第12話 好きな人は親友の彼女

「あれ? 要?」


 くりくりとした瞳と目が合うと、明奈は僅かに表情を柔らかくして寄ってきた。


 高校生の時はストレートだった髪は、僅かにくるんとパーマがかけられている。


 記憶を取り戻してから会うのは二度目だけど、やっぱり幾分か明奈は大人びた。それが嫌が応にも時間の隔たりを自覚させられる。


 でも、変わってしまってもやっぱり明奈は明奈で、未だに消えない気持ちのせいで、心は勝手にざわつく。


「要、大学来てたのね」

「……昨日からね。お医者さんにも異常はないから学校行っていいよって言われて」

「そうなの。良かったー、なんにもなくて」


 ほっと顔を綻ばせて、本当に自分のことを心配してくれていたみたいだった。心配性で優しいところは変わっていない。


(ああ、本当に)


 その優しさが嬉しくて。

 そして……辛い。


 その優しさはただ友達に向ける優しさなのだから。勘違いも何も、答えはすでに出ている。

 鈍い痛みがじくりと疼いて、茶化すように気持ちを覆い隠す。


「あれ? 心配してくれてたんだ?」

「何よ、私が心配したら悪いわけ?」

「ううん。素直だなって」


 わざとらしく口角を上げてみると、明奈はぷいっとそっぽを向く。こんな反応まで変わらない。まるで昔に戻ったみたいだ。


 懐古な気持ちが哀しく満たされいく。一見変わらないように見えるだけで、あの時と今では全てが変わってしまっているのに、何を今さら期待しようというのか。


 明奈は手に持っていた手提げ袋を抱えるようにすると、「そっちに寄って」と肩を押して隣に座ってきた。


「相変わらず強引だなぁ」

「場所取りご苦労。よくやったね、要くん」

「ありがとうございます、明奈部長」

「うむ、これからも精進したまえ」


 明奈は胸を張って偉ぶると、俺の肩をぽんぽんと叩く。


「なんか懐かしい」

「懐かしい?」

「うん、高校の時よくこういうやり取りしたなって」

「……だね。明奈がだんだん出世していって最後は社長になってたよね」

「それは勝手に要がふざけるからでしょ。クラスの人にまで明奈社長って呼ばせたの、まだ恨んでるからね」


 ジト目でこっちを見てきて、一瞬見つめ合うと互いにぷはぁと笑いが溢れた。


 肩が触れ合いそうなほどの距離で笑う明奈は、本当に可愛い。華が舞うように明るく笑う顔は俺が一番大好きな顔で、否応なく気持ちが揺れ動いてしまう。


 長いまつ毛。透明色の肌。通った鼻筋。喜色で緩んだ口元。明奈の横顔が全てがはっきり見えるほどに近い。


 なのに、とても遠くに感じてしまうのはなんでだろう。


 明奈はぷらぷらと足を揺らしながら、しみじみと小さく呟いた。


「要と話すのはやっぱり楽しいなぁ」


 ああ、もう本当に。俺の気持ちを惑わすのはやめて欲しい。

 その言葉に何の意味もない。単純に三年話せていなかった喜びが理由なだけだ。


 分かっているはずなのに。


「明奈は図書館に用事?」

「うん、駿と勉強する約束してて。11時からなの」

 

 ……ほら、ね。色付いた景色が灰色に染まる。揺れていた心が凪ぐ。


 忘れちゃいけない。明奈は駿の彼女だ。


「そう、なんだね」

「……良かったら、駿も要と話したいと思うし、一緒に来る?」


 一度迷うように視線を彷徨わせてから、明奈はこちらを窺うように見た。


 前みたいに話せるならどれだけ良いか。きっともう少し先の未来なら、そういう時が来るのかもしれない。


 けれど、今はまだきつい。二人が並んで楽しく話している光景を、平気な顔で見ていられる自信がない。


「……ごめん。この後、約束あるしまた今度にするよ」

「誰かと会うの?」

「うん、この後空下さんと会うことになってて」

「もしかして初めて?」

「ううん、前に一回会って話した」

「どうだった? いい人だったでしょ?」

「そうだね。凄く良い人だった」


 初めて会うまでは不安だったけれど、話せば話すほどに彼女が優しく良い人なのは分かった。

 まだ初めて会ってから時間が経っていないけど、それははっきり断言できる。


「昨日も助けてもらっちゃったし」

「何かあったの?」

「前の俺の知り合いに声をかけられて困ってた時に、その場から連れ出してくれてさ。ほんと助かったよ」

「わぁ。空下さん、イケメン。惚れちゃった?」

「まあね。俺の乙女心がキュンときちゃったよ。空下さん綺麗だし」


 明奈に自分の気持ちを隠せる丁度いい機会かもしれない。そう思って冗談めかして発言した。

 すると、明奈は一瞬だけ優しく目を細めて、それからすぐにあっけらかんと笑う。


「わぁ。面食いなんて最低」

 

 俺の発言なんて気にした素振りもなく、わざとらしいほどにドン引きの声で笑っている。

 清々しいほどの意識のしなさが、明奈の俺の関係を表しているみたいだ。哀しく心に木霊する。


 このまま一緒にいればいるほど、現実を突きつけられてしまう。


「駿のこと待たせてるんでしょ? そろそろ行ったら?」

「あ、そうだった。流石に行かないとまた怒られちゃう」


 明奈は手提げ袋を肩にかけながら、パッと立ち上がった。そこで、ふと、振り返ってこっちを見た。


「あ! 要、連絡先教えて。要がアカウント変えてから、連絡取れなくて困ってたんだから」

「あー」

「……だめ?」


 明奈はへにゃりと眉を下げて見つめてくる。


 そんな不安そうな顔を見せられれば断るなんて無理に決まってる。その顔は昔から弱い。頼み事をされて何度も言うことを聞いてしまったか。


 本音を言えば距離を置きたい。まだ時間が欲しい。けれど、仕方ない。


「しょうがないなぁ」

「ありがと!」


 QRコードを読み取らせて連絡先を交換すると、明奈は嬉しそうにスマホの画面を見つめた。


「じゃあ、要。今度は3人でね」

「……分かったよ。今度こそね」


 手を軽く振りながら明奈は図書館に入っていく。華が舞うような笑顔が太陽に輝く。いつになっても変わらない朗らかなの笑み。


--笑う親友の彼女は、とても可愛かった。

 


 



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