第3話

「…どう、かな?」


 書きあがったばかりの小説を読み終えた継明つぐあきの表情は、それほど楽しんでいるようにも見えず、優理はおそるおそる感想を尋ねる。


「よっぽど苦労したんだね。とはいえ、いくら苦労したからって、こんな中途半端な近未来の話を書くとはねぇ。明理あかりや僕まで登場させて」

「あは…ははは」

「それに、これは僕の感覚だけど、この話じゃお題の【変化するスタートライン】とはテーマが少しずれているような気がするよ?まぁ、キミの頑張りは僕には伝わるけどね。でも、もし僕が編集担当だったら、おそらくボツにするだろうね」

「…相変わらず、手厳しいね」

「イヤならもう読まないし、読んでも感想は言わないけど」

「いえ、勉強になるので、今後とも是非お願いします!」


 今、優理はweb小説サイト上で提示されたお題、【変化するスタートライン】に取り組んでいる。

 どうにもこうにもネタが思い浮かばす、ようやくの事で絞り出したネタを膨らませて書き上げた小説を、たった今、夫の継明にバッサリと切り捨てられたところだ。


「でも、まぁいいんじゃない。web小説サイトって色々な感性を持った人たちがいる所だから、もしかしたら優理の話を評価してくれるもの好きさんも、どこかにはいるかもしれないし」

「…ですよねぇ」

「それにここ数日この話にかかりきりで明理の事も僕の事も全然構ってくれなかったんだから、ボツにするのは僕個人としては勿体ないと思うのも事実だからね」

「…そ、それは誠に申し訳なかったです…」


 優理の夫の継明はサラリーマン。娘の明理は小学5年生。

 2人はともに、優理のこの創作の趣味に理解を示して応援してくれている、優理にとって掛け替えのない大切な家族。

 明理にもそれほど手がかからなくなり、学生時代に情熱をささげていた創作活動を再開したいと、web小説サイトで小説を書くことを優理が相談した時も、2人とも応援すると即答してくれた。

 だからこそ、優理は創作活動の【スタートライン】に再び立つことができたのだ。2人の理解と協力が無ければ、とてもできなかったことだろう。


「ねぇ、優理。この【ろっくん】のモデルって、僕だよね?」

「あ、分かる?」

「当たり前だよ。それに、モデルが僕じゃなかったら、いくら何でも気分悪くなるよ?僕だって」


 苦笑を浮かべてはいるものの、継明は優理が一目ぼれをした、知的で優しく穏やかな表情を優理へと向ける。


「それに、優理だけだからね。僕のこと【ろっくん】なんて呼んでたの」


 継明の苗字-今では優理の苗字でもあるのだが-は、鹿倉(ろくくら)と言う。

 優理にはなかなか「ろくくら」という発音が難しく、出会って間もなく勝手に【ろっくん】と呼び始め、継明もすんなりとそれを受け入れてくれた。

 だが、周りに彼をそう呼んでいる人は誰ひとりおらず、周りの友人たちは大抵彼のことは下の名前で呼んでいた。


「いやだったら、小説の中の名前、全部変えようか?」

「別にいいよ。【ろっくん】が僕なら全然問題ない。それに僕、実は【ろっくん】て呼び名、気に入ってたし」

「うん、知ってる。じゃ、このまま投稿するねー」

「あっ!タイトルはね、『変化するスタートライン(仮)』がいいと思うよ」

「えっ?!なんで(仮)?!」

「さっき言ったでしょ。もし僕が編集担当だったら、おそらくボツにするだろう、って。だから、(仮)ね」

「…は~い」


 PCに向かい、優理は小説のタイトル『変化するスタートライン』を『変化するスタートライン(仮)』へと修正する。


「でも、ほんと今の時代で良かったなって思った」

「なにが?」


 投稿作業を行う優理に、継明はポツリと呟いた。


「こんなおかしな近未来がもし実際に来てしまったら、僕なんかすぐ用済みになるってことだもんね。僕はこの世界で優理と2人で一緒に家族という【スタートライン】に立てて、今こうして明理と3人で幸せな家庭を築けていることに、改めて心から感謝しているよ」


 あれ?意外にこの小説、役に立ったかも?


 フワリと背後から継明に抱きしめられながら、優理もまた幸せいっぱいの笑みを浮かべていた。


 -end-

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