わせてレンも腕につける。
「あとは起動するだけですね」
ティアは耳に触れてリンカーを起動させる。
一瞬浮遊感を覚えたが落ち着き目の前に文字が浮かび上がる。
周囲の環境や天気、魔獣の数などが表示され便利そうだった。
「ここを触ると。なるほど。なるほど」
新しいおもちゃを貰った子どものように興奮した様子でリンカーを操作していた。
「あんた。話を聞いていないか」
レンは腕につけたリンカーの通信を消す。
「えっ?」
「話の途中だ。遊びたいなら後にしろ」
「すみません」
「リンカーは片方が通信を切ると見えていたものが消える。これは憶えておけ」
「はい」
「最後に俺がリンカーを任務中に切断した時そっちから強制的に繋ぐことができるが絶対にリンカーを繋ぐな」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。あんたが知らなくてもいいことが世の中にある。それを見せないようにするためだ」
「は、はあ」
よくわからないというように首を傾げながら曖昧な反応をするティア。
「これで俺があんたに伝えることは全部だ。パートナーの仕事はあんたの方が詳しいだろうし」
「わかりました」
「任務は昨日終わったところだから暫く来ることはない。それまでにあんたは仕事を覚えろ」
レンはそう言うと部屋から出ていこうとするがドアの前で止まる。
大きくため息をつくと勢いよくドアを開ける。するとノアとロサリアが転びそうになりながら部屋の中に入ってくる。
「よお。アッシュ」
ノアの少々引き攣った反応を無視してレンはその場を去っていく。
それと代わりにロサリアとノアがティアの近くに歩いてくる。
「大丈夫だったかしら?」
「はい」
「あいつももうちょっと愛嬌があればいいんだけどな。悪い奴じゃないんだから」
そうだなと思うティアは自分の耳に触れてリンカーを外す。
「一応リンカーは貰ったんだな」
「はい」
「じゃあ、マイナスではないか」
ノアはまだ希望があるなとどうするべきなのか考えているようだった。
「歩み寄ることができるのきっかけがあれば」
「「あれだ」」
ノアとロサリアが同時に何か閃いたようで顔を見合わせていた。
「えっと」
「俺たちだって伊達にあいつといるわけじゃない。あいつだって人間だ。趣味趣向の合う物を受け取ったら多少なり心を開くだろ」
「というわけで、少し待っていて」
ロサリアはメモを取り出してペンで地図を書いていた。
「できたわ。この場所にある激辛ビーフジャーキーというのがアッシュの好きな物だからそれを渡せばいいわ」
「なるほどわかりました。ありがとうございます」
ティアは地図を受け取り嬉しそうに笑いお辞儀をする。
問題はあるが親切な人が多く何とかやっていけそうだと思うティアだった。
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