Day.1 脱獄! タンボーランド!!

「さて、ここが最初のダンジョンか」


地方特有のウサギ小屋のような朽ち果てた駅の前に立つ、息を整える私。

今回のクエストは、このリアルホラーデットマンションの中にある窓口で、新幹線のチケットを買うこと。

一見、簡単そうに見えるこのクエストだが、私には1つの懸念があった。

それは、私が生まれてこの方一度も、「新幹線は愚か、電車にすら乗ったことがない」ことである。

というのも、私は生きている人よりも墓地にある墓の方が多いようなド田舎で育ってきており、コンビニに行く時でさえ車を使うのが普通だった。

実際、私も中高は母親にトラクターで送迎をしてもらい、大学生になってからは、相棒のミニキャブと共に片道1時間かけて農道を爆走していた。

そんな私に取って「新幹線のチケットを買う」というのは、「一人で高校の制服を着ながらディズニーに行くこと」と同じくらい難易度が高かった。


「はて、どうしたものか」


オンボロお化け屋敷の隣にある自販機で「ゼリー水」なる水を飲んでいるはずなのに何故か喉が渇いてくる摩訶不思議な飲み物を口にしながらため息をつく私。

しかし、ここで項垂れていても仕方がない。

四天王の一人、教育担当今田に指定されたホテルのチェックイン期限は刻一刻と迫って来ている。

ここは気合を入れて、戦地に赴かなければ。


「ふぅー、よしっ!」


最近始めたインスタのストーリーにゼリー水の感想を載っけた私は、意を決して、ウサギ小屋の中へと入って行った。

すると、ここで最初のハプニングが起こった。


中に誰もいないのである。


これは都会人がよく使う「うちの周りなんにもないよー」的な若干皮肉の籠った比喩表現ではなく、本当に誰もいないのである。


「一体何が起こっているんだ……」


朝10時だと言うのに静寂に包まれた構内には、「在来線切符売り場」と書かれた謎の機械がポツンと置いてあった。


「な、なんだこれは……」


禍々しいオーラを放っている謎のボックスに恐る恐る近づき、画面を覗き込む私。

するとそこには、180、200、240という暗号が映し出されていた。


「この数列……、一体どんな意味が……」


見たところ、なんの規則性も無いように思えるが、きっとこの数字は「108-130-95-80-85-102」のように「分かる人」が見れば理解出来る数字なのだろう。


「ふむ、こういう時は一旦視野を広げるのが吉か」


そう思い、上を向くと、


「フッ、ビンゴか…」


「乗車券はこちら」と書かれたプレートと地図のようなものがあった。


「乗車券……、これがこの数字の意味しているものか」


「乗車券」という言葉は初めて聞いたが、近所の人から、「昔は頭良かったのにね〜」と崇められている私には分かる。

これはきっと送迎用のタクシーを手配するための券なのだろう。

実際、「乗車券」という言葉は「車に」「乗る」という漢字で出来ている。

恐らく、この券を買うと、タクシーが駅まで私を向かいに来てくれるという寸法だろう。


「……これは、勝ったな」


大半の初心者はこの事実に気付かず乗車券を購入し、新幹線は愚か、電車にも乗ることが出来ないのだろうが、私は違う。

ここはタクシーの誘惑に抗い、窓口の人を待とうではないか。


「ふ、フフフ」


誰もいない構内で一人微笑む私。

そして、30分後。


「……おかしい」


幾ら選挙の時に選挙カーすら回ってこない僻地だからといって、こんなにも待たされるのは異常事態に他ならない。

まさか、村のキャストが手を回して、このタンボーランドからの脱獄を妨害しているのか……?


