不思議の隣人
鈴音
不思議の隣人
―僕たちの日常は、よーく目を凝らすと不思議が沢山眠っている。
それらは時に恐怖の対象に、またある時は科学のメガネで覗くことで既知となる。けれど、それらはいつまでも僕たちに寄り添うのだ。害も益も無いのに、それでも。
だから、恐れることは無い。知らなくてもいい。ただ、そこにあるだけ。僕たちが知るべきは、信じるべきなのは、思っている以上に僕たちは何も知らず、彼らがいるということを理解出来る自分なのだ。
しかし、そう信じてきた僕の日常を、容易く壊したのは、そんな不思議のひとつだった。
そうっと覗いた非日常のその向こう、一言ではっきり言い表せない姿形をした隣人は、僕を手招いた。果たしてそれが手なのかはわからないけれど。
遡ること数時間前。オカルトと科学という相反する2つを愛する僕は、今日も今日とて子供たちの間で噂になった怪談話…駅前商店街の裏路地で、色とりどりのナニカシラが集会をしていたという話を小耳に挟み、休講となったこの1時間と半刻の暇を潰すべく探索に向かっていた。
端から端まで、そう長くない距離をじっくりと眺めた。が、なかなかどうして彼らは強情なようで。しかし、もうすぐ次の講義が始まってしまうというところでなんと次の講義も休講となった。なんとも。
そうして次は奥まで入って、隅々までしっかりと眺めることにした。時折落ちているよく分からない金属片や見るからに使えなさそうな半導体の類も拾いつつ。すると、ドギツイ色をしたナニカシラが目の前をさっと通って行った。
最初は、ペンキでも被った猫か何かかと疑ったが、それほどの大きさでも速さでもない。明らかに小さく、尋常ではない速度であった。
僕はぱっと立ち上がり、細い路地の向こうに潜り込んで行った。
煤や油で汚れ、想像したくない染みの点在するそこには、先程のナニカシラがいた。手のひらに収まりそうな、目に悪いピンクのそれは、くるりと身を翻し、僕を手招いた。…どこが手なのかはわからないが。
僕は招かれるままについて行った。ふらすらと、見ようによってはお化けにでも取り憑かれているような感じだが、あくまで自分の意思でだ。
そうして歩くことしばらく。僕は、とうとう非日常の中に片足を突っ込んだ。
―そこにいたのは、色とりどりで、形もばらばらの、ナニカシラ…僕たちが何も知らず、信じることしか出来ない隣人たちがいた。
そんな不思議な隣人たちは、僕を取り囲むと、ぴょいぴょい飛び跳ねたり、ヒトガタのものは擦り寄ってきたり、僕の髪を啄むものもいた。最初は捕食行動かと思ったが、どうやら親愛の情らしく、僕も彼らに倣い、日本人らしく深々と頭を下げ、挨拶をした。
彼らは、そんな僕の様子を気に入ってくれたのか、より一層の愛情をもって出迎えてくれた。互いに言葉は通じないが、心は通じる隣人と、しばし戯れていると、集会場となってる広場の向こうから、てこてこと小さな、人間の女の子ような隣人が現れた。その目は4つ、全て異なる色で、よく見ると腕は肘から先がない。明らかな異形だが、不思議なことに僕は彼女にひと目で惚れ込んでしまった。
ほぅ、と息をつく僕を見て、彼女は拙く言葉を紡いだ。
「あなた、おきゃくさん。ひさしぶりにきた。さいきんは、おきゃくさん、こない。だから、みんな、うれしい」
どうやら、ここに来た人間はとても少ないらしい。僕は僅かな愉悦と、胸を膨らませるほどの喜びに震えながら、彼女たちに聞いた。曰く、何者かと。
「わたしたちは、りんじん。ずぅっとむかしから、あなたたちのそばにいた。それだけだけど、わたしたちは、あなたたちがすき」
にっこりと微笑む彼女の笑顔と、告げられたその言葉で思い出した。幼い頃に、祖父に教えられた隣人のことを。ずっと昔に、川で溺れかけた時に、助けてくれた誰かのことを。
僕は、挨拶の時よりも深く頭を下げて、感謝をした。助けてくれたこと、この場で会えたことに。
そうして、彼女の通訳を介しながら楽しくお話をし、とうとう次の講義が始まってしまうからと、この場を去ることになった。
「これ、このてがたがあれば、またこれる」
別れ際に、彼女から小さな、木製の腕輪を貰った。そこには、彼女と同じ四つの目が彫り込まれていた。
「ここだけじゃない。わたしたちだけじゃない。あなたがのぞむなら、いつでもあいにいける。…わたしたちは、もうなかまだから」
肩から肘までの短い腕で、ぎゅっと抱き締めてくれる彼女を見下ろして、少しの寂しさと、また会いに来れる嬉しさを手に、僕は大学に戻った。
そして、次の講義が始まった瞬間、僕は眠りについた。まぁ、この講義は取らなくても単位は足りているし…そう考えて、目が覚めた時、まだ腕輪はそこにあった。
あれが夢ではなかった。僕は、とうとう非日常の仲間入りをした。この事実を何度も噛み締めて、僕は黄昏れる街を駆けていった。
不思議の隣人 鈴音 @mesolem
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