第11話 約束外

 ハンカチの持ち主が空下さんだと分かって、すぐに教室を出た。


 ずっと先まで真っ直ぐに続く白い通路に、空下さんの姿はない。急足で進みながら横の通路を確認してみたけど、残念ながら見つからなかった。


 建物を出て周辺を見回しても、いる気配なはい。ちらっと腕時計を確認する。


(次の授業……)


 既に休み時間が大分過ぎている。また新しい場所なので、探すのに手間取ることを考えるとそろそろ向かわなければかなりまずい。


 やむを得ず、ハンカチを持って次の場所に向かう。


 幸い、次の授業の教室には迷うことなく到着出来た。既に聴講する生徒たちで教室は賑わっている。

 一応空下さんの姿がないか確認してみたが、残念ながら見当たらない。ついでに明奈と駿の姿も。


 前の俺の知り合いに話しかけられるのはまだ堪えるので、ひっそり教室の隅にさっきと同じように座る。


 すんなり到着できたので、まだ時間がある。スマホを取り出して、メッセージアプリを開く。


 軽くスクロールして出てくるのは空下さんの名前。トーク画面はカフェ前の約束の会話で止まっている。


 あの時は空下さんがどんな人か分からなくて、メッセージに返信するのもかなり緊張した。けど、今はそこまでではない。

 軽い気持ちで、ハンカチを拾った旨を伝える。


 授業が終わると、空下さんからの返信が来ていた。今日は用事があるので明日受け取りたいという話だったので、承諾した。


♦︎♦︎♦︎


 翌日、大学の図書館の前で空下さんのことを待っていた。


 大学の図書館は構内の中央にある背の高い建物なので、すぐに分かった。空下さんも分かりやすい建物という意味で配慮してくれたのだろう。


 透けガラスで建物内がよく見えて、かなりお洒落な雰囲気がある。高校のボロボロだった図書館とは大違いだ。


 ちゃんと約束の時間に間に合うように早めに出たけど、予想より早く着いてしまったので、まだ空下さんは来ていない。


 図書館の玄関横のベンチで座りながら足をぷらぷらさせる。ぼんやりと日差しを浴びるのが心地良い。


(そういえば、二人のこともこうやって待ってたっけ)

 

 明奈も駿もよく寝坊しがちで、一人で待つことが時々あった。

 高校3年生の時は受験であんまり一緒にどこかに出かけることがなかったので、もう少し前の話だけど。


 例えば、中学3年の春、水族館に3人で行く約束をした時。

 集合場所の地元の駅で待っていたけれど、駿しか約束の時間までに来なかった。


「明奈、まだ来ないねー」

「また寝坊か?」

「かもね……って、ちょうど今連絡来た」

「なんて?」

「今起きたってさ。遅れるって」


 可愛いうさぎのキャラクターが土下座をしているスタンプが送られてきた。

 駿はちらっと俺の画面を一瞥すると、ふぅと軽く息を吐く。


「まったく。寝坊するなんて何してるんだか」

「それは同意だけど、明奈、絶対駿には言われたくないと思うよ」

「なんでだよ」

「先週、寝坊してきたのは誰だったかな?」


 ジト目で見つめると駿は分かりやすく目を逸らす。駿は人のことの前に反省して。


 しばらく待つと、明奈が髪をぴよぴよ跳ねさせながらやってきた。

 走ってこっちに来た明奈の髪は、一生懸命に直したのだろうけど、ところどころに寝癖の跡が残っていて隠しきれていない。


「ごめん。寝坊しちゃって」

「もういいよ。明奈が急いで来てくれたのは分かってるから」

「そ、そう?」


 申し訳なさは感じているようで、ほんのり俯きしおらしい。いつもの刺刺しさもちょっとマイルドだ。


「ほら、その髪がちょっと跳ねてるの見れば分かるよ」


 右耳上の髪だけ少々飛び出てることを指摘すると、ぱっと髪を抑えてこむ。右手で抑えたまま、顔を赤らめながら睨んできた。


「そういうのは黙ってなさいよ。ほんと、デリカシーがないんだから」


 怒っているのだろうけど、羞恥も顔に馴染んでいて、かなり可愛かった。あの表情は結局、あの時一度きりでそれ以降見れていない。


(そんなこともあったな……)


 激変してしまった今となっては、もうあり得ない話だ。この前ちょっと話すだけでもやっとだったのに、顔に出さずに二人と話せる自信がない。


----なにより、二人が仲良くしているのを見ているだけだなんて耐えられない。


 1週間が経って多少は気持ちも落ち着いたけれど、まだ直接向き合うにはしんどい。

 いずれ、二人とはもう一度話さなければならないとしても、もう少しだけ時間を空けたかった。


 今はまだこのまま……。


「あれ? 要?」


 ふと声が聞こえた。

 もう十何年も聞き馴染んだ声。間違えるはずがない。間違えるわけがない。ざわつく心を内に首を動かす。


 3メートルくらい先のところに声の主がいた。胸が締め付けられる。言葉を失う。


 明奈が綺麗な瞳を丸くしてこっちを見ていた。



 


 

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