「だとしたら、時は一刻を争うな」


この村でリアル逃走中が開催される前に、このタンボーランドから脱失せねば。

そのためには、


「使うしかないのか……」


私は、そう呟きながら、目の前にある摩訶不思議な機会のボタンを押した。

すると、


「支払い 400円」


と書かれた画面が出力され、パカッと小物入れほどの大きさのケースが開いた。


「ふむ、ここにお金を入れろということか」


普通にお金を入れるだけでもいいが……。

それでは面白みにかける。

人生に1度しかない初めての乗車体験。

せっかくだからカッコつけたい。


……。


そう思った私は、周りをキョロキョロと見渡し、辺りに人が居ないことを厳重に確認した。

そして、


「ふふ、浅ましいヤツめ。この期に及んで金をせがむとは。貴様には恥がないのか?」


と右手で片目を抑えながら、小さい声で呟き、


「ふっ、そうかそうか。ならば仕方ない。はした金だがくれてやろう。大切に使うがいい」


と言ってゆっくりと1000円札を入れた。


「ウィーン」


ぶっきらぼうな返事をしながら1000円札を飲み込む乞食。

しかし、


「ウィーン」


「……あれ?」


あろうことに機会は私のお札を吐き出した。


「え、えぇ……、格好つかないなぁ……」


困惑しながら、私の愛人、野口のシワを伸ばし、


「ううっ、野口1503世、君ともお別れだね。短かったけど、君といられた時間は私にとってかけがえのないものものだったよ。君のことは一生忘れない。じゃあ……」


という捨て台詞を吐きながら再び野口を投入した。


「ウィーン」


静寂に包まれた構内に再び、無機質な機械音が響き渡る。

同時に、


ピカッ


先程まで、生気のない灰色で表示されていた数字が一斉に光出した。


「ありがとう野口……、1000……あれ? なんせい?? ま、いっか。君のおかげだ。感謝するよ」


私は、先程別れたクローン野口に敬意を示しつつ、光るボタンを押した。

すると、


「ピピーピピー」


私の愛人を娶った罪人は若干オーバーなリアクションを取りながら、乗車券を発行した。


「はぁ、全く。堪え性のないヤツだ。今取ってやるから少し待ってろ」


やれやれと両手を上げながら、乗車券を取る私。


「さて、乗車券も買ったし、後はタクシーを待つだけだな」


……あれ?

でも、何か忘れているような?

なんだっけ?


「……あ! 領収書!!」


そういえば、内定式の際に四天王今田が、


「今後、公共交通機関を利用する際にはかならず領収書を発行してきて下さい」


と壇上で喋っていた。

その時の私は、


「ほーん、魔都東京の民は土地を横断する時に領主書の発行が必要なのか。大変だなー」


と眠い目を擦りながら他人事の様に聞いていたが、今日から私も立派な社会の戦士。

領収書が何か未だに分からないが、四天王今田に嫌味を言われたくないので、とりあえず持っていくことにしよう……。

でも、


「りょ、領収書? どこ!?」


機会のどこを見ても「領収書」なんて表記は見当たらない……。

まさか、「領収書」というメモが間違いで、本当は「領主書」が正しいのでは?

だとしたら納得がいく。

土地関連は基本、役所の手続きが必要と農業を通じて学んで来た。

なんということだ、私は隣でメモをチラチラ覗きながら、


「ふふ、漢字間違ってますよー」


などとほざいていた同期に嵌められたのか。


「こ、これが社会か……」


出世競争は既に始まっているんだな……。

社会って恐ろしい……。

早速社会の洗礼を受け、ダメージを負った私だが、直ぐにそんなことは気にならなくなった。


「な、なら早く市役所に……あぁ、でもタクシーが! ど、どうすれば……」


「あ、あのー」


「ひゃい!?」


機会の前であたふたとしていると、後ろから突然声をかけられた。

だ、誰だろう……。

まさか!? タクシーの人?

は、速い……。

やば、謝らないと…

とりあえず何か言い訳を……

そう思いながら振り向くと、


「お、お客様? 先程から一体何を……」


私を見つめながら、わなわなと震えている女性の駅員さんが立っていた。

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