第6話 諦め
「……ねえ、お母さんに聞いたんだけど、二人、付き合ったんだって?」
口から出た途端、二人の満面の笑みが曇った。ぴたりと笑い声が止み、静けさが病室に木霊する。
(やっぱり、聞かなければよかった……)
後悔が滲む。突き刺すように胸が痛い。今すぐ無かったことにしたくなる。
全てが固まり、身じろぎ一つ起きない。時を刻む針の音が三度なった後、駿はようやく糸を紡ぐように口を開いた。
「実は……そうなんだ」
「やっぱりね」
口が渇く。呼吸が崩れる。じくじくと痛む苦味で顔が歪んでしまいそうだ。駿が何か言いかける前に首を振る。
「別に責めてるわけじゃないんだって。仲良い二人が付き合ったなんて嬉しいからさ。確かめたかったんだよ。二人ともおめでとう」
気の抜けた笑みを無理やり浮かべる。
今、自分は上手く笑えているだろうか。声は震えてないだろうか。
ヒビ割れた笑顔の仮面が、それ以上剥がれないようなんとか押さえつける。自分の本心なんて見せてはいけない。
どうして。なんで。本音を言えば今すぐ駿に詰め寄りたかった。俺の気持ちを知っていたはずなのに。
だけど、そんなことをしたところで何も変わらない。ただ事実が目の前にあるだけだ。
受け入れなければ。既に三年間の月日が経っている。何かが変わるには十分な時間だ。駿を恨んだところでどうにもならない。
駿が明奈を酷く扱うことはない。駿なら明奈を大事にしてくれる。それは間違いない。
--だからそれでいいじゃないか。
自分に言い聞かせ、ふつふつと湧き上がる黒い感情を飲み込む。苦しくても痛くても。何度も抑え込む。
だけど止まらない。認めたくなくて。恨みたくなって。今すぐ責めて問い質したい。嫌な自分が顔を見せてくる。
隠さないと。強く奥歯を噛み締める。
「要?」
「……ごめん。やっぱり今日ちょっと調子悪いみたい。さっきまでずっと先生と色んな検査受けてたんだよね。少し疲れちゃった」
「……なら、今日は一先ず帰るよ。また今度な」
「うん、また」
駿はそれ以上何も言わず立ち上がった。続くように明奈も立ち上がる。歩き出す直前、明奈がこちらを振り向いた。さらりと髪が煌めく。
「要。またね」
「……うん、また」
手を振る明奈はやっぱり可愛い。この世界のどの女の子よりも。ちょっことだけ笑った顔が天使みたいで、否が応でも心が揺れた。
二人が出ていき、扉が閉まる。さっきまでの賑やかさはどこにもなく、冷えた病室が目の前に広がるのみ。
ようやく一人を自覚して、大きく息を吐いた。抑え続けた感情を溢すように。深く深く息を吐く。
(ああ、やっぱり無理だ)
ベッドの上で足を抱えるように体育座りをすると、シーツに皺が寄る。
そんな簡単に受け入れられない。納得なんて出来るはずがない。言い聞かせたところで、諦めるなんて無理。もう呪いのように刻まれているのだから。
ただ、受け入れられないからといって、駿を恨むのはお門違いだろう。
俺からしたらたった数日だとしても、二人には三年間の時間があった。その間に距離を空けた自分が悪いだけのことなのだ。
恨むべきはこの三年間の自分なのかもしれない。
一体、俺は何をしていたのか。
駿が言うには、駿達とは関わらず別の人達と仲良くしていたという。スマホに載ってる知らない連絡先の人達がそうなのだろう。
最近のトーク画面では知らない人達とのトークばかりが並んでいる。見ているだけで、まるで自分のスマホを勝手に弄られていたような不快感が募る。
どれも全く覚えがない。高校時代の知り合いさえいない。唯一覚えがあるのは、さっき聞いた空下千冬という名前のみ。
彼女からのメッセージは、俺が記憶を取り戻した2日前に送られてきたところで止まっている。
そこからは怒涛の1日で今日まで返す余裕すら無かった。
彼女なら三年間の俺のことを知っているはず。
じっと彼女のアイコンを眺めていると、ピコンと通知が来た。空下さんからのメッセージが更新されている。
『明日、会えませんか?』
思わずスクロールしていた指を止める。これは良い機会なのかもしれない。空下さんとはどこかで必ず話さなければと思っていたところだ。
俺は承諾の旨をメッセージで送った。
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